Y La Bamba
今回、歌姫、Divaとしてご紹介する"Y La Bamba"は、メキシコをルーツに持つ女性アーティストである。
Y La Bambaは、現在、アメリカ、オレゴン州のポートランドを拠点として活動しているインディーロックミュージシャンではあるが、やはり、良い意味で現代アメリカのアーティストらしくはない。どことなく儚げでありながら、ワイルドさも感じられる。彼女自身が生み出し、そして完成品としてパッケージされる涼し気な楽曲からは、独特なスタイリッシュさが感じられる、現代のポップス界隈のミュージシャンには感じ得ない特異な歌姫の感性が読み取れるはずだ。
"Y La Bamba at KEXP - Seattle on 2012-06-27 - _DSC1768.NEF" by laviddichterman is licensed under CC BY-NC-ND 2.0
一体、Y La Bambaは、他のアーティストと何が違うのだろう? とにかく、その佇まいにも異質な雰囲気が滲んでいる。もちろん、見かけだけではなく音楽性についても同様で、どの現代のポップス、ロック・ミュージックにも似ていない。そのルーツからして、全く異なる気配が滲んでいる。
まるで、往年の名画、「バグダッド・カフェ」のサウンドトラックで聞くことのできるような音楽の雰囲気である。サボテン、砂漠、荒野、砂嵐、こういった風物が彼女の音楽を聴くと、おのずと脳裏によぎる。
ジャンルとしても、非常に類する音楽を探すのに労を要するはずだ。ラテンとも、スパニッシュとも、また、メキシカンともいえない独特な感性を持ったアーティストといえそうだ。
これは、多種多様な文化が生活圏にあってこそ生まれ出るような音楽なのかもしれない。そして、ファッション性でも、群を抜いて奇抜、風変わりで、近年流行のボーイッシュなスタイルを追究しているとてもクールなアーティストである。
率直に言うと、Y La Bambaの音楽には、実に不思議な魅力が宿っている。近年の欧米のポップスブームからは想像もつかない得意な音楽である。それを自身の音作り、マスタリング作業において古いレコードタイプのノイズを楽曲に掛けることにより、楽曲に古風な演出をほどこしている。
実にサウンドエンジニアとしても見事な手腕である。彼女の楽曲には、すでにデビュー当時から特異なノスタルジアが滲んでいて、これが他の現代アーティストにはない魅力を生み出している 。
分けても、1950年代に活躍したRed Foleyというアメリカの第二次世界大戦後の年代に活躍したカントリーアーティストの音楽性、もしくは、さらに古い、1930年代のアルゼンチンタンゴの音楽性の復古を現代の地点から試みようとしているように思える。
また、これまでのリリース作品には、Y La Bamba自身が生まれる以前にあった音楽への憧憬と残影がはっきりと滲んでいる。
それも、クールかつスタイリッシュに滲んでいる。Y La Banmbaの音楽を聞いていると、体験したこともない、古い時代にタイムスリップを果たすかのような錯覚にとらわれる。
Y La Banbaのアコースティック、エレクトリックギターの演奏も、他のアーティストとは異なる。
それは、どことなくローファイ感を出すことで、より、渋みのあるアプローチも見られる。コードやアルペジオを「弾く」というのでなく、ギターを介して、そっと語りかけるような情感がある。
ジプシーのように自由で、抒情性のあるギター演奏、それはジプシーが街角で奏でるようなワイルドな音楽を彷彿とさせる。そして、その中に、バランス良くクールさも込められている。
もちろん、歌姫、ディーヴァとしての資質は十分。Y La Bambaの声の性質には艶があり、他のビックアーティストのスター性にもまったく引けを取らない、妖しげなボーカルにリスナーは魅了されるはず。
そして、Y La Bambaは自身の声の多重録音という要素はアシッド・ハウス的な効果も演出する。しかも、艶やかさとともに、そこに、女性アーティストとしてのワイルドさを併せ持つのだから、リスナーとしては白旗を上げるしかない。
ところが、どうも音楽的なアバンギャルド性が一般的なリスナーには倦厭されているのか。それとも、ただ一般的に知られていないだけなのか、どちらともつかないけれども、世界的な知名度という側面では、残念ながら実際の実力に比べると、まだまだという気がする。
ここで、あらためて、最注目すべきアーティストの一人として挙げられる、”Y La Bamba”の素敵な作品を取り上げていきましょう。
「Alida St」2008
”Gypsy Record”からリリースされたY La Banbaの衝撃的なデビュー作である。
TrackListing
1.Alida St.
