ライオットガールの系譜
これまで、歴代の女性パンクロッカー達は、その大多数が男性の文化の中で、どことなくむさ苦しさすらあるパンクシーンにおいて、強い異彩を放ち、実際に多くのファンを魅了し続けてきた。
こういった女性ロックミュージシャンは、常に強いメッセージを内側に抱え、シーンに対し勇猛果敢に女性という存在のありかを示し、そして、みずからの思想を音楽に込め、それを恐れることなく発信し続けて来たのだ。
音楽活動ーー、しかし、それはただ単なる憂さ晴らしか、音遊びのようなものであったのだろうか?
いや、決してそうではない。それは、非常に強固な概念に支えられた世間という目に見えない社会構造にたいする強烈なアンチテーゼを意味し、そして、その一表現形態としてパンクロックが存在していたのである。それは、まだ、人権意識という概念が希薄な時代において、女性という存在の権利を、我が手に取り戻すための女性人権運動と言っても良かった。現在は、実際の社会での発言力もまだまだといえるが、徐々に認められるようになってきたことはとても喜ばしいと思う。
しかし、およそ、数十年前、女性の社会での立ち位置というのはどうだったろう? 近代、女性が何らかの思想を発信することは、非常に困難をきわめた。例えば、NYのライブハウスで、パンク・ロッカーとして活躍することは、相当な勇気がいることだっただろうし、また、それなりに、決死の覚悟で挑まなければならなかったはずである。
このニューヨーク・パンクロックシーンの渦中には、パティ・スミスという現代詩人、そして、以後になると、ソニック・ユースのフロントマンであるキム・ゴードンという、強い個性を持つアーティストが活躍した。とくに、キム・ゴードンは、その後のアメリカでの人権運動にまで発展する”ライオット・ガール”という概念の先駆者ともいえる、重要なロックアーティストである。
もちろん、前者、パティ・スミスは、ボブ・ディランに引けを取らない実力派の女性詩人であり、後者、キム・ゴードンは、インディー・ロック界のカリスマとして、現在もミュージックシーンに、その名を轟かせている。しかし、この二人がいまだ多くの目利きのファンから熱狂的な支持を受けつづける理由は、彼女等の際立った個性にとどまらず、女性としての存在感を音楽という表現において、あるいは、ステージパフォーマンスでタフに示し続けてきた後に獲得した勝利であり、難しい社会構造内での権利を獲得しようという痛切な歴史があったからこそなのだ。
現在のように、Facebook、Twitterといったソーシャルメディアがまだ存在しない夜明け前の時代において、女性がなんらかの強いメッセージを発信するためには、文学、アート、あるいは、音楽という表現形態が必要だった。
とりわけ、時を遡ると、古典音楽でも女性の扱いは目も当てられないほどで、クララ・シューマンは、ロベルト・シューマンに比するピアノ曲の才能があったのにもかかわらず、生前、真っ当な評価を受けることはなかった。
この音楽というのは、女性の最後の精神的な抵抗の拠り所のようなものだったろうかと思う。音楽を介してなら、日頃伝えられないこともどのようなことも、ストレートに伝えられる。このパンク・ロックという感情表現は、、女性のアーティスティックな表現方法に明るい活路を与えたのである。
そして、同時代には、ロンドンパンクの後に勃興したポスト・パンク/ニューウェイヴにもX-Ray Specs、そして、Slitsという女性中心の秀逸なバンドが徐々に台頭し、活躍するようになった。ようやく、オーバーグラウンドとは異なる形で、女性がパンク・ロックを通して市民権を獲得するに至ったのだ。
そして、こういった男性中心のメンバーで構成されるパンク・ロックバンドの女性ボーカリストは、”ライオット・ガール”と呼ばれる要因となった。これは、後のロックバンドのメンバーの構成、つまり、男性中に、キャラクターの強い女性メンバーが、フロントマンとして前面に立ち、他の男性たちをミューズのごとく先導する役を担うスタイルが浸透していく。
比較的新しい2000年代あたりの例を挙げると、ガレージ・ロック、そのリバイバルシーンのバンドには、この”ライオット・ガール”と呼ばれる象徴的なメンバーが在籍する事が多く、そのことは、White Stripes、Yeah Yeah Yeahs、Blonde Redhead等をあげればより分かりやすいかと思う。
ガールズバンドの原点
また、現在の意味でいう、ガールズ・バンド、つまり、「女性のみで構成された可愛らしいイメージのあるロックバンド」という括りで語るなら、多分、その原点は、アメリカの”The Ronettes”という三人組のオールディーズというジャンルを代表するポップシンガーグループに求められる。
このザ・ロネッツというバンドは、六十年代の米国のニューヨークを拠点として活躍したザ・ビートルズの女性版三人組といえる良質なポップ/ロックバンドである。
ザ・ロネッツは、「Be My Baby」「Baby I Love You」「Sleigh Ride」をはじめとする、オールディーズの伝説的な名曲をリリースしている。R&Bなどのブラックミュージックの雰囲気を持ち、ビートルズ、ビーチボーイズに引けをとらないポップセンスが魅力のガールズバンドの先駆者的存在である。NYのブロードウェイ文化を象徴する華やかなロックバンドとして挙げておきたい。
