Christina Vanzou 「Landscape Architecture」/ Review

 ◾️Christina Vanzou

 

以前、作曲家、Christina Vanzouのバイオグラフィーについては、Dead Texanのアルバム・レビューの項で簡単に触れておきました。「参照:Album Review Dead Texan

  

一時的なアンビエントユニット”Dead Texan”の中心的な人物Adam Witzieは、このプロジェクトの解散後、Stars of The Lidの活動に乗り出していき、アメリカ国内にとどまらず、世界のアンビエントシーンで著名なアーティストとして数えられるようになりました。

 

そして、このプロジェクトの密かな人気が功を奏したのか、Christina Vanzouの方もまた近年、現代音楽、アンビエントシーンで非常に影響力のあるアーティストとなりつつあるようです。それはVanzouの実際の作品を聴いていただければ、その才覚のすさまじい煌めきをハッキリと感じ取ってもらえるかと思います。

 

これまで、Dead TexanのアルバムをリリースしたKrankyを中心に、「No.1」「No.2」「No.3」「No.4」とナンバーを銘打ったスタジオ・アルバムを何作か録音してきている。直近のリリース作品においては、大御所、ABBAとコラボしている!ので、これから世界的な音楽家として認知されつつある気配もありそうだ。また、実際そうあって欲しいと個人的には願っています。

 

現時点で、アンビエントシーンでの知名度という点では、Stars of the Lidに一足先を越されているかもしれない。しかし、近年、Christina VanzouはAdam Witzieとは異なるアプローチを見せ、本格的な現代音楽家としての方向性を追究し、オーケストラとのコラボレーションなども実現させている。これからさらに凄くなりそうな雰囲気があります。

 

近年のアンビエント、そして、現代音楽のシーンにおいても最注目すべきアーティストの一人であるといえそう。これはかなり穿った見方かもしれないけれども、元を辿れば、VanzouがDead Texanでの活動により音楽活動、アンビエント制作としての才を花開かせたのが盟友Adam Witzieであったというのは少し過ぎたる言なのかもしれません。

 

信じられないのが、最近、Vanzouは、オーケストラレーションを交えて自作曲の演奏まで行うようになっているものの、Native Intruments社のインタビューに語っている通り、「これまで体系的な音楽教育は一度たりとも受けていない」


また驚きなのが、往年のニューヨーク・アバンギャルドシーンの立役者ともいえるサックス奏者、ジョン・ゾーンからの影響が音楽家としての出発点にあるということ。にも関わらず、彼女の作曲技法というのは、シュトックハウゼン、クセナキスのようなシンセの基礎を形作った現代音楽家のようなアプローチがあり、そして、音を"デザイン"するという手法が顕著に伺える。これは、他のアンビエントアーティストとは一線を画すように思えます。


 

「Landscape Architecture」2020




 
 

Christina Vanzouは2020年リリースのアルバム「Landscape Architecture」において、アンビエント製作者として目覚ましい進歩を遂げたということみずからの作品をもって証明しています。

 

ブルックリンの音楽家”JAB”を共同制作者として抜擢したことにより、アンビエントにおける多彩なアプローチを可能にしたと言えかもしれません。

 

今回、このJABというフルート奏者兼ピアニストという多彩なプレイヤーの才覚が彼女の作品に加わった事によって、このスタジオアルバム「Landscape Architecture」は往年の「ブライアン・イーノ、ハロルド・バッド」という絶妙な名コンビにも比する素晴らしい音楽が綿密に形づくられています。

 

全体的なサウンドアプローチとしては、幻のアンビエント・ユニット”Dead Texan”の形を引き継いだといっても良いかもしれません。JABのミニマルなピアノ演奏を前面に引き出し、その背後にVonzouの生み出すシンセサイザーが音の芳醇な奥行きを形作る。

 

また、題名からも分かる通り、音風景、サウンドスケープの構築という作曲上の意図が明確に伺える。そして、いくらか興味深いのは、曲中において、鳥のさえずり、バイクの音、ヴォイス等のサンプリングも効果的に取り入れられている点で、これが何かしら聞き手の情感を喚起させるように思えます。

  

そして、この作品に共同制作者として参加しているJABの奏でるピアノ演奏というのは、かつてのハロルド・バッドの演奏を彷彿とさせるかのような深い思索に富んでいます。

 

無駄なフレーズを削ぎ落とした洗練性、静けさ、抒情性、そこにまた神秘的な雰囲気を漂わせている。ピアノの演奏自体は至ってシンプルなのに、音の余韻、もしくは音の余白のようなものが顕著に込められているのは、やはり、昨年、亡くなられたハロルド・バッドの音の雰囲気を彷彿とさせます。

 

そして、ピアノの美麗なフレーズの背後に、Vanzouの奏でるシンセサイザーのシークエンスがこの作品の持つ世界観を押し広げているように思えます。このアルバムの音楽、二人が提示するサウンドスケープには、聞き手をその音響の持つ独自の世界に迷い込ませる力、そして妖艶な雰囲気が充溢している。

 

このアルバムは、Dead Texan、またはハロルド・バッドのように、癒やしある聞きやすいピアノアンビエントとして聴くこともできるでしょう。また、この作品において、Vanzouは、往年のアンビエント音楽を、現代、そして、近未来に推し進めようとする気概もまた伺える。つまり、この作品は、一辺倒のアンビエント作品という訳ではありません。

 

アルバムに収録されている楽曲は、ヴァラエティに富んでおり、現代音楽寄りのアプローチも感じさせます。JABのフルート演奏をフーチャーした「Obsolete Dance」は、アヴァンギャルド・ジャズ、アシッドハウス風の蠱惑的な雰囲気を持つ楽曲といえて、このアルバムの中で強い異彩を放っている。

 

「Out of office」では、シュトックハウゼンのトーン・クラスターに近い前衛的なアプローチも見られる。「Pungent Lake」では、不気味さのあるドローン・アンビエントに挑戦している。「Lost Coast Haze」では、モートン・フェルドマンやケージのピアノ音楽に対する接近も見られる。

 

このアルバム・タイトルにあるように、サウンドスケープの構築という意図、それはVanzouとJABという秀逸な二人の音楽家の性格が絶妙に合わさったことにより、芸術の高みまで引き上げているように思えます。今作は、アンビエントという音楽の解釈を、さらに未来へと一コマ先に進めた歴史的傑作というふうに形容出来るかもしれません。