圧巻の72歳デビュー作 伝説的アコーディオン奏者 Jean Corti 「Couka」


 Jean Corti 「Couka」

 

 一般に、アコーディオンやバンドネオン、コンサーティーナの演奏者というのは、他の管楽器や弦楽器、鍵盤楽器に比べると、それほど華々しく脚光を浴びてこなかった感があるのはどうしても否めません。 

おそらくそれは、これらの楽器が街角で大道芸のように奏でられる傍流的な器楽であるという誤った印象が根付いているからなのか、あるいは、また古い民謡だとかシャンソンをはじめとする歌曲には取り入れられながら、古典音楽でオーケストラ編成の中に積極的に取り入れられてこなかった歴史があるからなのか。それでも、少なくとも、この巨匠ジャン・コルティのアコーディオンの美麗な演奏に耳を傾けてみれば、この鍵盤楽器がいかに素晴らしいものなのかあらためて再確認できるでしょう。

 

ジャン・コルティの72歳のデビュー作「Couka」は彼のキャリアにおいて満を持してリリースされた感のある処女作にして集大成ともいえる作品。

 

 

 

一曲目「Amazone Pt.1」から展開されていくのは、スイングワルツを基調とした踊りのためのはやいテンポの三拍子の音楽で、コルティの陽気で晴れやかな演奏を聴いていると、聞き手もまた踊り出したくなるような衝動に駆られるはず。そして、ここにコルティが、これまでに蓄積してきたアコーディオンという楽器の魅力、演奏から引き出される渋みのニュアンスというのが滲んでいる。

「Violine」は、コントラバスの演奏を土台とした哀愁あるアコーディオンの実に流れるような演奏が堪能できるジャズ風の楽曲。ウェス・モンゴメリーのような華麗なギターというのも陶然とさせられる。また、その中にも、コルティの演奏に合いの手を入れるような唸りが聞き取れるのも一興。

 「Le Temps des  Cerises」は、古い時代のイタリアの歌曲「O mio babbino caro」からの系譜にある古典的なイタリアの音楽性、もしくは、往時の街角での流しの憂いある演奏を彷彿とさせる実に雰囲気のある楽曲。アコーディオンソロでありながら、十分な説得力と詩情あふれる演奏を聴くことができる。

表題曲「Couka」は、一曲目のようななんとも爽快さのあるスイングワルツ風の名曲。バンドスタイルを取っているため、大編成のスイングバンドのような豪華な雰囲気に彩られ、ドラムの演奏が他の楽曲にはないダイナミクスを見事に演出しています。コルティのメロディメイカーとしてのセンスも他の楽曲よりも輝いていて、コントラバスの演奏とあいまって、愉しげな雰囲気に満ちています。

終曲「Amazone Pt.2」は一曲目の変奏曲。コルティの有り余るほどのアコーディオンに対する情愛が感じられる演奏で、彼の長年の経験によって培われた盤石な演奏技術がここでたっぷりと堪能できるはず。曲の終わりにかけてのブレスがアルバムの最後に淡く落ち着いた余韻を与える。

アルバムの楽曲全体は、「Le Chaland qui passe」「Makako」に代表されるように、ゆったりとした哀愁ある楽曲の中に、テンポの良いスイングワルツが取り入れられており、映画のサントラのような優雅な雰囲気に彩られており、そしてジャン・コルティという一流奏者の淡い哀愁が曲の雰囲気を毀たぬように添えられている。

ここには、七十二歳の伝説的アコーディオン奏者しか醸し出せない深い情感、人生から直接に滲み出てくる哀愁、そして、何より、彼の演奏自体からコルティ自身が、アコーディオンを奏でる事を心から純粋に楽しんでいる様子が伺えます。

ジャン・コルティは、このデビュー・アルバム「Couka」において、前の時代に過ぎ去ったアコーディオンの面白さを最大限に引き出し、時代から忘れ去られた楽器の良さを音の楽しみとして伝えることに成功している。いうなれば、アコーディオンの伝道師としてのコルティの姿がここに見いだせるはず。