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| Gemma (Felicia Douglass/ Erik Phillip Gundel) Photo: Osvaldo Pontón |
ブルックリンのGemmaはフェリシア・ダグラスとプロデューサーのエリック・ガンデルからなるユニット。ダグラスの遊び心あふれるフックが、ガンデルの豊かでグルーヴ感あふれるビートの上を軽やかに舞うコラボレーション。ガンデルは、一見相反する感情を重ね合わせることに長けており、深い内省と恍惚とした喜びを同時に表現する手腕は、ダグラスの歌詞にしばしば見られる心情と見事に調和している。二人は、感情が爆発するようなアップビートな楽曲の達人であり、癒やしと切なさが交錯する「ハッピー・サッド」なソウルファンクを生み出している。
ジェマはこれまでに、『As Ever』(2015)、『Feeling Not A Tempo』(2019)を発表している。3作目のアルバム『Be About It』は、長い静かな制作期間を経て誕生した。デモを交換し、未完成のアイデアを再検討し、焦ることなく楽曲を熟成させてきた年月が、アルバムのトーンを形作っている。それは、広がりを感じさせつつも焦点が定まり、感情をさらけ出しつつも入念に構築された作品だ。
歌詞の面において、『Be About It』は「視点」に焦点を当てている。変化や喪失、感情の激動を経て、人々が自分の置かれた状況をどう理解していくかというテーマ。ダグラスは直線的な物語を語るのではなく、移り変わる視点から書き、ノスタルジア、欲望、悲嘆、そしてつながりを巡りながら、それらを解決することなく描き出している。「Thinking Ahead」や「Simple Outlook」といった曲は、時間との向き合い方における対照的な姿勢を提示している。一方は勢いと回避に駆り立てられ、もう一方は内省と受容に導かれている。全体を通して、ペースを落とし、再評価し、気晴らしよりも「今ここ」に意識を向けるという願望が繰り返し現れている。
『Be About It』は、感情的にも、人間関係においても、そして創造的にも「そこに在ること」を主題とした作品だ。この作品は、確実性や完結を主張するのではなく、展望の明瞭さを求めている。物事が変わり続ける中で、自分が今どこにいるのか、どうやってそこにたどり着いたのか、そして誰とのつながりを保とうとしているのかに注意を向けることについての主題がある。
フェリシア・ダグラスはソロアーティストとしても活動しているが、ミュージシャンとしてのバックグラウンドを次のように明かす。
「声が小さくてピアノの腕前も未熟だった頃、4トラックレコーダーを手にしたのをきっかけに、音楽のレコーディングやプロデュースを始めました。トラックを重ねるという手法を試しはじめた頃、父がPro Toolsでのレコーディングの方法を教えてくれ、そこからすべてが始まりました」
「長年にわたり、わたしは数多くのプロジェクトでボーカルとしてコラボする光栄にも恵まれてきました。バックボーカル、フィーチャリングボーカル、サンプリングボーカル、トップライン、ライムの作成~ありとあらゆることをこなしてきた。BAILE、Toro y Moi、Chromeo、Sondre Lerche、Helado Negro、Mr Twin Sister、Infinitikiss、Lushlifeといったアーティストと仕事をしてきました。ソングライティングの魅力に惹かれたのは、それがあらゆる心の状態や感情、経験を探求する手段になり得ると気づいた時だった。内向的な性格の私にとって、紙の上で広がる無限の可能性に心を奪われた。カシオのキーボードは、部屋を彩る素敵な雑貨でもあります」
共同製作者のエリック・ガンデルは異色の経歴を持つ音楽家である。ガンデルはバーモント州バーリントンで育ち、6歳でピアノ、10歳でギターのレッスンを始めた。スキッドモア大学で音楽の学士号を取得した後、ニューヨーク市の活気ある音楽シーンに触れ、NYメソジスト病院でのボランティア活動を通じて、音楽療法の変革的な可能性を発見してきた。ニューヨーク大学での研修や、その後大人、子ども、高齢者との仕事を通じて幅広い基礎を築きましたが、私の情熱は、創造的な表現と感情的な成長を結びつけたいと願う大人の方々と共に働くことにある。
