キット・グリル(Kit Grill)はロンドンを拠点とするミュージシャン兼作曲家であり、彼の音楽はアンビエント、現代クラシック、実験音楽、ドローン、テクノなど多岐にわたり、映画や映像作品のための作曲・録音も手掛けている。サウンドの領域を超えて、グリルは自身のリリース作品のビジュアル・アイデンティティを自ら手掛け、アートディレクション、デザイン、写真撮影を統括している。彼はもともとチェルシー・カレッジ・オブ・アートでグラフィックデザインを学んでいたが、その後音楽の道へ転向し、現在も音楽活動と並行して写真や絵画の制作を続けている。
10年以上にわたるリリースの歴史の中で、グリルは構造、雰囲気、そして即興性のバランスを取りながら、感情を抑えつつも表現力豊かなエレクトロニック・ミュージックを創り出すことで定評を築いてきた。『Expressions』(2013年)や『Mirror Image』といった初期のリリースが彼の独特なアプローチを確立し、その後、自身のレーベル「Primary Colours」からリリースされた『Opal』、『Heat』、『Red Dances』などの作品では、アンビエントやポストパンクからテクノに至るまでの影響を受けつつ、テクスチャー、空間、リズムを探求している。
キット・グリルは、ジャック・グリーンやジェブ・ロイ・ニコルズなどのアーティストのリミックスを手がけており、彼の楽曲『Velodrome』は、ドラマー兼作曲家のトム・スキナー(The Smile、Hello Skinny)やシャバカ・ハッチングスによってカバーされている。また、プラスチック・ピープル、ヴィレッジ・アンダーグラウンド、テート・モダン - ザ・タンクス、ナショナル・ギャラリー、バービカン・センター、フリーズ・ギャラリー、ドーバー・ストリート・マーケット・ロンドンなどの会場や施設でDJやライブパフォーマンスを行っている。
レコーディングやパフォーマンスに加え、グリルは2013年よりNTSラジオで月1回の番組をホストし、先見性のある番組をキュレーションしている。ゲストには、ハニア・ラニ、カール・ストーン、ヒナコ・オオモリ、エレイン・ハウリー、カール・D・シルヴァ、オーウェン・プラットなどが名を連ねている。2009年から2011年にかけては、クリス・カーター(スロービング・グリスタル)、ヴェロニカ・ヴァシッカ、ハンス・ヨアヒム・レーデリウス、モグワイ、フューチャー・アイランズといったアーティストとのミックスやインタビューを扱うインディペンデント・プラットフォーム「ヴェッセル・ミュージック」を運営していた。
ソロ活動と並行して、グリルはカルバン・クライン、イソップ、アークテリクス、ヴァレンティノなどをクライアントに、映画・映像作品の音楽制作も手掛けている。ロンドンを拠点とするミュージシャン、作曲家であり、NTSのレジデントでもあるキット・グリルが、同名のノルウェーの島でのソロ・レジデンシーからインスピレーションを得た、傑作の新アルバム『Andøya』を発表する。アンドヤ島は、北極圏内にあるヴェステローレン諸島に位置する、極めてドラマチックな土地である。
グリルは、情感豊かで響きのあるアンビエント、ドローン、ミニマリズム、実験音楽、そして現代クラシックを織り交ぜ、この特異な地域の環境的本質を捉えている。それは、小さな海岸沿いの村々、荒々しい泥炭地、そして崇高な山脈が広がる、孤立した北欧の風景だ。島を巡る孤独な旅――ハイキング、探検、そして地元の人々との出会い――から生まれた『Andøya』は、音響現象、自然の中での孤独、独特な景観が持つ表現力を、美しくも、厳しく、そして心を揺さぶるように探求した作品である。
グリルにとって、この旅は超現実的な昼夜のサイクルを伴うものであり、その経験は彼の創作活動と世界観の両方に、広範かつ実存的な影響を与えた。
「2025年1月8日、私は北極圏にあるノルウェーのアンドヤ島へ、3週間のソロ・レジデンシーのために旅立った。海、雪、そして静寂に囲まれ、私は独りで暮らし、島中を旅して訪れた場所を記録した。太陽が地平線から顔を出したのは3週目になってからだった。午前10時になると、地平線の下から差し込む太陽の光が、その日を照らし出した。午後2時に暗闇が訪れるまでの4時間の光の間に、私は車に乗りこんで、山へハイキングに出かけ、荒野を探索し、地元の人々と出会い、その日を最大限に活用しました。それは困難でありながらも、深遠な体験であり、音や孤独、そして自然の中で一人であることの意味について、私の考え方を変えるものでした」
