REAL ESTATE
リアル・エステートは、2000年代に登場したロックバンドでありながら、古風で懐かしく、ニール・ヤングの名作「Harvest」で聴けるような伝統的なアメリカンロックを現代的な洗練性をもって奏でる五人組。
カルフォルニア出身のバンドで、この辺りの年代からアメリカのインディーロックバンドの全体的な傾向として、古い時代にも数多く良い音楽があるから、それを再発掘して新たに自分達なりのやり方でやっていこう、というリヴァイバルの動きが顕著に出てくるようになった。
これは、今、十年前の時代をあらためて振りかえると、20世紀終わりのロックバンドの主な風潮といえ、是が非でも新たな音楽を追求しないでよしというか、新時代の音楽を生み出すべくアーティストたちが競争していた傾向とは正反対の動向だったように思われます。つまり、巨大な音楽市場を介しての”競争”に身を捧げることをいくらか疑問を持ち、頂点にのぼりつめるため、火花を散らしている最前線の不毛なレースから身をスッと引いて、俺たちは一番でなくとも良いんだよというスタンス。また、もっといえば、メインストリームに対してカウンター的な勢いをもつアーティスト群がこの00年代から少しずつ出てくるような印象がありました。
その風潮を代表するのが、ニューヨークのシーンに華々しく登場した、マック・デマルコ、ワイルド・ナッシング、そして、ビーチ・フォッシルズのような一連のバンドでした。そして、Ariel Pinkもその一群に加えられるかもしれません。
これはまるで、それまで寸前まで止められていたシーンの流れが堰を切って出てきたような、非常に勢いのある台頭であったように今では思えます。このアメリカでの全体的なリバイバル動向は、後のベッドルーム・ポップの音楽性——前の時代を現代的にアレンジする——の素地を形成したものと思われ、また、驚くべきことに、時には、彼等の生まれた年代よりもはるかに古い時代の音楽を下地にし、それらを現代的サウンドアプローチによって音楽的に洗練させる手法を取っているのがとても面白い。とくに、上記マック・デ・マルコは、アメリカ人でありながら、なんと、細野晴臣の名曲「ハネムーン」を堪能な日本語でカバーしていることは追記しておきたい。
そして、このリアル・エステートは、それほど洋楽に馴染みのない若い人にも聞きやすい音楽性であり、耳の肥えたオールドロックファンにも是非、お勧めしておきたい良質なアーティスト。
さてさて、今回は、彼等のおすすめアルバムを3つばかりピックアップしていこうと思っています。
「Real Estate」2009
まずは、リアル・エステートの記念すべきセルフタイトル、1st Album「Real Estate」。
彼等の登場を手放しに歓迎したくなるような作品。このアルバムを聴いて驚かされるのは、二千年代になって、五、六十年代流行の音楽をなぞらえたようなロックサウンドが現代に蘇らせたという驚愕の事実です。
これはこういった古い音楽を奏でた末のリアクションを気にしたらとても出来ない。彼等が心底からこういったサーフロックサウンドに敬意がなければ作りあげるのは難しいはず。むろん、音楽性についても単なるアナクロニズムに堕しているわけでなく、現代的な雰囲気もほんのり感じられるはず。
例えば、有名どころでは、ディック・デイル、べンチャーズ、ビーチ・ボーイズといった日本でもかつてグループ・サウンズという名で一世を風靡したようなロックサウンドを、ニール・ヤング風の良質なカントリーの風味で華やかに彩ってみせたのがこのデビューアルバムの画期的たる由縁。
リバーブをてきめんに効かせたギターサウンドが全面展開。この心地よくてたまらない響きにやられること疑いなし。また、ドラムの同じように、リバーブで奥行きを持たせたダブ的な音作りにより、実に雰囲気が良し。また、その茫漠とした音像を背後でしっかり支えているのがタイトかつシンプルなベース。
かなり玄人好みのサウンド処理が施されながら、楽曲全体に満ちている上品でキャッチーなメロディーに心惹かれます。
このデビューアルバムを通し聴いていると、時を忘れ、往年の懐かしいカルフォルニアの太陽を思わせるサーフロックの古めかしい音の織りなす世界にいざなわれていく。
全体的に、ギター、ドラム、ベースの音色に統一感があり、また、テンポ感もゆったりとしていて、聴いていて飽きることがない。なんとも、デビューアルバムらしい爽やかさに彩られている傑作。