2.Festival of Panic
3.Fasting in San Francisco
4.My Lukewarm Recovery
5.Isla de Hierva Buena
6.Winter's Skin
7.Las Aguas Venenosas
8.Bravo Gustavo
9.Borthwick Magic
10.Knuckles
独特なサウンドプロダクションが施されていて、つまり古い時代のレコードのピンクノイズのような演出効果を図ることにより、およそデビュー作とは思えないほどの渋みのある作品となっている。
これは近年のWAVESといったマスタリングソフトにより、古めかしい音を容易に加工することができるようになったからこそ生み出し得た秀逸なサウンドプロダクションである。
この作品「Alida St.」で展開される音楽性について、どこかで聞いたことがあるなと思っていたが、その源泉のようなものを辿ることに非常に苦労をした。最初、1950年代のカントリーフォークへの憧憬が垣間見える作品と思っていたが、彼女が探し求める音楽の観念は、それよりさらに二十年以上昔になった。
多分、その音楽的な理想というのは驚くべきことに、1930年代のCarlos Gardelの奏でていたようなアルゼンチン・タンゴの雰囲気だったのである。このアルゼンチンタンゴからのラテンの匂いがこのアルバムの随所に充溢している。それがこの作品をただのポップスではなく、ローファイ味あふれる渋い雰囲気にさせているという感じがする。
少なくとも、この作品にはすでに何作かリリースしてきたような風格、経験の蓄積が感じられるのはデビュー以前にも様々な音楽的な冒険、実験を試みてきたからかもしれない。
アルバムはほとんど二、三分代の短いトラックで占められている。
一曲目の表題曲「Alida St.」は他の曲とは異なり、現代的なローファイポップ寄りのアプローチが見え、すでに聞き手の心を捉える。
そして、「Fasting in San Francisco」で見せる奥行きのあるボーカル、そして、穏やかなインディーフォークというのも、Y La Bambaのギターのフレーズもシンプルでいいし、さらに、さらりと無理なく歌いのけていることにより、涼し気な雰囲気にさせてくれることだろう。
また、この後の作品でも同じように、彼女はこの作品において、英語とスペイン語の両方の言語を歌詞上で巧みに使い分ける。見事という表現が稚拙に思えるくらい、その言語の雰囲気、特徴を掴んでいるからこそ、こういった美しい歌唱法を内側から引き出すができるのかもしれない。
スペイン語の独特な響きの美しさが感じることができるのが、アルバム五曲目に収録されている「Isla de Hierva Buena」。
ここで、驚くべきことに、英語の歌い方とはまた異なる歌唱法を採り、スタイリッシュな洗練性が読み取れる曲。ジャンク感もありながら、それが全然チープに感じられないのは、作曲の高度さ、そして本格派の歌唱によって、この楽曲がぎりぎりのところで支えられているからだろう。
また、九曲目「Borthwick Magic」ではインディーローファイを街角で流しの演奏しているようなアンビエンスを演出しているあたりも通好みといえる。
アルバムの最後を飾る「Knuckles」は、内向的な雰囲気を醸し出す鳥肌の立つような美しく切ない感じのある楽曲である。いきなり、ぶつっと曲が急に終わってしまうあたりにも、このアーティストの抜けさがない感じが現れているのは、この作品の次があると確信したからこそである。
この鮮烈なY La Bambaのデビュー作に一貫しているのは、涼やかなボーカルの風味であり、これはかの世界的な歌姫のひとりとして挙げられるセイント・ヴィンセントのデビュー作にも存在していた資質である。
「Entre Dos Ros」2019
Y La Bambaは、それほど世界的な知名度を得なかったせいか、自身の作品制作及びライブ活動に集中、よりその才覚に磨きを掛け、音楽性もまた洗練させてきた。
デビュー作「Alida St.」での瑞々しさというのは、十年経っても不思議なことに薄れるどころか、さらにより強くなってきているようにも思える。
TrackListing
1.Gabriel
2.Entre Los Dos
3.Rios Suektos
4.Octavio
5.Sonadora
6.Las Platicas
7.Los Gritos
そして、Y La Bambaの近年の作品リリースにおいて、ミュージシャンとしての勢いが最もよく際立って現れているのが2019年リリースのアルバム「Entre Dos Ros」である。
実に完成度の高い楽曲で占められていて、またそこには以前よりも痛快さが加わったというような印象を受ける。
この作品では、Y La Bambaのアップテンポの楽曲、ロック音楽に対する歩み寄りのようなものも感じられ、ヴァリエーションの富んだ傑作となっている。そして、デビュー作からのラテンミュージックに対する深い理解、それを独自のスタイルとして完全に確立したような気配を今作には感じていただけるはず。
一曲目の「Gabriel」からしてサンバ調のリズムで構成されるアップテンポなナンバーが目を惹く。その中には、デビュー作よりもはるかに、本格派としての歌姫の資質が遺憾なく発揮されている。
二曲目に収録されている表題曲「Entre Dos Ros」では、シンガーとして着実な成長というのが見えるかと思う。ここで、Y La Bambaは、往年のあるアルゼンチンタンゴの歌手のように、一般的なビブラートをさらに強めた独特な歌唱法に挑戦している。この歌、本物の歌に込められた美しさは言葉に尽くしがたいものがある。
また、このアルバム興味深い点を見出すとするなら、「Sonadora」においては、ポスト・ロック風のアプローチにも挑戦してみせていることは、実験音楽としての狙いのようなものも伺える。
まさに、音楽に対する貪欲さ、あるいは真摯さというミュージシャンになくてはならない資質がY La Bambaには備わっていて、彼女という存在を今日まで絶えず成長させつづけてきた要因であることが、今作からは明瞭に読み取っていただけるだろうと思う。
そして、この作品で示されている音楽性は、あくまで、Y La Bambaの通過点の一つに過ぎないように思える。この先、さらに一歩踏み込んだ、Diva、歌姫としての高い完成形が残されていると言い得る。末恐ろしいポテンシャルを持ったシンガーソングライターとして御紹介しておきます。