日本ポストロックシーンにおける源流

日本のポスト・ロックシーンの始まり

 

日本のポストロックシーンの最初のムーブメントが始まったのは、その瞬間を見届けたわけでも、産声を実際に聴いたわけでもないけれども、おそらく2000年代に入ってからだろうと思われます。

2001年、ポストロックシーンの形成に深く関わってきた「Catune」。2004年になると、「残響レコード」というインディペンデント・レーベルがte'のメンバーにより続々と発足していった。そして、この年代辺りから、ポスト・ロックシーンが日本の東京を中心とし、活発になっていった印象があります。

二千年代に入って、日本の東京の小さなライブハウスでも、90年代、アメリカのシカゴで奏でられていた音楽性を引き継いだロックバンドが00年代に入って、徐々に出てくるようになりました。

Slint,Gaster Del Sol、Don Cabarello、Tortoise、Sea and Cakeを始めとするシカゴ音響派と呼ばれる前衛的で、変拍子を多用した複雑な展開を持つロックミュージックに影響を色濃く受けたロックバンドが徐々に出てくるようになる。そして、ポスト・ロックの音を奏でる若いバンドは漸次的に、10年代半ばごろから急激に増えていき、今日のメジャーシーンでも同じく、ポストロック/マスロックの音楽性を打ち出したバンドが数多く見受けられるようになった。

今回は、日本の現代ポストロックシーン形成の源流をなすバンドを、普通の音楽誌ではあまり扱わないアーティストを中心にセレクトしていきたいと思う。



3nd

 

日本で最も早くポスト・ロックとしての音楽を全面的にに打ち出しのは、「Natumen」というバンドだったかと思います。

普通のギター、ドラム、ベース、という編成に加え、キーボード、サックス等のホーンセクションを取り入れたバンド。別に早ければいいというわけもないし、あまり確信めいたことを言いたくないけれども、ノイズ、アバンギャルド界隈をのぞいて、ポスト・ロックという音楽を初めに日本に導入したシーンバンドといって差し支えないかもしれません。5つくらい年上の人から話を聞いたかぎりでは、当時の東京のインディーズシーンではかなり伝説的な存在だったようです。

このバンドのライブは、多分、Parfect Piano Lessonと対バンしている時に、一度観たことがあって、素人目には何をしているのかよくわからず、驚愕するようなものすごい演奏力を誇っていた。変拍子を多用し、ドラムをはじめバンドとしての音の分厚さも半端でなく、何かこれまで普通のオーバーグラウンドのアーティストのライブしか見てこなかった自分にはすごく衝撃的でした。

彼等の音楽性としては、アメリカのドン・キャバレロの音楽性を、ディレイ・エフェクトをさほど使用せずにやってのけてしまったというアバンギャルド性。

他のバンドが挙ってエモ系の音楽に夢中になっていたかたわらで、この3ndというバンドだけは、全く他と異なる音楽を追求していて、純粋に滅茶苦茶感動したもので。一時期、全く名前を聞かなかったが数年前に再浮上してきて驚いたものだった。

 

 

 

彼等の現行のリリースでは、残響レコードのPerfect Piano lessonとのスピリットEP 「Black and Orange」を入門編として個人的におすすめしておきたいです。また彼等の代表的作品「World tour」では日本のポストロックらしい音、そして、Bandwagon、Band apartといった当時のシーンを代表するような音の方向性、ロックバンドとしてバカテクの雰囲気を体感できると思います。

アメリカのポスト・ロックをいち早く音楽性の中に取り入れて、現在の日本のポスト・ロックシーンの下地を作ったバンドというふうに言っても良いかもしれない。現在、Spotifyの音源配信でも何作かアルバム、EP盤が聴くことが出来るが、コレ以前にも、何作か自主制作盤も出ていた?と思う。

 

Malegoat

 

メールゴートは八王子シーン出身のエモコア/ポストロックバンド。

八王子は、以前から、西東京のインディーミュージックの重要拠点のひとつであり、他の地域とは異なる個性的なバンドが数多く活躍している。と、ここまでいうと、ちょっと大げさかもしれないが、ホルモン、Winnersといったスターを輩出しているのは事実。

八王子駅周辺にある、RIPS,Matchvoxを始めとするライブハウスが二千年辺りから地元シーンを盛り上げてきており、良いロックバンドが多い。一時期、不思議に思ったのは、新宿や渋谷、下北あたりのバンドが演奏する音楽とは全然違うということ。なんというか、八王子には流行の逆を行くような音楽が多くてとても面白い。吉祥寺、下北、渋谷界隈のAkutagawaのようなオシャレな感じを受けるバンドとは全然違って、なんとなく独特なシーンを形成している気配がある。

