ダブステップの進化  Andy Stott 「Luxury Problems」  

Andy Stott  「Luxury Problems」2012

 
 
アンディ・ストットを最初に聞いたとき、音のニュアンスが”Burial”に近いのかなとも思いましたが、よく聴くと全然違うようです。確かにダブステップのニュアンスもありますが、その実、似て非なる存在かもしれません。
 
上記の二人は、古いダブといわれるスタイルの代表格、同じ英国のリントン・クウェシ・ジョンソンあたりの古典的なアーティストと比べると、現代のイギリスのダブ・ステップというのは、レゲエ、スカ色は薄まり、ダビング的な玄人好みの複雑で立体的なリズム性だけが引き継がれています。
 
とりわけ、このアンディ・ストットを唯一無二の存在たらしめているのは、インダストリアルの硬質な香りでしょうか。都会で鳴り響くような洗練された雰囲気、それがとてもクールに表現されています。そして、彼の音楽性には、必ずしもフロアで鳴らされるだめだけに作られたものではないところが興味深いです。ボノボあたりのひとりで家のなかで聴くような、鑑賞するための絵画的な音楽としても楽しめるでしょう。
 
アンディ・ストットはデビュー時からマンチェスターの「Modern Love」からリリースを続けていて、今でこそかなりアクのある重低音ブレイクビーツ感の強いアーティストといえますが、活動初期においての音楽性は、どちらかといえば、そこまでリズムの低音域が強調されていませんでした。淡々とした、むしろその音の古臭いようなチープさが癖になるようなアナログ風のテクノ音楽という感じで、そこまで深いドラマティック性というのもなかったように思えていました。
 
ところが、2011年リリースの「Passed Me By」あたりから、独自の趣向をガンガン押し進めていき、ダブステップ要素のある実験的な手法を取り入れはじめ、そして、複雑なリズムとグルーブを生み出していき、それまで抑えられている印象のあった低音域が出てくるようになりました。 
 
そして、 さらにダブステップ界隈のデムダイク・ステアーなどに比べ、彼の長所であるメロディーセンスを、この「Luxury Problems」から惜しみなく見せていきます。彼のメロディーセンスというのは、あまり他の音楽のジャンルでは聴いたことのない独特な個性に溢れ、女性ボーカルの艶のある声のサンプリングが巧みに生かされ、実に怪しげな耽美的音響世界が展開されていきます。
 
  
 
ストットの基本的な作曲技法としては、ミニマルな音形をループさせ、そこに、対旋律的に美しいメロディーをちりばめていくことにより、徐々にリズム自体を複雑化、抽象的にさせ、聞き手の感覚を、徐々に、麻痺、惑乱させていくところが面白い特徴。本来ならリズムトラックとして使われない音源をリズム的に使用しているのが、たとえば、ボーカルのサンプリングをハイハットのように使ったりするのが、ストットの凄いところでしょう。そして、コレは、ボーカルを旋律を紡ぎ出すものというにとどまらず、ヴォイスを”器楽的”に捉えているからこそ生み出し得る音楽といえるでしょう。
 
この観点からいうと、Andy Stottの音楽というのはよくエレクトロの風味に近いといわれますが、ドローン、もしくは現代的なアンビエントに近い風味のある、抽象的なエクスペリメンタルエレクトロ/テクノとも呼べなくもないかもしれません。
 
ストットの音楽性について特筆すべきなのは、アーキテクチャーの土台となる礎石を積み上げていくかのように、音が複雑に構築されていって、曲が展開されていくにつれ、イントロで明瞭としなかった要素、ドラマ、ストーリの性質が徐々に引き出され、ドラマティックな雰囲気が形作られるという点、他の多くのクラブミュージック界隈のアーティストと一線を画しています。

 
今回、紹介する「Luxury Problems」は、彼の他のアルバムに比べて、女性ボーカルのサンプリングが醸し出す妖しげな色気に満ちていて、それはインスト曲においても余韻のように染み渡り、彼独自の一貫した奇怪な世界観を形成しています。つまり、今作はコンセプト色の強いアルバムとみなすことができるはず。
 
アルバムに収録されている中では、「Numb」「Luxury Problems」「Leaving」このあたりがボーカルの旨味が感じられて、いくらか突っつきやすい歌曲としても存分に楽しめるはずです。
 
また、他の収録曲には、彼独自の油断のならなさのような滲み出ていて、それこそがこのアルバムの聴き応えを十分にしています。
 
ここでは、アンディ・ストットの才覚がいかんなく発揮されており、尚且、”ポピュラー性”と”インダストリアル性”という正反対にある要素が、上手く融合されることにより、アルバム全体が引き締まった均勢の取れた聴き応えのある楽曲群になっています。
 
総じて、ストットのめくるめくようなリズムの展開力。そして、夜の都市に満ちあふれる街のインダストリアル的な冷ややかな香り。そして、そういった生の気配から遠ざかった無機質な雰囲気。
 
それらがダブ・ステップという形式によりあざやかに表現され、さらに、そこに女性ボーカルのの艷やかなブレス、アンニュイな歌声の息吹がミューズのごとく麗しく添えられることにより、このアルバム「Luxury Problems」をクラブ・ミュージックの極北たらしめているという気がします。