Simon Farintosh「APHEX TWIN FOR GUITAR」2021
カナダの西海岸のギタリスト、サイモン・ファリントッシュは、クラシカルギターの名プレイヤーとして知られ、これまで数多くの賞を受けている実力派のギタリスト。これまでに、フィリップ ・グラスのグラスワークスをクラシックギターでカバーしている。
少し遅まきの情報になってしまうが、そんな彼が今や押しも押されぬイギリスのビックアーティストといえるエイフェックス・ツインのアコースティックギターのカバー曲を収めたシングルEPを今年リリースしている。シングルリリースながら、全六曲が収録され、小さなアルバムとして楽しむ事ができる。
TrackListing
1.Film
2. Apill 14th
3.Hy a Scullyas Lyf a Dhagrow
4.Kesson Daslef
5.Jynweythek Ylow
6.Alberto Balsam
元々、これまでエイフェックス・ツインというアーティストは”ドリルンベース”を始めとする秀でた天才的リズムメイカー、トラックメイカーとして世界的な評価を受けているように思えるが、個人的には、リチャード・D・ジェイムスというアーティストは、「Come To Daddy」に挙げられる暴虐的なフレーズを表向きの印象とする楽曲からは及びもつかない、叙情的でありながら繊細で美しい旋律を紡ぎ出す秀逸な”メロディメイカー”としての表情も併せ持っている。
もちろん、リチャード・D・ジェイムスは、イギリスを代表する電子音楽家ではありながら、ケージをはじめとする現代音楽にたいする造詣も深い。そのあたりが自身のアルバムにおいてのプリペイドピアノの導入といった実験的なアプローチへと歩みを進ませ、彼のバリバリの電子音楽家とは異なる現代音楽的な趣向性を持たせる。音楽性の間口が広すぎるため、リチャード・D・ジェイムスの音楽性というのは、一見、無節操のようにも聴こえるかもしれないが、どのような音楽であれ、自分の音楽の中に柔軟性をもって取り入れてしまうのがリチャード・Dという鬼才の凄さなのである。
そして、彼の音楽家としての表情には、時に、まったく本来の姿から乖離したメロディメイカーとしての姿が見いだされる。
それは、「Apilil 14th」「aisatsana [102]」といった清かで涼やかな楽曲の中に見いだされる。彼の電子音楽家としての轟音性ーーノイズの対極性にあるこの意外な静寂性、これは初期の「アンビエント・ワークス」から現在まで引き継がれている側面といえる。しかし、これまではいまいち、その意外性のようなものが何であるのか分かりづらい面があった。
しかし、今回、サイモン・ファリトンリッシュという名プレイヤーのクラシックギターでのアプローチが明らかにしたのは、エイフェックス・ツインの音楽においての静寂性、そして心優しい抒情性というのがむしろ彼の音楽の本質であるという事実である。
この2021年リリースのEP作品には、エイフェックスの名曲「Film」「April 14th」「Alberto Balsam」といった代名詞的な楽曲を網羅しながら、ここで全面的に展開されていく音楽性のは、電子音楽としてのエイフェックスではなく、まったくそれとは乖離した古典音楽としての表情を持つ上品なエイフェックスである。ここでは、今までとは異なる表情がたっぷり味わえると思う。
一曲目の「Film」は、エイフェックスの原曲自体は、非常にエモーショナルな美しい楽曲だったが、ここで名プレイヤーのサイモン・ファリントッシュのナイロンギターのたおやかな爪弾きによって、見事に、現代の電子音楽が由緒ある古楽に様変わりしているのは驚愕!としか言うよりはほかない。
元々、エイフェックスの音楽にはコード感というのは希薄であるものの、ここで、このカナダの名クラシックギタリスト、サイモン・ファリントッシュ氏は、美しい和音をアルペジオと、そして、綺羅びやかな対旋律によって、うるわしく彩ってみせている。ここで、なんともいえないイタリア古楽のような雰囲気を持つ上質な楽曲に生まれ変わりを果たしている。
「Apiril 14th」もまた美しいカバー曲となっている。サイモン・ ファリントッシュのアルペジオというのも優雅な響きをなし、そして、時に、そこから清らかな水のようにこぼれ落ちるミュートのニュアンスというのはほとんど絶品というしかない。あっさりした感じのカバーではあるけれども落ち着いていて上品な曲に仕上がっている。
もう一つ興味深いのが「Alberto Balsam」である。この曲もまた、エイフェックスの代名詞的な一曲であるが、ここではクラシカルギターだけではなく、原曲に忠実なリズムトラックが加わることでかなりゴージャスな仕上がりとなっている。ファリントッシュ氏のリズミカルな演奏にマシンビートとハイハットの彩りが加味され、心楽しいアレンジ作品となっている。ここではまたエイフェックス・ツインの原曲と異なる穏やかでノリの良い雰囲気を堪能できるだろうと思う。
このアルバムは、サイモン・ファリントッシュ氏のリュート的なクラシカルギターの流麗な演奏が、これまた、まるでイタリア古楽のような上質で芳醇な香りを漂わせている。
今まで見いだされていなかったリチャード・Dのメロディメイカーとしての魅力が存分に引き出された素晴らしい作品である。まだ一般の市場には出回っていない作品ではあるものの、隠れた名盤として挙げておきたい。
エイフェックス・ツインを全然知らないというリスナーも充分、楽しめるような楽曲のラインナップになっている。もちろん、エイフェックスのファンは、この電子音楽家の異なる魅力を見いだす手助けになるかもしれない。ジャケット、音、共に、とても美しい名カバー作品として推薦させていただきます。
参考
disquiet.com https://disquiet.com/2021/02/03/simon-farintosh-aphex-twin-guitar/