Deerhoof「The Runners Four」

Deerhoof 「The Runners Four」


アメリカ、オレゴン州ポートランドには「Kill Rock Stars」という、まあ、いってみれば身も蓋もない名前のレコード会社がありまして、インディーズレーベルとしては著名なレーベルで、個性味あふれるリリースを三十年間続けています。

まあ、そのあたりの事情はあまりくわしくないのでよくわからないですけれど、こういうネーミングライセンスを申請するときに、何かしら問題というのはおきないんでしょうか。日本では、この過激きわまりない会社名は法人として罷り通らなそうなものですが、そのあたり、どうなんでしょう? 

さて、この「キル・ロックスターズ」に所属する代表的なアーティストは、インディー界の大御所のひとり、エリオット・スミス。この人は、どことなくR.E.Mのようなカレッジロック風の味わいのあるフォーク音楽をやっていて、日本ではあまりその名を知られていないアーティストなんです。

アメリカ国内では、結構、人気のあるインディーロックミュージシャンのひとりです。ただ、エリオット・スミスは良い音楽を奏でているのはわかるんだけれども、ちょっと個人的にはいまいちその良さがまだ掴みきれていない。アメリカ人にしかわからないニュアンスというのがあるんでしょうかねえ。

 

そして、このDeerhoofというノイズロックバンドも、初期から中期にかけてはこのレーベルからリリースを行っていた代表的なアーティスト。

 このディアフーフというロックバンドの目をひくところは、紅一点の形で日本人女性ボーカル、マツザキ・サトミが参加していることでしょう。彼女は、このバンドの個性的な音楽性にかわいらしい風味を加えています。サトミさんの声はどことなく少年ナイフ(飲茶楼でめちゃうまかろうの曲で有名)に近い雰囲気があるかもしれません。

この活動中期のアルバム、2005年リリース「The Runners Four」は、ディアフーフらしく可愛らしい雰囲気が感じられる作品で、約一時間、めくるめくディアフーフワールドが展開されており、まるでベスト盤のような聴き応えです。

一曲目から、スピーディに、くるくると展開されていくのは、ジャンクロックというべきか、多種多様な音楽の要素をごたまぜにしたロックミュージック。そこには、ビートルズ、ストーンズのような古典的なロックミュージックの影響もありながら、また、初期ピンク・フロイド、シド・バレットの系譜にあたるサイケデリック・フォーク色を持ち合わせているのが特徴。またジム・オルークの奏でるようなノイズ感のある前衛的なフォークの雰囲気も持ち合わせています。

先程、デノンのオーディオで聴いてみましたが、やはり、言葉ではなかなか説明できないところがあり、ためしにいっぺん聴いてくれとしかいいようが無し。たしか、活動後期は、ポップ性の高い音楽だったと完全にディアフーフをなめてかかり、いきなり、イントロのベースの低音の「ブワン」という出力具合にビビり、飲んでいたコーヒを少し喉のあたりにつっからせてしまいました。

ポップの括りで紹介されていることが多いですが、これは、絶対、ポップ音楽ではない。とすると、やはりどちらかといえば、ロックバンド寄りといえるのでしょう。たしかに、ディアフーフの楽曲というのは、スタンダードなロックを思わせる曲が多く、クリーントーン風のギターというのがはつらつとした輝きを発しており、そして、そこに、マツザキ・サトミの英語の歌というのはアクセントをわざとずらし、独特な日本語とも英語とも言えない異質な雰囲気の歌がのせられているんです。

よく歌というのは、音程を一定にして、ぶれたり、よれたりしないようにするというのがボイストレーニングの基本ですが、彼女は、歌唱のPitch(音程)というのをわざとずらし、異質な雰囲気を形作っているかのような感じがあります。こういう歌い方というのは、相当、語学に熟達していないと難しいんじゃないでしょうか。英語で歌いながらも、日本語的なアクセントをあえて交えているというべきなのか。この要素はさらに、ディアフーフの後年の活動になると顕著となり、2017年リリースの「Mountain Moves」アルバムの表題曲を聴くと、よく理解していただけるでしょう。Mountain movesという語句を「まう↑んて↑ん ムー↑」というエキセントリックとも言える発音をするわけです。最後の複数形のSを発音すらしないのが可笑しい。

