God Speed You Black Emperror!「 | Lift Your Skinny Fists Anttenas to Heaven | 」 |
はじめに、GY!BEの音楽性を説明する上で、絶対に避けては通れないジャンル分けがあって、それはいわゆる”ポストロック”と呼ばれるジャンルです。
実にこれは、専門家でも意見が分かれてしまうような複雑なシーンが形成されているため、認識違いもあると思いますが、一応、それを断った上、このポスト・ロックというジャンルについて大まかに説明しておきましょう。
1990年代終わりから、それまでのロックの雛形をぶち壊し、新たに解釈しなおすような動きがちらほら出てきます。
これはおそらく、ロックという形が行き詰まってしまった結果で、またコンピューターレコーディングを始めとするテクノロジーが二十一世紀にかけて発展していく中、旧態依然としたロックンロールを奏でる意味というのをミュージシャンが見出しづらくなってきたのかもしれません。
ところが、その予兆はかなり以前からあって、ドイツではノイ!がサンプリングを駆使して、クラウト・ロックをやっていたり、パブリック・イメージ・リミテッドが実験的な音楽性を追求していたり、ザ・フーが、「Baba o' Riley」において、アナログシンセでミニマル的な手法を実験として取り入れていたりしていましたが、いよいよ、そういったクラブミュージック界隈で使われるはずの最新鋭の手法を、ロックアーティストたちも我勝ちに導入していくようになります。
そういう意味では、パーソナルコンピュータが一般家庭にも普及していったというのがひとつあり、DAWが音楽制作に新しい息吹を吹き込んだことも一因としてあったでしょう。又、テクノロジーを代表とする時代の要請にこたえるような形で、ミュージシャンたちがこぞってコンピュター技術を駆使し、ソフトウェア音源の打ち込みだとか、サンプリングの音を、曲中に積極的に取り入れていくようになって、現在ではごく自然となったダンスミュージック的な手法を押し出すようになったのは、時代の側面から見てみれば、きわめて理にかなったことだったでしょう。
この2000年前後あたりから、それまでの音楽とは一風異なる新しいロックの形を追求していくアーティストが数多く出てきます。
その流れを象徴するのが、イギリスでは、Radioheadの「OK Computer」のリリース、アイスランドのSigur Ros、スコットランドのMOGWAIの登場であったかと思います。一方、もうひとつの巨大な音楽の市場規模を要するアメリカにおいては、もちろん、それ以前、スリントやガスター・デル・ソルをはじめとするバンドがポスト・ロックとも呼べる実験的な音楽を人知れず追求していたものの、メインストリーム界隈ではヨーロッパほど際立ったバンドは出てきませんでした。
しかし、それ以後も、依然としてアンダーグランドシーンでは活発な動きが続いており、それはまた、”カレッジロック”というアメリカの独特の音楽文化の後押しもあったか、Tortoise、Don Caballero、(後にザ・バトルスを結成、本格的ダンスミュージックを展開、ワープレコードと契約し、オーバーグラウンドで人気を博す)、といったアーティストが実験性の高いロック音楽を追求していきました。
(日本から、はるばる流浪の武士のごとくアメリカに出ていった、”MONO”という素晴らしいロックバンドもその一派に加えられましょう)
ともあれ、この一連の動きムーヴメントは、後になると、大まかに”ポスト・ロック”という括りで呼ばれるに至ります。総じて、こういったアーティストは、周辺のシーンにいるバンドに刺激を受け、それなりに互いに影響を与え合いながら、自分たち独自のスタイルを確立していくようになる。
そしてまた、このカナダの、God Speed You Black Emperor!という、ちょっと長い名のアーティストも、ジャズが盛んであるモントリオールというシーンで、周囲の音楽から独特の影響を受けて出てきたバンドのひとつ。
このGod Speed You Black Emperor!は、セールス的にはシガーロス、モグワイという他の有名な2つのバンドほど成功しなかったですけれども、ロック史的には画期的な音をもたらした重要な存在であるのには相違ありません。
彼らの音楽性の肝というのは、いつもコンセプト・アルバムのような手法をとっていること。たとえば、ピンク・フロイド、ビートルズ、ローリング・ストーンズなどもキャリアの中で一度くらい挑戦してみせたように、アルバム全体が明確な意図を持って作られているのが、コンセプト・アルバムと呼ばれる作品です。
God Speed You Black Emperor!は、ロック史の中でも、前例のないほど前衛的で過激な手法をとり、音楽という枠組みをどれだけ敷衍していけるのかを追求していきます。シネマティックなSEを長々と導入し、たとえば、老人、子供、女性の、悲しみのある語りであるとか、また、浜辺のような場所で遊んでいる効果音が使われたりしていて、ナラティブ、つまり、物語的な雰囲気が音楽中に貫かれています。