六十年代から、後の七十年代に入ると、近代からアメリカ車の主要な生産地として大きな経済発展を遂げたミシガン州デトロイトの”Nikki And The Corvettes”というバンドが音楽シーンに台頭した。
この”コルベッツ”というロックバンドは、実に可愛らしく、若々しいキャラクターを持ったバンドであり、ニューヨーク・シーンの伝説、Ramonesのように、つかみやすくて、万人受けする音楽性を擁していた。
ザ・コルベッツは、上記のパティ・スミスのような強い際立った思想性というのはないものの、誰にでも理解できるようなポップ性を持ちわせた稀有なロックバンドだった。そして、このバンドの持つ。
この時代から、なんとなく、”Cute”というイメージが、ガールズ・バンドの主要な印象として定着していったように思える。もちろん、日本にも、後年、”少年ナイフ”というニルヴァーナのカート・コバーンに重要な影響を与えた名ガールズ・ロックバンドが活躍するようになった。
1970~80年代以降のガールズ・バンドという形態には、この”キュートさ”というイメージが一般的に浸透するようになっていったのは、自然の道理だといえる。ひとつだけ、惜しむらくは、Nikki And The Covettesは、一部カルト的人気を獲得しただけで、アルバム・リリースも一作で解散してしまった幻のロックバンドとなった。
しかし、このバンドの「Nikki And The Covettes」1980という作品は、RAMONESの1st「Ramones」に比するポップチューンの連続であり、パワーポップの隠れた名盤でもある。気になる方は、是非一度チェックして貰いたい。
The Linda Lindas
そして、今回、御紹介するThe Linda Lindasというロサンゼルスを拠点として活動する四人組ガールズ・バンドは、往年のNikki And The Covettesが、現代にあざやかな復活を果たしたような痛烈なロックバンドだ。そして、また、そのボーカルスタイルというのも、強くシャウトするニュアンスがあり、これまでのライオット・ガールという概念の延長線上にあるように思える。
このThe Linda Lindasというバンド名は、日本のパンク・ロックバンドのThe Blue Heartsでなくて、日本の映画、山下敦弘監督の2005年の作品「リンダ リンダ リンダ」に由来するという。
同作品の音楽を担当しているのは、オルタナティヴ・ロック界の伝説バンド、The Smashing Pampkinsの日系アメリカ人ギタリスト、James Iha ”ジェームズ・イハ”である。(因みに、同監督の作品「天然コケッコー」では、くるり、レイ・ハラカミが音楽を担当している。山下監督は、青春色の色濃い、ティーンネイジャーの淡い情感を描くことに長じた素晴らしい日本人映画監督である。サウンド・トラックもインストゥルメンタル曲ばかりではあるものの、センチメンタルな名曲が多い。ここでは、レイ・ハラカミの劇伴作曲家としての才覚を十分堪能できる)
リンダ・リンダズは、Bela Salazar,Eloise Wong,Lucia de la Garza,Mila de la Garzaの四人によって2018年にLAで結成された。
ティーンネイジャーの姉妹と従兄弟、そして、その友人により構成されている。今、流行りの"ファミリーツリー"を描くかのような、新鮮さのあるロックバンドである。日系アメリカ人、ジェームズ・イハがサントラを担当する映画「リンダ リンダ リンダ」にバンド名を因むのは、 このバンドの中心メンバーである、de la Garza姉妹がアジア系アメリカ人のルーツを持つからだろう。
また、リンダ・リンダズは、今、LAで、最も勢いのあるガールズパンクバンドといえる。これからがとても楽しみな期待のバンドである。
彼女たちリンダ・リンダズの音楽性というのは、音を聴けば、すぐにその意図が手にとるように理解できるはずだ。往年のオールド・スクールのパンクを下地にしつつ、そこには現代的な質感もふんだんに込められている。キャッチーで、痛快さのあるド直球パンクを惜しみなく放り込んでくるバンドで、往年のラモーンズのような若々しさ、フレッシュさのあふれる音楽を、そのまま現代にあざやかさをもって再現したような感がある。また、ガールズ・バンド、又は、ライオット・ガールとしての、これまでの社会通念の延長線上に存在するロックバンドである。
リンダ・リンダズの「Spotify Playlist」を見てみると、この四人のティーンネイジャーが、一体、どのような音楽に影響を受けてきたのか、その背景が手にとるように理解できるはずだ。このプレイリストには、ポスト・パンク/ニューウェイブシーンで活躍したバンド名がずらりと列挙されていて、何故だかしれないが、微笑ましくなるようなところがある。The Go-Go's、X-Ray Specsといった往年の素晴らしい名ガールズ・バンドがそこにはずらっと並んでいる。このプレイリストを見ているだけでも、音楽フリークには眼福をもたらすことは必須と思われるが、彼女たちの実際の音楽を聴けば、さらに微笑ましくなり、喜ばしいものが感じられるはずだ。
このバンドの実際の音楽性は、全く嘘偽りがない真正直なガールズ・パンク・ロックである。それは、一種の痛快さを聞き手の感情にもたらす。