エリック・ガンデルはどちらかと言えば、音楽療法士の専門家でもある。音楽を通じて、創造的な活動を行う大人たちが、うつや不安、自己批判、創作のブロックを乗り越えられるようサポートする。共感、音楽、深い人間関係を融合させ、クライアントが感情と向き合い、創造的な感性を取り戻し、自信を築けるような、支えとなる空間を作り出すことを目指している。このアルバムではガンデルの音楽的なアプローチは、全体に癒しと安らぎのような効果を及ぼす。
Gemma 『Be About It』- Gemma
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ブルックリンのシンガー、フェリシア・ダグラスは、2025年に『Song of The Earth』をリリースし、ニューヨーカー誌などから称賛を得た。今年はじめには、「Shifting Shalestone」のアンビエント・リミックスを発表している。 ソロアーティストとして評価の高いダグラスであるが、ユニット形式で制作され、自主制作としてリリースされた『Be About It』も素晴らしい作品である。このアルバムは、基本的には、エレクトロニックソウルを中心に構成され、ダグラスのボーカル、シンセ、エリック・ガンデルのギターが混在している。あまりよく知らなかったのだが、一般的にエレクトロニック・ソウルというのは、70年代から80年代のエレクトロニクスを交えたホームレコーディングのソウルミュージックのことを指すという。しかし、およそ十年前ごろには、再びこのタイプの音楽が登場し、近年増加傾向にあるという指摘もある。おそらくベッドルーム・ポップなどが台頭したのと連動して、これらのセルフ・プロデュース的なソウル・ミュージックは、依然として、根強い支持を得ているといえるのである。
これは、きれいめでゆったりしたソウルミュージックと言われているが、このアルバムの魅力はそれだけにとどまらない。 スティーヴ・ライヒのミニマル・ミュージック的なアプローチ、さらにはメタルギター、ビートルズのバロックポップ、そしてブレイクビーツを織り交ぜた手強い作品だ。 表向きは甘口のソウルと言えるが、内実はかなり込み入っていて、先鋭的である。ボーカルのメロディーの甘さや陶酔感こそあるが、強固なリズムやビートがそれらを貫く。これらは自己プロデュース作品はプロのプロデューサーを据えた作品には敵わないという従来の掟を打ち破る。特にPro-toolsを用いた変幻自在なサウンドモーフィングは一聴の価値がある。
全般的な作曲に最も必要なのは、数学的な才能に加えて、建築学的な設計のセンスでもある。このアルバムは、ビートとソウルの融合に焦点が置かれ、特にオープニングを飾る「Thinking Ahead」から狙いがはっきりとしている。 ボンゴ/コンガの連打から始まり、シンセサイザーのトロピカルなシークエンスが入ると、完璧なイントロが出来上がる。まるでそれらの音の層の中に踏み入るかのような、見事なフェリシア・ダグラスのボーカル、雅楽の笙のように精妙なシンセサイザーのパッド、ヴィブラフォンなどが重層的な音の流れを生み出し、落ち着いていてメロウなソウルサウンドが構築されていく。まるで音楽そのものが一人でに歩き出すかのように音楽が続き、サイモン・ヘインズのストリング、そしてファンクべースがニューソウルのような贅沢な雰囲気を作り出す。さらに、それらの多次元的なサウンドは、ミニマリズムのシンセのアルペジエーターで完結する。フェリシア・ダグラスのボーカルもそれに負けてはいない。それらの背景のバックトラックに上手く溶け合うような感じで包み込むように温かなボーカルが加わる。高次関数的な音の組み合わせは、ほぼ最高の部類に入る。構成的にも緻密に計算されていて、ブリッジの箇所にブレイクビーツのドラムを配して、サビの部分につなげるための見事な待ちのセクションを設けている。構成的という面では、J-POPの手法にも近い。
ドラムはどちらかといえば、ヒップホップ/ブレイクビーツに傾倒しているが、一方でサビなどを見ると、単一のソウルのアプローチを飛び越えて、見事なほどにポップに近づいていく。メロディや歌詞のわかりやすさを追求したサウンドは、アルバムのアートワークと同じように、軽やかで、さわやかな雰囲気を形作っている。さらにはカッティングギターなども小気味よいグルーブをもたらしている。全般的な音楽の構成の設計図に対し、フェリシア・ダグラスはどこにどんな音を配置するのかを熟知している。音の抜き差しも絶妙で、ベースとボーカルだけで巧みに曲を牽引していく。まさにこれはダグラスの天性のリズム感がなす神業である。また、ボーカルのメロディーの良さや親しみやすさを維持しながら、ビートやリズムを強化したり、また減少させたりしながら、音楽そのものがスリリングな展開を作る。アウトロも出色の出来栄えである。フェードインしながら、ミニマル・ミュージックのシンセとストリングスをユニゾンさせながら、サビと対比するもう一つのハイライトを生み出す。これほどまでに細かいサウンドプロダクションを近年聴いた覚えがない。本当に見事なオープニング曲となっている。