アンドヤ島での経験が大きなパラダイムシフトをもたらしたグリルは、その後、これらの印象を作品に注ぎ込み、独特の気候や地形を映し出すと同時に、その体験の現実に対する自身の感情的な反応を作品に込めることを目指した。
「帰国後、私は8ヶ月をかけて、あの時期にインスピレーションを得た一連の音楽作品を制作した。それは、北極圏の風景の広大さと予測不可能性を捉えた、アンビエント、現代クラシック、実験音楽の作品だった。この作品は、氷が割れる音、嵐の発生と消滅、地殻プレートの轟音、波の砕ける音、激しい風、雪の中を踏みしめる足音、凍てつく空気の鋭さといった、その環境がもたらす感覚的な極限を巡る内容です。また、風景そのものと、孤立した生活や北極の環境の中で生じた移ろいゆく感情の双方を反映することを目指しています。作品にまつわる音楽と写真は、現地での日々を記録した日記のようなものであり、その体験を一日一日と綴っています」
Kit Grill 『Andøya』- Primary Colours
キット・グリルのアルバムを紹介するのはこれが初めてとなる。ロンドンの作曲家/プロデューサー。グリルは2025年に行われたレジデンシーの一貫として、ノルウェーのアンドヤ島に滞在することになった。アンドヤ島は、ツンドラの地形が特徴で、わずかに自生する植物はあるが、農作物がほとんど育たない、まさしく北極のような地勢を思わせる場所である。キット・グリルが撮影した写真を見ると、そこは美しさもあるが、まるで地球の最果てのような地域である。雪、そして海、山岳に覆われたアンドヤ島の周りにはほとんど小型船やタンカーのような船舶しか航行していない。このような地域に滞在し、音楽を制作するというのは、かなり骨の折れる作業であったと思うのだが、また、このような冒険心に満ち溢れた体験はなかなか出来るものではない。そのため、ミュージシャン/アーティストとしては有意義な活動であったに違いない。
一昨年にはイタリアのエレクトロニックプロデューサー/シンセ開発者で、Passepartout Duoとして活動するニコレッタ・パヴァーリ、昨年、ポルトガルの弦楽器奏者ヘレナ・シウバの二人に聞いたところでは、アーティストレジデンシーというプログラムが存在し、レジデンシーの主催者側がアーティストをある地域に一定期間滞在させて、音楽制作を行わせることがあるという。実際の経験者の2人が語ったところでは、レジデンシーで最も重要視されるのは、それまで得られなかった体験をして、音楽的なクリエイティビティを掻き立て、実際に制作に向かうという趣旨である。
キット・グリルのニューアルバム『Andøya』は、自主的なレジデンシー期間に制作され、未知なる体験がテクノ/アンビエント/ドローン/モダンクラシカルとして盛り込まれている。特に、キットは、これまでのキャリアの中で映画や映像音楽の制作を手掛けていることもあってか、SE/効果音の生成に関しては、超一流である。昨今では、お手軽な効果音のバンドルがソフトウェア会社から販売されていたり、時には無料で使用することも可能なので、ゼロから効果音を制作する人も少なくなってきているが、キット・グリルはあろうことか、それらの原初的な作業をみずから行おうとしている。効果音の生成における卓越性は実際の作品に触れれば理解出来る。つまり、彼は優れた作曲家/エレクトロニックプロデューサーであるのみならず、傑出した音の開発者/技術者でもあるのだ。
全般的なアーティストはいざ知らず、音楽家というのは、結局、何らかの目的意識が芽生えないかぎり、潜在才能を引き出すことが難しい。目的というゴールを定めることによって、その過程や道筋を決定することが出来るようになるからである。結局、それらは委嘱作品とか、何らかの映像作品のために制作されたサウンドトラックのような端緒が見つかったとたん、アーティストに内在する潜在的な才能が輝きはじめ、そして本来の創造性が発揮されるようになる。