とりわけ、このメールゴートは、THE WELL WELLSと共に、八王子のシーンを盛り上げて来た代名詞的バンドで、言い換えれば、地域密着型・ポストロックバンドということも出来るはず。しかし、地元での活躍にとどまらず、ワールドワイドな活躍をインディーズシーンで見せていて、アメリカのエモ・シーンとも密接な関わりを持つバンドで、Empire! Empire!とのスピリットのリリースだけでなく、Algernon Cadwallderと共にアメリカで現地ツアーを敢行しています。

彼等の音楽性としては、シカゴの伝説的なエモコアの元祖、Cap n' Jazzを現代に蘇らせたといっていいかもしれない。そして、さらにそこに激しい疾走感、初期衝動の色を強めたのがメールゴートの音楽である。そこにはどことなく痛快さすらあって、青春的な切ない爽やかさが感じられるのも独特な特徴です。

センスあふれるギターの高速アルペジオも色彩的な響きがあり、絶叫ボーカルを基本的な特徴としながら、叙情性が滲み出ているあたりも、他のポスト・ロック勢の音楽と一線を画している。  

 

 

 

彼等のオススメの作品としては、「Plan Infiltraition」一択ですが、現在は廃盤となっていて、入手困難と思われるので、中古CDショップで気長に探すか、もしくは、比較的手に入りやすいEPスピリット盤「Duck Little Brother,Duck!&Malegoat Split」。「Empire! Empire!(I was Lonely Estate)/Malegoat」をオススメしておきます。特に、一枚目はメールゴートらしい疾走感のあるポスト・ロックが体感できるはず。そして、二枚目の方はEmpire! Enpire!というアメリカのシーンでもかなり有名なバンドとのSpilitもまたオススメの作品といえるでしょう。



As Meias

 

日本のエモシーンの始原ともいえるBluebeardが解散後、(元、There Is a Light That Never Goes Out)のメンバー魚頭とBluebeardの高橋が結成した伝説的なエモコア/ポストロック・バンド。「Catune」から全作品をリリースしています。

フロントマンの高橋さんは、かなり音楽の求道者的な性質を持ち、アス・メイアスは彼の宅録でのデモを頼りにバンドサウンドを生み出していった珍しいタイプのバンドです。音の完全性、ストイックさを徹底的に探求していったバンドといえる

アス・メイアスは、東京のシーンにおいて、最重要なバンドといえ、2002年の当時のミュージシャンとしては、Natumenとともに、東京で一番早くにポスト・ロックの音を取り入れたのではないかと思われます。一時期インディーシーンのバンドマンはこのアス・メイアスを聴き込んで影響を受けていました。それくらい影響力のあるバンドです。

アス・メイアスの音楽性は、東京のインディ・シーンを牽引してきたBluebeadからの透明感のあるメロディセンス、そして、清らかな内省的な叙情性を引き継いで、それにバンドサウンドとしてのストイックさを特徴としています。

めくるめくような変拍子のリズム、メシュガーをはじめとするニュースクール・メタルの轟音サウンドをスパイシーな味付けとして加えている。これは、狙ってのことかそうではないのかは定かではないけれど、ミニマル・ミュージックをロック・ミュージックとして大々的に取り入れた一番最初のバンドといっても差し支えないかもしれません。 

鮮烈的デビューアルバム「AS MEAIS」は、Blubeard時代からの透明感のあるメロディー、内側に向かって突き抜けていく強固なベクトル性を極限まで追求した楽曲が多く見られます。そこに、ミニマル・ミュージックをロックとして先鋭的に取り入れた名作。これぞまさに清らかな精神性の外側への表出ともいえる名曲「Kitten」。そして、日本のロックシーンでいち早くミニマル・ミュージックの要素を取り入れ、ニューメタル的なヘヴィさを加味した「Flux」が収録されています。 

 

 

 

2ndアルバム「AS MEIASⅡ」では、バンド・サウンドとしての高度な洗練性を追求していき、またメンバーチェンジを経、よりヘヴィ・ロックバンドとしてのはてなき荒野をアスメイアスは探求していった。変拍子を交えたポスト・ロック色を強めていった名作と称することが出来る。「Instant」「Arouse」はエモコアにとどまらず、日本のポストロック/マスロックの歴史に燦然と輝く金字塔といえる。

バンドとしての最後のリリースとなったのは、シングル盤の「AS MEIAS Ⅲ」で、これは彼等の曲で珍しく日本語歌詞でうたわれており、英詞とは異なる切ない叙情性がにじみ出ていて素晴らしい。

