Squarepusher 「ultravisitor」
今回は、ここで、あらためてくだくだしく説明するまでもなく、Aphex Twinと双璧をなすワープ・レコードの代名詞的な人物にして、現代エレクトロニカ界の大物アーティスト、スクエアプッシャー!!
まず、この人のすごすぎるところは、電子楽器、たとえば、シンセやシーケンサーにとどまらず、生楽器の演奏というのも自分でやってのけ、しかも、ほとんど専門プレイヤー顔負けの超絶技巧を有している点です。
音楽性自体も非常に幅広く、電子音楽家という範囲で語るのが惜しくなるような逸材です。
おそらく彼にとっての音楽というのは人生そのものなのでしょう。特に、ベーシストとしても才能はずば抜けており、後の彼のジャズ・フュージョンのエレクトリックベースソロ・ライブは、音楽史において革命の一つであり、ジャズベースの名プレイヤー、ジャコ・パストリアスにも全く引けを取らない名演でした。
そして、このアルバムもまたスクエアプッシャー節、いわゆるドラムンベースの怒濤のラッシュとともに、さまざまな音楽のエッセンスが盛り込まれている辺りで、彼の代表作のひとつとして挙げても良いでしょう。
一曲目の「Ultravisitor」のライブのような音作りを聞いた時は、かなりヒッと悲鳴をあげ、少なからずの衝撃を受けました。はじめはこれはライブアルバムなのかと面食らったほどの生音感、また、そこには観客の歓声もサンプリングされており、スクエアプッシャーのライブをプレ体験できます。いや、それ以上の興奮感でしょう。後のスクエアプッシャーの数あるうちの方向性のひとつを定めたともいえる楽曲であり、彼自身も相当な手応えを持って、リリース時にこの曲「ultravisitor」を一曲目にすることを決断したのではないでしょうか。
これはクラブミュージック屈指の名曲。疾走感、ドライブ感があり、よくいわれるグルーブ感という概念、つまり音圧のうねりというのがはっきりと目の前に風を切って迫って来るような感じがあって、この曲を聞けば、その意味が理解できるだろうと思います。そして、ボノボのようなチルアウト感をもったアーティストとは異なり、彼は非常に熱いエレクトロニカを展開しています。これはほとんライブ会場内で、生々しい音を体感しているかのようなサウンドプロダクションといえ、他にこういった熱狂的なダンスミュージックは空前絶後。この曲で、彼は現代クラブミュージックシーンを、ひとりで、いや、リチャードDと二人で塗り替えてしまったといっていいでしょう。
このアルバム「ultravisitor」の興味深いのは、全体的にはライブの生音的なサウンド面でのアプローチが見られる所でしょう。もうひとつ挙げるべき特徴は、ドラムンベース・スタイルのダンスミュージック的な性格もありながら、それでいて多彩なジャンルへの探究心を見せている。例えば、ジャズ・フュージョンや古典音楽的な楽曲の才覚を惜しみなく発揮しているところに、ひとつのジャンルとして収めこもうと造り手が意識すること自体がきわめてナンセンスだというメッセージがここにほの見えるかのようです。
つまり、ジャンルというのは、売る側が決める都合であり、作り手は絶対にそんなことを考えてはいけないということなんでしょう。
まさに彼はそういった意味で、一種のラベリングに対する無意味さを熟知しているといえますね。
とりわけ、アルバムのなかで異彩を放っている「Andrei」という楽曲、これは甘美な響きがある現代音楽家の古典音楽へのつかの間の回帰ともいえるでしょう。イタリアの古楽のような響きがあり、中世リュートの伝統的な和音進行が、実に巧みに使いこなされ、バッハのコラール的な対旋律ふうに、ベースが奏でられています。これは本当に、彼の美しい名曲のひとつに挙げられます。もうひとつ、最後のトラックでも同じようなアプローチが見られ、「Every day I love」では、ジャズ・フュージョンというより、ベーシストとしての古典音楽にたいする接近が見られます。おわかりの通り、スクエアープッシャーのベーシストとしての天才性というのは、この最後の曲において遺憾なく発揮されているといえるでしょう。これまた、「Andrei」と同じように、彼の伸びやかな才能が感じられる曲であり、イタリアルネッサンス期の中世音楽への接近が見られ、優雅な雰囲気でアルバムをあたたく包み込み、アルバムの最後の印象を華やかに彩っています。
また、「Tommib Help Bass」は、Aphex Twinのような、どことなく孤独感をおもわせる雰囲気の楽曲。ミニマルな構成のシンプルな曲ですけど、これがとても良いんです。落ち着きと心地よい鎮静を与えてくれる名曲。エイフェックスツイン好きならピンとくる楽曲でしょう。 只、少しエイフェックスと異なるのは、彼の楽曲というのは、和音構成がしっかり重視されている点でしょう。
そして、忘れてはならない、彼の代表曲のひとつの呼び声高い「Lambic 9 Poetry」については、もはや余計な説明不要だといえましょう。非常に落ち着いたイントロのベースのミュートから、生演奏のドラムのブレイクビーツの心地よさ。これは言葉にもなりません。そして、スクエアープッシャーの真骨頂は、途中からの破壊的な展開にある。徐々に、徐々に、崩されていって、拍子感を薄れさせていくリズムの発明というのはノンリズムの極致、作曲においての音楽の一大革命のひとつといえ、そのニュアンスは一種の陶酔感すら与えてくれるはず。
ダンスミュージックシーンに彗星のごとくあらわれたスクエアプッシャー!!。彼こそ、新たなダンスミュージックを初めて誕生させ、前進させた歴史的な音楽家だと明言しておきましょう。