このことを明確に反映しているのが、「コンセプトアルバム」という形態である。一般的なコンセプトアルバムとしては、『A Night At The Opera』(Queen)、『Who’s Next』/『Tommy』(The Who)、『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』(The Beatles)、『Their Satanic Majesties Request』(The Rolling Stones)、『Pet Sounds』(Beach Boys)などが挙げられる。これらは明確なテーマのもとに制作されたアルバムである。いずれもため息の出そうな歴史的な傑作ばかりだ。
特定の場所や地域を題材に選んだ音楽作品は、近年ではハニヤ・ラニによるジャコメッティの映画に関するサウンドトラック『On Giacometti』(2023)、トーマス・マンの『魔の山』の舞台であるポーランド/ソコウォフスコに滞在して書かれた、Sofie Birch/Antonina Nowckaによる『Hiraeth』(2025)がある。二つの作品はともに、モダンクラシカル/実験音楽の名作である。まだ聴いたことがないという方はぜひ聴いてみてほしい。
実際の土地に滞在して書かれた音楽作品は、独特な空気感が存在し、ミステリアスな魅力を擁している。どうやら、その土地にしかない空気感のようなものが存在し、制作者はそれらを自らの体験を通じて掴み、作品に昇華させる。その営為自体がドキュメンタリー映画の登場人物さながらである。キット・グリルは、『Andøya』を介して、彼自身の人生を相応しい音楽により縁取っている。このアルバムは、Aphex Twin、Squarepusherに次ぐ象徴的な電子音楽のミュージシャンがようやく、ロンドンから出てきたことを示唆している。活動拠点はコーンウォールではないものの、キット・グリルの電子音楽は間違いなく、コーンウォール一派に属している。
『Andøya』は、何度も口酸っぱく言ってきたアンビエント/ドローンの王道の作品だ。しかし、本作は他の並み居る作品とは決定的に何かが異なる。Tho Whoのアルバムジャケットに描かれているモノリスのような音楽的支柱があり、それを中心に展開していく。一般的には、ノルウェーの滞在記をもとにしたテクノ作品として捉えられるかもしれないが、その内実はもっと奥深く、工業的なインダストリアルミュージック、ノイズ、ドローンを組み合わせた内容である。
Merzbowのような苛烈なノイズは出てこないけれども、空調音のような微細なノイズが通じている。一般的には不快であるはずのノイズが奇妙な心地よさに変化するポイントがある。また、風景的なサウンドスケープを的確に描いた印象派のピクチャレスクな音楽作品でもある。しかし、ハニア・ラニの『On Giacometti』のように、北欧地域の滞在を日記やドキュメンタリー風に縁取った作品であるとしても、実際の作風は驚くほど対照的である。ここでは、女性が見るもの、男性が見るものの視点が異なり、その差異が驚くほど明確に表れ出ているわけなのだ。
ロンドンの音楽には、ある時期、工業的なサウンドが明確に反映されていたが、キット・グリルの音楽は、その系譜を受け継いでいる。「Cottongrass」ではミニマリズムを用い、ダウンテンポのような電子音楽の手法を選び、工業的なテクノサウンドを抽出している。しかし、音による風景描写の方法が的確であり、断続的に繰り返されるパルスビートは物資を輸送するタンカーや船舶のような音のイメージを作り出す。グリルはまるで空白のプロジェクターに、象徴的なシーンを映し出して、そのシーンを少しずつ動かしていくかのようだ。
パルス状のビートは、一定のシークエンスを経て、音の波形のグラディエーションが変化し、異なる音域のウェイブを描く波長を次々に作り上げていく。カナダのロスシルやティム・ヘッカーのような主要なアンビエントプロデューサーが用いる手法を駆使しながら、文字通り特異な波長の揺れを生み出す。今回、アルバムの各所では、ドローンがある種のモチーフのように鳴り響き、ドビュッシーの海のテーマのように、音階的なモチーフのような働きをなしている。
キット・グリルは、楽曲内のSE/効果音として、工業的なアンビエンスを積極的に使用している。例えば、工場内で響く空調音のような独特なシークエンスを発生させる。「Tundra」では比較的高い音域にある工業音のシークエンスとともに、何らかの実際的なシーンが呼び覚まされ、神秘的なドローンが作り出される。しかし、ツンドラの光景を描いたと思われるシークエンスは、日頃、都市部に生活する人間にとっては、驚異的とも呼ぶべきものであったことを物語る。そのドローンミュージックは、どことなく不気味な質感を帯びる。遠くの方で、海鳴りが聞こえたり、氷塊が崩れる音がしたり、それらがミステリアスな感じで、SE/効果音で描写される。