この一曲のEPリリースで、バンド自体は解散となったのが少々悔やまれるところです。が、その後、aie、the chef cooks meのメンバーにより結成された「Rena」というバンドの今後の活動に期待したいところです。

 

 

a picture of her

 

a picture of herは、2002年にから活動しているエモコア/ポストロックバンドで、下積みの長い良い意味でしぶとく今日まで活動を続けて来ています。

それまで、あまりスポットを浴びてこなかったように思えますが、2013年の1stスタジオ・アルバム「C」が一部のロックファンの間で話題を呼び、音楽誌などでも取り上げられる様になったバンドです。

つまり、バンドを結成してから、実に十一年後になって自主レーベル「friend of mine」から「C」をリリースするに至る。途中にメンバーチェンジはしながらも、相当な辛抱強さをもって今日まで活動を続け、また2019年には新作アルバム「Unavailable」を同レーベルからリリースしました。彼等のライブ活動というのもそれほど大規模な箱ではあまり行われないという印象を受けます。

a picture of herの音楽性というのは、そこまで他のポストロックバンドのような派手さはないものの、長年活動を続けてきたからこそ、にじみ出る高い演奏力、そして、インテリジェンス性の感じられる音、そして、また静と動を交えながら展開していくのが彼等のサウンドの特徴といえるでしょう。

バンドとしての音の分厚さも魅力のひとつでしょう。ドラムのダイナミックなヌケの良さというのも爽快感があり、また、ギターについては、クリーントーンをメインとしながら、時にそれとは対比的なディストーションのサウンドが展開される。インストバンドながら、息のとれた、そして、ひとつひとつ噛みしめるように紡がれていくバンドサウンドには、深い激情性すら滲んでいる。

 

 

 

ギターロック風のアプローチというべきか、Slintのメンバーが後に組んだArielを彷彿とさせる玄人好みのサウンドで、なんとなく音風景を浮かび上がらせるような、淡い叙情性を持った楽曲が多い印象です。

本格派のじっくり聴かせる音でありながら、特に、この静から動、轟音に転じる激烈なサウンドというのは重みもあり、またそれとは対極にある切なさのようなものが感じられる良質なポスト・ロックバンドです。彼等の入門編としては上掲した名作「C」をまずオススメしておきます。

 

 

Toe

 

数年前から、アメリカでの人気が高まっているToe。しかし、その音楽性が本当の意味で正当な評価を受けるまで下積み期間の長かったバンドといえるのかもしれません。十数年前にこのバンドを友人を介して初めて知ったときから、これほど力強く成長したバンドというのは他に知りません。もちろん、長いキャリアがゆえ、彼等四人のバンドサウンドとしての結束力はより一層強まりつづけているように思えます。

彼等のバンドサウンドとしては、典型的なポスト・ロックといえるでしょうが、そこに、エモーショナルな深い痛切な精神性が宿らせている。彼等、Toeが今日まで苦心惨憺して紡ぎ出してきているもの、それは悲哀からにじみ出る深い、そしてなおかつ淡い詩的感情と日本人としての精神性なのかもしれません。

ステージの前方で、エレアコを持ち、椅子の上に座り込んで、淡々と歌いこむ。彼等のステージの逆光の中にほの見えるのは音楽の求道者としての強い精神性。しかし、そのストイックな姿勢こそが多くのファンの心の琴線に触れ、今日までファンの裾野を広げつづけている要因といえるでしょう。フロントマン山嵜さんの背後で、気骨あふれるロックサウンドが目まぐるしく展開される彼等Toeのライブスタイルというのも、長いキャリアを持つバンドとしての強みといえるはず。

このバンドの音を極めて強くしているのは、世界を見渡してもその技術性において、数本の指に挙げられるであろうドラム柏倉さんの激烈なテクニックといえる。彼のタム回しの熱狂性というのは、かつてのボンゾを彷彿を思い起こさせるような風圧、凄みがある。そこに、シンプルなベースライン、そして、もう一本のギタリスト美濃さんの美麗なアルペジオががっちりとバンドサウンドとして合わさり、ヴァリエーション豊かな分厚いサウンドを持つ。アメリカのインディーズミュージックシーンでも熱狂的に受け入れられているというのも当然だといえるでしょう。

 

   

 

彼等の名盤は、彼等のライブレパートリーの主要曲「グッド・バイ」が収録されている、2009年の「For long tomorrow」。まずは、この一枚を必聴盤としてオススメしておきたいところです。

そして、 Toeこそ、これからアメリカだけではなく、世界的に有名になってもらいたい、ポストロックシーンを率いる代表格といえます。これからも、日本のポストロックシーン最前線を走り抜けてもらいたいロックバンドです。