これは初めて聴いた時、ギョッと驚かされ、少し、笑ってしまいました。つまり、マツザキ・サトミというヴォーカリストは、はなから英語を巧みに発音しようなどという気はさらさらないらしく(実は真面目にやると、外国人が歌っているのかと思うほど、ネイティヴの歌手並に英語が上手なんです)、英語の語感の面白さというのを、日本人として深く熟知しているからこそ、そういった言葉の「ずらし、はずし」という特殊な技法に思い切って踏み込んでいけたのだろうと思います。特に、彼女の発音の奇妙なアクセントの面白さというのは、非常に前衛的であり、かつてジョニーロットンのやったような英語の言語的実験のごとくにも感じられます。

しかし、そのあたりのユニークな特性が、他のバンドには見られない、おもしろい表情を生み出し、なんとなく良い感じをぷんぷんに醸しています。この語感というのはおそらく、西洋人から見ると、少年ナイフの英詞のように、新鮮な言語感をもって聴こえるのかもしれません。そして、日本人としても何かしら、その双方の言語のアルビノのようなニュアンスを感じずにはいられません。

このアルバム「The Runners Four」の中では全体的に、どこかで聴いたことのあるような60,70年代の古典的なロックミュージックを下地にしながら、その中にも、この日本人ボーカル、サトミのユニークな発音の英語の歌(おそらく、わざとトーンをずらしている)が加わることにより、キュートな興趣のある楽曲が怒涛のような早さで展開されています。また追記として、P−VINEからリリースの日本盤には英詩とともに、マツザキさん自身の対訳までついているのがお得感満載です。

 

このアルバムで展開されるのは、たしかにポップ風味もあるつかみやすい作風ですが、ときには、ストーンズのキース・リチャーズの「サティスファクション」のフレーズをそのままオマージュした曲もあったりと、曲のイメージとしては、ああ、なるほどこういう感じかというキャッチーさがありますから、基本的には、コンテンポラリーなポップソングとして聴くこともできるでしょう。

しかし、その中にも、ディアフーフの音楽性には、棘のある、近寄りがたい、実に危なっかしい前衛性を宿しているというべきなのか、キャッチーな音楽性のなかに、ポストロック的なニュアンスも存分に込められており、イントロからのリズムに固執することなく、変拍子によって曲を矢継ぎ早にくるくると展開していくあたりは、まるで、イエスのようでもあり、プログレッシブ・ロック的な要素も少なからず感じられます。その辺りのアグレッシブさを落ち着きがないと捉えるか、もしくは、クリエイティヴ性が高い音楽ととらえるか、それは聞き手の相性いかんによるでしょう。

また、アメリカの往年の伝説的電子音楽家、スイサイド、シルヴァー・アップルズの奏でるような、古めかしい配線のアナログシンセのフレーズが、楽曲の中に象徴的に添えられたり、また、ギターの直アンプのフルテンかと思わせるような、ベルベット・アンダーグラウンドの「ホワイト・ライト、ホワイト・ヒート」あたりからのプリミティブな影響もまた感じせ、原始的なガレージロックの雰囲気もあったりと、このアルバムの中に込められている音の情報量の多さに驚きます。

つまり、ディアフーフというロックバンドは、表面的にマツザキ・サトミのハイトーンのボーカルがかなり可愛らしい雰囲気を醸し出しつつも、何かしら、目の前いちめんに広がっているのは、非常に抜けさがない、玄人好みのする音の洪水、もしくは底なし沼のようなもの、あらためて、このアルバムはポピュラー性を感じ冴えながらも、奏でられている音自体は骨太な印象をうけます。