なんだか恐ろしくもあり、神秘的でもある。ここには、実際に制作者が体験した自然の凄まじい驚異が見事なほど克明に記録されている。そして現実とはかけ離れたミステリアスな瞬間を制作者が直覚したことを思い起こさせる。続いて、「Cold Blow」では、Autechre、Burialのような象徴的なイギリスのプロデューサーが体現していた工業的なアンビエンスを再現し、前の曲と同じように、パンフルートのような金属的なシークエンスを使用し、広がりのある音像を作り出し、そしてノルウェーの島に訪れた吹雪の情景をテクノ音楽によって描写しようとする。描写音楽の世界は奥行きがあり、クリークが割れ、氷塊が引き裂かれたり、上空で激しい嵐が吹き荒ぶような過酷な自然環境の瞬間を、目の向こうに浮かばせるかのように鮮明に描き出す。
「Desolation」は、80~90年代のロンドンやマンチェスターを中心とする文化活動、Joy Divisionのようなポストパンクの文脈から始まり、その後のNew Orderのようなグループの音楽が21世紀を経てから、どのような音楽に推移していったかという結末でもある。結局、Joy Divisionにしろ、その後のNew Orderにしろ、ロックやパンクの文脈に工業的な音楽を組み込もうとしていた。
公共施設の工事現場で聞こえるようなハンマーで金属を打ち付けるようなパーカッションや無機質なマシンビートを用いたテクノとロックの融合は、結局、都市部の若者の生活を、破壊と再生という隠れたテーマを織り交ぜながら現実的な形で反映していたのだ。さらに、2000年代以降には、少しずつ形が変化していき、ゴアトランスのような苛烈なビートを用いる一派、ノイズとグリッチを用いた理数系のプログラムのサウンドを組み上げる一派、それとは対象的に、Autechreのようなデュオが「ノンビート」という概念をもたらすようになった。ジャンルが無数に枝分かれしていく中で、生み出されたアンビエント、その先にあるドローンという形式。
ここで、キット・グリルはこれらを総括するように、およそ半世紀にも及ぶ電子音楽のクロニクルのような集大成を作り上げた。「Desolation(荒廃)」という曲のタイトルに相応しい、近代以降の文明の崩壊や瓦解のような瞬間を感じさせる。ドローンミュージックとしても最高峰に位置するが、独特な不気味な音楽性には、社会情勢に対する暗示も込められているように感じる。
恐ろしい電子音楽もあるが、安らかな癒しの瞬間も存在する。「Ascending」は、ピアノを用いた雪の結晶のような曲である。ハロルド・バッドや最初期のジョン・ケージの調性音楽を彷彿とさせるサウンドがアンビエントやドローン音楽と相性が良いのはすでに証明済みである。自然味を感じさせる優しげな表情に満ちた曲であるが、ここには工業デザインのような音楽性が内在し、アンビエントを聴くときにも似た安らぎが込められている。こういった曲では、北極圏の風景の夜明けの安らぎ、人々との繋がりのような情景が音楽を通じて物語られることになる。
それに続く「Voices」、「Metamorphosis」は、強固なドローン音楽の形式で紡がれている。一曲目は金属的なパーカッションを用いたインダストリアルなアンビエント、二曲目は、ホラー映画やゲームサウンドを思い起こさせる効果音を中心とする存在感の薄いアンビエント。二つの曲ともにオウテカが示したノンビートの最終形態でもある。しかし、二曲を聴く上で重要なのは、音楽に備わるべき「ロゴス」とも呼ぶべき概念が備わっていることである。単に感情に訴えかえるような要素だけにとどまらず、その向こうにある領域に及んでいる。それはまた、音楽における一般的な共鳴を飛び越えて、人間の理性に響く一面を兼ね備えている。すなわち、音楽の表向きの印象だけではなく、その向こうにある何かしら奥深い領域が存在する。ここで、本来は組み立てられない概念や感覚のようなものを、制作者は秩序立てて構築していく。
言葉には出来ない概念を一定の方式によって秩序立てることが、音楽の定義であるとすれば、この2曲には、その原初的な意義が込められていると言える。混沌としていて、定義しえない現象に、何らかの秩序を付与し、それらを独自の手法で均し、意義をもたらそうとする。これは何も、実験音楽だけにとどまらず、ポピュラーやロックの歴史的な名作にも共通する内容なのである。
