Gastr Del Sol 「upgrade & afterlife」
ガスター・デル・ソルは、シカゴ音響派の最も有名なアーティストのひとつで、ポスト・ロックの原型を発明したバンドでもあります。
前「Bastro」のメンバー、デビッド・グラブスとジョン・マッケンタイアが中心となって結成され、94年から、ジム・オルークが加入したことにより、さらに個性的で鮮烈な音楽性に磨きがかかりました。
彼等の三作目となるこの「Apgrade & Afterlife」は、ジャケットのアートワークの驚きもさることながら、実際の音楽性についても驚きが満載で、通をうならせること間違い無しの、時代に先んじた前衛的な音を奏でています。
プログレのような前衛的な音楽も時代が経ると、古びて聞こえたりしますけれど、このアルバムの新鮮なイメージはいまだ続いています。
個人的には、若い頃には聴いて、その魅力が理解しがたかったんですけれども、最近ようやく少しずつでありますが、彼等の意図が分かるようになってきました。デル・ソルの音楽というのは、音の情報量がきわめて多く、フレーズの最後の方で和音をジャズのようにわざと崩したりするので、少しばかり不可思議な印象を受ける部分もあります。
例えば、Barre Phillipsのフリージャズを最初に聴いて面食らい、とんでもない音楽がこの世にはあるものだと驚愕するのと同じように、このガスター・デル・ソルというバンドのトラックを聴くと、いよいよロック・ミュージックも来るとこまで来たなという感慨をおぼえざるをえません。
ハウス・ミュージック発祥の地、シカゴの土地柄らしいクラブミュージックのエッセンスあり、またJOJO広重のようなノイズミュージックも炸裂しています。しかし、全体を支配している雰囲気というのは、アシッド・フォーク的な落ち着きで、Pink Floydのオリジナル・メンバー、シド・バレットの奏でるようなサイケデリックな風味もあります。そんな中、どことなく、ジャズのスイング的なリズムも見られ、それらの複雑に絡み合った要素が楽曲に渋い風味を添えています。実に飽きのこない渋い魅力を持ったアルバムでしょう。また、ミニマル・ミュージック的な要素もあるので、「Don Cabarello」にも比する先鋭性を持っているとも言えます。
特に、ポスト・ロックという音のニュアンスがよくわからない方などには、五曲目の「Hello Spiral」という楽曲を聞いてもらえば十分でしょう。
おそらく、彼等は、世界で最初に、ポスト・ロックの原型をこのトラックで作ったといえます。この後に、日本でもToe、LITEといったクールなポストロックバンドが、二〇〇〇年代に入って出てくるようになりますが、特に日本のポスト・ロックバンドの音楽性を決定づけたのは、ドンキャバレロと、そして、この「Hello Spiral」という楽曲ではないかと睨んでいます。
ミニマル的なギターフレーズが展開され、そこに変拍子をはじめとする自由性の高いリズムを、過剰なほど付加していって、曲の面白みを引き出していく。そういったスタイルを、世界で一番最初に試みたのは、ドン・キャバレロではなくて、ガスター・デル・ソルであったように思われます。年代的にみると、こちらのほうがに三年早くて、もしかすると、ドン・キャバレロは、このアルバムを聴いて、大いに触発され、ポストロックへと方向性を変更したのかもしれません。
只、それでも、「Apgrade & Afterlife」には人好きのしない要素もありながら、穏やかな美しいフォーク、あるいはカントリー音楽、そして、ジャズ風の落ち着いたピアノ音楽をはじめ、多くのエッセンスが加えられていて、およそロックというジャンルにおさまりきらないほどの広範な音楽性の影響が感じられ、それを非常にクールな形で表現していて、長く聞くに耐えうるようなパワーを擁しています。
普通のロックが神経を高ぶらせることが多いのに対して、このアルバムは一貫して落ち着いたテンションを保ち、そして、その中に、実験性の風味を交えつつ、もちろんノイズという尖った要素がありながら、全体的には気持ちを鎮めてくれる渋みのある音楽に仕上がっています。
ロックだと思って聴くと、あまりのゆったり感に肩透かしを喰らうかもしれません。アルバム全体に感じられるのは、アコースティック楽器の生み出す本来の旨味であり、品の良い料理のように、素材の良さというのを最大限に活かしています。ここで一貫して奏でられているのは、ノイズや打ち込みなどの要素に隠れて本質が見えづらいですが、大人向けの渋くてスタイリッシュで落ち着いた、ブルースの風味すら感じられる上質な「ポスト・フォーク」音楽といえましょう。
そして、実は、このアルバム「Apgrade & Afterlife」には、まだまだ新しい音楽を作るための隠された萌芽があるように思え、いまだに音楽を作る上での重要なヒントになるマテリアルもありそうです。
概して、ガスター・デルソル・というのは、非常に短期間しか活動しなかった線香花火のようなバンドではありますけれど、反面では、異様なほど濃密な音楽を生み出したアーティストであったといえるでしょう。
そして、ひとつ惜しむらくは、リリースから二十年以上、未だに似たようなポストロックバンドは数多く活躍してながら、本家ガスター・デル・ソルのアバンギャルド性を超越するような際立った存在はというのは、なかなかでてきていないと思われます。