かつてのThe Go-Go'の音楽性と同じように、底抜けに明るい雰囲気、人を楽しませるエンターテインメント性、楽曲自体キャッチーさ、弾けるようなポップ感、この四つの要素が、その音楽性を背後から盤石に支えている。また、そこに、音楽通らしい捻りのような要素が付加されているところも見逃せない点である。例えば、Yeah Yeah Yeahsに代表されるガレージ・ロック本来のプリミティブな要素であったり、また、痛快なライオット・ガールのボーカルスタイル、マイク越しに「ガブッ!!」と、噛み付くような雰囲気が加味されたという印象を受ける。
これまでリンダ・リンダズは、 これまでの三年間の活動期間で、自前のレーベル、”Linda Linda Records”を中心として、シングル、EP作品をリリースしている。 デビュー・シングル「Claudia Kishi」2020においては、X-Ray Specsの音楽性を引き継いでいて、まさに、このあたりのロンドン・ニューウェイブシーンを知る往年の愛好者にとっては殆ど感涙ものの音楽を奏でている。
また、ミニアルバム形式の「The Linda Lindas」2020 は、ロックバンドとしての真価を発揮し、Go-Go'sに近いアプローチを図り、より、バンドとしての結束力が増した痛快味あふれる作品となっている。
ここで繰り広げられるキャッチーで痛快な音楽性、そして、カルフォルニアのバンドらしいポップ・パンクシーンの音楽性を存分に引き継いだポピュラー・ソングというのは、パンクロックの伝道師としての音の体現といえ、このバンドの魅力をより多くのファンに知らしめる作品である。
The Linda Lindas 2020
1.Monica
2.No Clue
3.Missing You
4.Never Say Never
「Moxie (Music From Netflix Film)」2021においては、伝説的アメリカのポップ・パンクバンド、Off With Their Headsのスタジオ・アルバム「All Things Move Toward Their End」2007に収録されている「Big Mouth」の名カバーを堪能できる。
ここで、リンダ・リンダズは、原曲よりもはるかに、一般的で親しみやすいアレンジを施し、ガールズバンドという特質によって、新鮮でフレッシュな味わいをもたらす。もしかすると、原曲よりも良い出来栄えかもしれない。そして、何より、この知る人ぞ知るパンク・ロックバンド、”Off With Their Heads”の作品を、カバー楽曲に選んでいるあたりに、リンダ・リンダズというバンドのメロディック・パンクに対する強い情熱、一方ならぬ造詣のようなものが伺える。
Epitaphからリリースされた最新シングル作「Oh!」2021は、リンダ・リンダズの現時点の最高傑作といっても良い作品である。
これまでのパンク色を少し弱め、ロックバンドよりのアプローチを図っている。また活動初期には感じられなかった往年のアイドルポップ、あるいは、ダンス・ポップの要素をふんだんに取り入れている作品で、バンドサウンドとしても非常に磨きがかかった痛快な楽曲となっている。
「Oh!」2021
そして、このリンダ・リンダズというアーティストは、それほど難解さのない痛快なポップ性を表立ったサウンドの特長にしている。しかし、表面上から見えづらいような形で、独自の主張性を持ったロックバンドでもある。その音の背後に、自身のアジア系としてのルーツ、レイシズムにたいする強烈なアンチテーゼも、ライブ盤「Racist,Sexist Boy」という作品において滲ませている。このあたりに、バンドサウンドしての力強さが感じられる要因があるように思える。
このリンダ・リンダズというバンドは、表向きには、人を選ばないキャッチーさをイメージとして持つガールズ・ポップバンドでありながら、そのバンドサウンドの内奥の精神性には、非常に強い光が放たれており、ライオット・ガール、ニューヨークパンク時代から続く、女性パンクロッカーの精神の系譜に連なる強固な概念が貫かれている。
最新作「Oh!」はシングル作ではならいながら、アメリカのインディー・シーンで話題を呼びそうな気配のある作品といえる。おそらく、これから後、この「Oh!」を収録した1stスタジオ・アルバム、あるいは、EP形式のミニアルバムがリリースされるかだろうと思う。あまり無責任な放言は差し控えたいものの、どのような作品になるのか、非常に楽しみに首をなが〜くして待ちたいと思う。
この跳ねるようなフレッシュな音の味わいを見ると、非常に感慨深いものがある。往年のポスト・パンク/ニューウェーブの名ガールズバンドの面影が感じられる。しかし、今や、遠ざかった幻影が、2021になってこのリンダ・リンダズの音楽により見事に復刻されたわけである。現在、アメリカのロックバンドの中で、最も勢いが感じられ、リンダ・リンダズが漠然と”来る”かもという気がします。
日本で、このバンドのブームがやって来る以前に、是非、音楽通として、チェックしておきたいアーティストです。
参考サイト
Last.fm
The Linda Lindas https://www.last.fm/music/The+Linda+Lindas?album_order=most_popular
Wikipedia
山下敦弘 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E4%B8%8B%E6%95%A6%E5%BC%98