「Thinking Ahead」
ソウルミュージックは基本的に、リズムトラックから制作するものだと聞いたことがある。「Simple Outlook」のイントロを聴けばそのことは一目瞭然だろう。アコースティックドラムのソロから入り、その後、シンセサイザーがメロディアスな曲線を描き、”どうなる?”という期待感をもたせる。イントロというのは一般的に、名刺代わりではなく、次にどうなるのかという序を示す必要がある。ヴィブラフォンとシンセを同期させ、長いループセクションを作り出し、あえて間を設けている。イントロだけ聴くとテクノ風なのだが、フェリシア・ダグラスのボーカルは場の空気を変える力がある。彼女のボーカルはニューソウル的な曲の雰囲気を呼び込み、次に繋げていく。ピアノの演奏を用いたバラードの音楽性は、ニューソウルからモータウンソウルのようなデトロイトの音楽に近づいていく。この曲に感じられる懐古的なソウルの雰囲気は他の何にも例えがたい。まるでビンテージのアメリカン・カジュアルなファッションアイテムを店で偶然見かけるようなもの。ドラムのハイハットの演奏が小気味よいリズムを作り出し、ファンクの裏拍を強調するいわば対旋律的なリズム効果を与えるベース、そしてアメリカーナのスティールギターも入りながら、この曲のメロウな雰囲気は最高潮に達する。全体的な8ビートに対して、シンコペーションを挟みながら、強固なグルーブを展開させ、そして見事な曲のセクションを経ながら、うっとりするようなエレクトロニック・ソウルを作り上げる。ボーカルからは一貫して慈愛的な雰囲気が漂う。その温かさこそソウルの醍醐味である。 曲のアレンジも見事で、琴やハープのようなアルペジオが華麗に駆け巡ることもある。この曲は全般的な音楽性において、国境を超えるような魅力がある。強いて言えばそれが美点である。
「Anomaly」は、ソウルミュージックを超越し、ワールドミュージックに接近する。アンビエンスの効果を強調した静かなピアノから始まる。広い空間処理をピアノの演奏に施し、独特な音の質感を得る。しかし、イントロのあと、対照的な音楽が続いている。カーニバルのような陽気で、トロピカルなサウンドだ。このあたりに、ダグラスの独自の曲制作に関する思いが見て取れる。イントロをきっかけや取っ掛かりにし、それらを広げたり対比させる制作方法である。リズムはファンクやブレイクビーツ、そして、旋律はトロピカルなハワイ音楽、しかし、曲の構成はジャズで、コールアンドレスポンスやモード奏法の手法を交えている。 実に多彩な音楽性が織り交ぜられ、聴いて楽しい、また、ノッて楽しい、完璧なダンスミュージックである。ただ、こういった複雑な音楽的な要素があろうとも、表向きに出てくるのは、夏の青空、ビーチパラソル、海を感じさせる完璧なリゾート音楽である。バレアリックやイタロディスコのようにあまり激しくならない、チルアウト/チルウェイブ風の音楽に仕上げられている。また、これらのサウンド全体を陽気にしているのが、サンバのカーニバルのリズムなのである。それらのサンバの嵐が通り過ぎると、アンティークなピアノがループされアウトロを形成する。
「Be About It」は70年代のニューソウル時代やそれ以降の80年代のブラック・コンテンポラリーの時代の雰囲気を感じさせる。イントロではヴィブラフォンの演奏をもとに、しっとりとしたボーカルが歌われる。しかし、こういった基本的なR&Bのスタイルを踏襲しながらも、Pファンクをベースにしたサウンドの中で、ドラマティックな音楽の構成が生み出される。特に、ストリングのトレモロやアフロソウルの範疇にある管楽器的な効果を用いながら、ダグラスのボーカルは、ドラマティックな雰囲気を作り出す。さらに、この曲でもソウルミュージックを越えて、シンフォニックな音楽性が作り上げられる。むしろそれは80年代のクインシー・ジョーンズ以降のジャズやビートルズのロックソングを経過した本格派のソウルミュージックに近づいていく。作曲的にもケイデンス(同じフレーズを繰り返しながら転調をするクラシック音楽の手法)の進行を交えて、転調を繰り返しながら、色彩的なサウンドを作り上げる。 この曲は特に実際に聴いてみないと、その凄さがわからない。卓越したコンポジションである。