「Atlas」2014
アメリカの有力紙で大絶賛された、2nd「Days」(2011)の良さも捨てがたいところです。二作目からはサーフロック色を弱めて、より洗練されたギターロックバンドとしての道を歩みはじめた感のあるリアル・エステイト。
しかし、どちらかといえば、2ndは評論家好みの通向けのアルバムと思われるため、ここで自信を持ってお勧めしたいのは、リスナーにとって好感触が得られるであろう通算三作目となるスタジオアルバム「Atlas」。
1stアルバムにさらにポップ性を付加し、洗練させた2ndの完成度の高さと、その鋭意を引き継いだのが今作「Atlas」の特徴で、さらに前作に比べロックバンドとしての方向性がしっかり定まったという印象を受けます。
リアルエステートの五年間にわたる活動の結晶を形作ったとも言うべき作品が、三曲目収録の「Taking Backwards」。この楽曲は、往年のニール・ヤングの名曲にも引けを取らない名品です。彼等の品の良いギターロックの方向性がここでひとつの集大成を見たといえるでしょうか。さらに、五曲目収録の「The Bend」ではこれまでになかった音楽性、ボサノヴァ的なオシャレさのある楽曲にも挑戦しており、彼等の自身の音楽性に対する果敢な冒険心というのも垣間見えるでしょう。
1stでは、まだ海のものとも山のものともつかずにいたリアル・エステートの音楽性をはっきりと決定づけ、ただの通好みのバンドでなく、高い演奏技術と秀でた作曲能力によって裏打ちされた実力派バンドであると世界に対し誇らしく示してみせたのがこの「Atlas」というアルバム。
ビートルズの往年のポップセンスを現代に受け継いだ古典的なポップ/ロックソングとしても安心して聴き入ることができるはず。
音楽性については、繊細なギターロックでありながら、どっしりとした安定感があり、なんともいえず心地よく、ほんわかとなるような良質なポップソングが満載の作品です。
「Half A Human」EP 2021
いよいよ、数年前からMVをYoutubeで公式展開し、本格的なロックバンドとして徐々に世界的に認知されはじめた感のあるリアル・エステート。
この間、定期的に、信頼あるリリースを重ね、2017年の「In Mind」ーー2020「The Main Thing」ーーというように、順調に秀逸な作品を積み上げて、名実ともに良質なロックバンドであることを国内外に誇らしく示し続けてきたリアルエステートが、さらなる局面を切り開いて見せた作品。EP、つまり、シングルリリースの形態でありながら、二枚組構成というのも面白い特徴でしょう。
前作で見せたひとつの完成形をここでさらに展開させ、まるで1stアルバムに原点回帰を果たしたかのような作品。
イントロとしての役割をなす「Despair」から続いて、これぞリアルエステート節ともいえる「Half a Human」は、彼等の新たな代表曲となるかもしれないと宣言しておきたい。ここで展開されるのは、やはり心地よいリバーブ感のある良質なギターロックであり、またこれというのは、ニューヨークのリバイバルバンドとは一味違った形で音が綿密に紡がれていきます。往年のどことなくノスタルジーを感じさせる。
また、三曲目の「Soon」も良曲で、彼等のメロディーセンスの中に独特なフックが加えられ、それが切なげな新鮮味を感じさせる。ちょっとしたフレーズの質感の違いがこれほど楽曲に秀逸さをもたらすことの証左。また「Ribbon」ではイントロから、ビートルズ和音というのを追求した楽曲で、それがリアルエステートらしい少しアンニュイさのある風味で切なげに彩られている。
往年に世間に流行した音楽、彼等の音楽の中には最近世界的に流行しているという古い日本のシティポップのような雰囲気も感じることが出来る。どこかで聴いたことのあるフレーズを新式に組み替えてみることによって、これほどまでに新鮮味のある音楽が生み出す事ができる。そして、それは音楽フリークとしての一面と、そして高いタイトな演奏技術によって紡ぎあげられる職人技。
リアルエステートの奏でるギターロックというのは、本格派といえ、やはり、アナクロニズムでなく、そこに現代的な要素がほんのり添えられているのは変わらない。彼等の存在というのは、刻々と移ろいつつある日々の中、何ひとつも変わらなくてよい、いや、変わってはならない普遍的なものも、この世には存在するのだということを示してみせた好例といえるかもしれません。