制作者が言う通り、北極圏の滞在の自然環境において、人間にとって過酷な瞬間もあったことが想起される。しかし、アルバムには、感情と理性というクラフトワークやノイ!が探求した音楽の主眼がバランス良く配置されている。二つの領域を繋ぐ橋となるのがピアノ曲「Ascending」「First Light」である。これらは、前衛的で難解になりがちな作風に近寄りやすさをもたらしている。それは結局、Aphex Twinがハードな感覚を持つテクノを追求した傍ら、「April 14th」で現代音楽のようなアプローチから安らぎのあるピアノ曲を制作したようなものだろう。そして、アルバムの所々に訪れる癒しの瞬間は、全般的な人の一生の要約のようでもある。山登りの後に見える壮大な風景のような凛とした安らぎが上記の二つのピアノ曲に宿っている。このアルバムには、結局のところ、自然の厳しさと優しさという両側面が垣間見られる。
『Andøya』は、現実的な性質を保ちつつも、霊妙な空気感に満ちている。 それが先に言った、分子/原子レベルのエーテルのようなものである。「Kaleidoscope」には北極圏のオーロラに見出されるような神秘性が込められている。効果音のスペシャリストとしてのグリルの手腕が遺憾なく発揮され、現世と異世界を繋ぐ入口や扉がドローン音楽によって作り上げられる。そこには、地上的な音楽表現を離れ、神秘的な空間への接近が見事なサウンドスケープによって描かれる。じつは、こういった効果音は、日本のゲームのBGMではありふれた手法(光田康典の『クロノ・トリガー』/鳥山明が原画)なのだが、それらを電子音楽のイディオムとして確立させたことは意義深い。
後半の収録曲では、イギリスのプロデューサーらしく、工業的なアンビエンスを用いた音楽が圧倒的な存在感を放ってやまない。そして、それらは終盤で、英国のコーンウォール一派のスタイルを受け継ぐ形で現れ、『Ambient Works Ⅰ/Ⅱ』をドローン音楽の形式で未来へと推し進めようとしている。
一曲目は工業的なアンビエント、二曲目では、エイフェックス・ツイン/スクエアプッシャーを彷彿とさせるメロディアスなダウンテンポが続く。「Adrift」の工業的なノイズのかっこよさというのは例えようがなく、他の作曲家には見出しがたい。男性的な電子音楽の領域に属するといえる。対象的に、ツンドラの荒涼とした光景に見出される自然のピクチャレスクな美しさを反映した「White Fields」もまた、昨今の電子音楽では傑出した内容だ。さらに後者に見出される、音楽における安やぎや癒しが、アルバムの副次的なハイライトになりえる。
近年、Loraine James、Andy Stottのようなプロデューサーを除いては、イギリスの電子音楽の工業的な響きが失われつつある。 それは結局のところ、第二次産業革命の中心地であったイギリスの産業が近代以降の役割を終え、次のテーマであるITテクノロジーの音楽に移ろいつつあることを伺わせる。しかしながら、今回、キット・グリルの音楽には、Killing Joke、Throbbing Gristle、Crassのようなポストパンクの前衛的なグループに内在した、''インダストリアルなアンビエンス''が見事なまでに蘇っている。ポストパンクというのは、アートの未知の領域や可能性を探るものである。ここには、詩や言葉による前衛性やリズムの創意工夫こそ目に見える形で存在しないが、「工業の音楽」としての響きが多分に含まれる。このことに大きな感動を覚えた。
結局、北極圏の島に滞在したことにより、大型のタンカーや船舶の航行やクレーンが積荷を下ろすような光景がキット・グリルの音楽の根底に工業性を呼び起こしたのだろうか。これは今回の自主的なソロレジデンシー自体が、予想以上の効能をもたらした証だ。しかし、少なくとも、精神的にタフな人でなければ、過酷な環境に耐えきれず、早々に現地から引き揚げたかもしれない。清濁併せ呑むというべきなのか、ノイズとサイレンスが共存する稀有な作品である。こういったアルバムを聴くと、P.I.L(ジョン・ライドン)の『Metal Box』(1979)には、時代を先駆ける予言性があったことがわかる。本作は電子音楽が中心だが、メタルやパンクとも陸続きにある作品だ。
95/100