女性的な夢見るような気持ち。それらはジュディ・ガーランドからディズニー音楽に共通するものである。「Hang On」ではこれらをサイケ/ローファイ風のイントロを通じて体現される。三曲目の「Anomaly」と同じように、イントロとは対比的な落ち着いたファンク/ソウルがヴァースで続く。ドラム、ベース、ボーカルを中心としたゆったりしたテンポを用いながら内向的な感覚を伝える。アルバムの序盤から中盤にかけて、一貫して外向きのエネルギーを持つ曲が続いていたが、ここで少し速度を落とし、ゆったりと落ち着いたバラード風の曲を据えている。この曲では、あえてヴァースの箇所からコーラスのサビの箇所へ移行するシンプルな構成を用いている。サビの箇所はダグラスの素晴らしい歌唱力が味わえるはずである。特に、予兆的に登場した、イントロとサビの箇所が上手く呼応するような内容となっている。ここでもまた、楽曲そのものの簡素さを重視しつつ、理知的な構成を通じて、さらに叙情的な雰囲気を添える。また、この曲ではニュー・ゴスペルのような部分が中盤に出てくるのに注目しておきたい。ベルの音を模したシンセ、そして心が洗われるようなクリーンなボーカルが紡がれる。
フェリシア・ダグラスはシンプルに言えば、女性版クインシー・ジョーンズになるかもしれない。その音楽的な範囲は現代音楽まで及び、「Exactly I See」ではイントロにジョン・ケイジや一柳慧のようなプリペイドピアノを導入する。しかし、やはり、その後は意外な音楽性が続き、モダンな雰囲気のR&Bが続く。特に凄いと思う箇所は、ゴスペルの歌唱を基本にして、それらを現代音楽の要素と結びつける。これはモダンクラシックとソウルが融合した稀有な瞬間である。さらに、全般的には現代音楽を通過したテクノサウンドが、これらのゴスペルと結びつく。革新的であるのは、ヒップホップなどで使用されるグリッチをプリペイドピアノで置き換えている。どちらかと言えば、イギリスのコンウォール派のようなアプローチが選ばれている。しかし、依然として現代的なテクノロジーを踏襲しながら、ゴスペルの荘厳な雰囲気が失われない。この曲もやはり、ニューゴスペルとも呼ぶべき新しいサウンドの予兆を捉えられる。フェリシア・ダグラスの音楽観はジャンルというものが売り手側の目安に過ぎないことを示唆する。インディーロックのサウンドに傾倒することもある。「See Me」ではエリック・フィリップのギターが炸裂し、Yo La Tengo/MBVのような強烈な音像を持つギターロックが展開される。しかし、これらは飽くまで、ブレイクビーツのドラムの中で繰り広げられていく。最も、ダグラスのシンガーとしての存在感が出てくるのが、「Keepsake」である。ヒップホップやブレイクビーツ、そしてポップの中間にある音楽性はSZAに比する内容と言えるか。
アルバムの終盤でも良曲が目白押しとなっている。「Glad 2 Have U」ではやはりブラック・コンテンポラリーの80年代のサウンドをベースに、ファンクの要素を込めたダンス・ポップを選んでいる。これはまさしく、長らく忘れ去られていたように思えるプリンスの音楽のリバイバルである。それらを見事にバラード風に洗練し、現代的なエレクトロニクスの影響を加えている。例えば、ロジャー・プリンスのサウンドは、ファンクバンドの音楽がベースになっていて、それらにAORやシンセ・ポップ/テクノポップのような要素を付け加えた。フェリシア・ダグラスはそれらにヒップホップ的なノリを付け加え、モダンなソウルミュージックを作り上げた。このアルバムでは全般的に、軽快で爽やかなR&Bという側面では、一貫している。しかし、シティガールのライフスタイル、そしてBLMマターのような主張性を織り交ぜながら、新時代のブラック・ミュージックを作り上げている。「No Sense」のような曲は、まさしく都会派のソウルミュージックで、現代的なアメリカの雰囲気を音楽により伝えることに成功している。
『Be About It』の最後を飾る「Evaporate」は、フェリシア・ダグラスのバラードソングの真骨頂である。マライアやダイアナ・ロスのような歌手に匹敵するバラードソング。すでに、「Hang On」の段階で示されたような夢見るかのような雰囲気を、歌手は見事なバラードに乗せて歌う。オーケストラ・ストリングのようなシンフォニックな要素を効果的に用いながら、ワールドミュージックのドラムを含め、クロスオーバーの未来的な形を示している。このアルバムの終わりでは、壮大な映画のストーリーを見終えた時のような深い感慨が得られるに違いない。
92/100
「Evaporate」
・Gemma 「Be About It」は、本日自主制作盤としてリリース。ストリーミングはこちらから。

