その映画的な雰囲気、アンビエンスを背景にし、ミニマル的な手法、同じギターフレーズの反復を繰り返すことによって、曲の序盤は、どことなく頼りなさげなギターフレーズではじまるのに、曲の中盤からは、その愚直さがむしろ凄みをましていって、ドラム、金管楽器、弦楽器が、ギターフレーズを優美に飾り立て、楽曲の終盤になると、ほとんど、「圧巻!」としか言えないほど、見事に壮大な音響の世界を形成し、聞き手にすさまじい迫力と説得力を帯びて訴えかけてきます。
このアルバムに収録されているのは、たったの四曲だけですが、すべての曲が、おのおの20分近くで構成されていて、ライナーノーツで尺の長さを確認しただけでギョッギョッと立ちすくみそうになってしまいます。
ところが、いざ、聴いてみると、その長い曲自体も、マスタリングの際にトラックに分けられていないだけで、実は、一曲自体がいくつかの短い小曲に分かたれていることがわかります。その曲と曲とを繋ぐ古典音楽のソナタ形式でいうところの連結部の役目として、長いシネマティックな効果音が挿入されています。
しかし、そういった長い時間のアンビエンスは必ずしも、ただたんに曲を引き伸ばすために使われているわけではなく、それ相応の意図が込められている事に気づきます。つまり、例えば、ゲオルグ・リゲティーの「アトモスフェール」のように、何らかの楽曲の雰囲気を定着させていくために使われていて、そして、その一種異様な雰囲気が極限まで行き着いたとき、エフリム・メナックのギターの叙情性あるフレーズが、まるで抒情詩を吟じるかのように奏でられて、曲をさらに複雑に展開させていく。そして、ミニマルミュージック的な旋律の音型が何度もくるくると変奏されていくことによって、曲の終盤においては、作り手もおそらく当初は全然予想しなかったような荘厳な展開に包まれていく。
目をつぶって聞いているだけでも、想像力を駆り立てられて、さながら映画館でドキュメンタリーフィルムを眺めているような奇異な錯覚をおぼえてしまいます。
このアルバムには、トランペットが印象的に曲を展開していく「Storm」をはじめ、彼らの二作目となるアルバムは粒ぞろいの名曲が揃っています。
ほとんど実際ほどの長さを感じさせない圧縮された緊迫感があり、そこに惹きつけられるものがあります。
「Static」においての後半部分のロックテイストには、Led Zepの「天国への階段」のクライマックスに比するような力強さ、狂気性があり、このバンドのもつ本当の凄さのようなものが感じられ、さらに、ドラムの怒濤の響きろギターの凄まじいディストーションの唸りが連れ立って嵐のように通り抜けていく。そして、曲の最後には、ギターの歪みが途切れ、轟音の果てにある冷ややかな静寂が訪れたときのなんともいえない痛快感。これは何にも喩えようがありません。
「Sleep」の十四分前後からのメナックの紡ぎ出す内省的で甘い旋律は、他のアルバムには見られない美麗な瞬間をもたらしています。
ここには、シューゲイザー的な手法も沢山盛り込まれていて、小刻みにためをしっかり作って刻まれるドラムが曲全体を後押ししている。
最後には、歪んだギターのフレーズ上に、美しいバイオリンの旋律の彩りが手のひらで包み込むように添えられることにより、曲の甘美さは、いよいよ最高潮を迎える。クライマックスにかけてのドラマティックさはやはり圧巻としかいいようがなく、曲を閉じていくにつれ、ギターの歪みはより一層鋭くをましていき、美しい旋律の上に不均衡なニュアンスをもたらす。ここには、普通ならば相容れない両極端の要素が音として共存していることに驚愕せずにいられない。
そして、何かしら、そこにこの音楽に病みつきになる要素があり、すべての音という音が消え去ったとき、なぜなのかしれないけれども、長い印象的な映画を見終えた瞬間のようなじんわりした深い余韻を与えてくれます。
最後の表題曲「Lift Your Skinny Fists Like Anttenas to Heaven」のクライマックスにいたっては、アンビエント・ドローンといってもほとんど差し支えない、広漠でいて異質な世界がいちめんにひろがっている。
ここまで来てようやく、聞き手は、このアルバムが何を表現していたのかを知ることになるでしょう。およそ一時間半以上の長い音楽の旅の終わりが来たことに安堵し、深い満悦にひたらざるにはいられなくなる。正直言うと、この音楽を聞き終えたことに大きな達成感すらおぼえてしまうようなところもあります。
彼らは、このアルバムでロックとしての音の広がりというのを、ノイズによって追求していって、それまでロックミュージックが、自分たちとは関係のないことと無視してきた領域、もしくは、これまでロックというジャンルが入り込むことがかなわなかった未知の領域へと恐れを知らずに踏み込んでいった。
この「Lift Your Skinny Fists Like Anttenas to Heaven」は、ロックの新しい境地を開拓した記念碑的な作品といえましょう。