Kitty Craft
キティ・クラフトのバイオグラフィを紹介しておくと、1990年代に活躍、アメリカ、ミネアポリスを拠点に活動していたPamela ValferのソロDJプロジェクトで、知る人ぞ知るトリップ・ホップ、ブレイクビーツ、ダウンテンポ周辺のアーティストで、マニアックですが、素晴らしいアーティストです。
1994年にセルフタイトル「Kitty Craft」のカセットテープをオーストラリアのToytownという伝説的なレーベルからリリース。
当初、4トラックでのシンプルなトラックメイクを行っていましたが、1997年から8トラックに増やして、トラックメイクするようになった。今の16トラック以上のミックス作業が主流の時代において、少しだけしょぼく思えるかもしれませんが、実際、そのあたりのチープ感を補う才覚、鋭さというのがトリップ・ホップ周辺の音の醍醐味でしょう。
1999年と2000年には二度、来日を果たしているアーティストですが、リリースとしては、2000年の「Catskills」以来、活動を休止しています。今回は、「Catskiils」については言及しませんが、オシャレ感のある作品としておすすめ。
Pamela Valferは、これまでの未発表楽曲を再編集した「Lost Tapes」を2020年にリリース。そして、追記すべきなのは、何と、この作品には日本人アーティスト、劇伴音楽のフィールドで活躍する青木慶則氏がこの作品のリミックス作業に参加。つまり、日本にも少なからず関係性の見いだされるアーティストです。
Kitty Craftは、トリップ・ホップ、ダウンテンポの系統にカテゴライズされるものの、この括りから想像される音楽からはかけ離れているのが実情です。キティ・クラフトの音楽性をかいつまんでいうと、いかにもアメリカの90年代のインディー・ポップらしい素朴で温和な雰囲気が漂っています。これは、Valferがトラックメイクとして作製したいのは、実は、ヒップホップと言うより、インディー・ロックやローファイ寄りなのかなあと思います。
本来は、三、四人のバンド編成としてやるべき音楽を、ひとりで、宅録によって、DIY的に、ハンドクラフトでやってしまおうというような感じ。もちろん、Valferは、DJとして名乗っているものの、彼女の音楽を聴いて分かるのは、少なからず、スコットランド周辺のギター・ポップ、ネオ・アコースティックといったジャンルに造詣が深いように思われます。The Pastelsの音楽性に近い雰囲気を持ったアーティストです。
トラック自体の作り方は、ワンフレーズをループさせて繋いでいく、というラップの基本的なスタイルをとり、そこに、スポークンワードというより、普通の親しみやすいポップソングが心地よーく乗ってくる。
また、逆再生等の特殊な技法も駆使されているあたりは、テクニカルなトラックメイカーとしての表情も伺わせ、楽曲自体のアプローチは、インディー・ロック的な雰囲気がふんわり醸し出されている。
トラック自体の作り方はヒップホップ寄りであるのに、それがValterの歌声により聞きやすいポップソングとして昇華されている。その辺が普通のヒップホップと異なり、クロスオーバーもののヒップホップとして楽しんでいただけるでしょう。
とりわけ、キティ・クラフトの音楽は、サンプリングの選び方が絶妙で、音楽通らしいのは、このサンプリングを聴くだけで容易につかめるはず。元ネタがちょっとはっきりしないものの、ビートルズっぽいオールディーズ風の音源から、モータウンレコードの激渋の音源まで、R&Bやファンク、クラシック風のフレーズに至るまで、実に多彩なサンプリングを施しているのが面白い。
そこに、アナログシンセサイザーの懐かしい感じのフレーズが楽曲の印象を華やかにしている。次いでに言うなら、キティ・クラフトの音楽は、ヒップホップであるとともに、ファンクR&B、ジャズ、ポップスでもある。それが、なーんとなく、ノスタルジーで、切なーい雰囲気に彩られてます。
サンプリング/リミックス作業も巧みで、レコード再生時のヒスノイズを発生させたり、アナログレコード再生時のじゃりじゃりした質感を出すのに成功。これはデジタルではなくアナログの制作法だからこそ出てくる、渋み、旨みであるといえるでしょう。
さらに、シンセの独特のベースラインが付け加えられ、そこにValferのドリーミーな雰囲気のあるボーカルがゆるく乗るというもの。
デジタル録音では出しえないアナログ盤ならではの音の質感を再現。そして、キティ・クラフトことPamela Vakferの秀逸なメロディセンスから伺えるのは、なんとなく、この人物の温和さ、可愛らしさを体現している気がします。
「Beats and Breaks from the Flower Patch」 1998
TrackingListing
1.Par 5
2.Inward Jam
3.When Fortune Smiles
4.Alright
5.Half Court Press
6.Mama's Lamp(American remix)
7.Locked Groove
8.Down For
9.Shine on
10.All To You
11.Caught High
12.Leave You Breath(Bonus Track)
13.Faultered(Bonus Track)
これは、アルバムジャケットからして鉄板です。あんまり可愛すぎるものですから、アナログ盤として部屋に飾っておきたい欲求に駆られる作品、それが「Beats and Breaks from the Flower Patch」。
只、ちょっと残念なのは、サブスクでは聞けますが、アナログレコードとしては入手困難になってます。
先にも述べたとおり、キティ・クラフトの音楽は、特にインディー・ポップらしいメロディの良さが魅力の一つです。
この作品は、特に、ローファイ感がトラックメイクとして味わえる作品です。それから、初めて聴いたときに思ったのは、ノスタルジーな感じに満ちあふれているのが特徴で、Pamela Valferのキュートな歌声、またコーラスによって穏やかで、ふんわりしたような雰囲気に包まれている。
仮にデジタルが冷たさのある音とするなら、この作品で聴かれるのは対照的に、アナログ作業ならではのじんわりと温かみのある音で、デジタル音源のような綺麗さ洗練さはないものの、アナログの音の粗さ、いわゆるプリミティヴな音の質感を味わうにはもってこいと思います。
この作品から、キティ・クラフトは、初期からのレコーディング機材を入れ替え、4トラックレコーディングから8トラックレコーディングにアップグレード。今、考えてみると、8トラックというのは、既にビートルズ時代からあったわけで、90年代としてはかなりチープな感じのするトラック数。
しかし、このアルバムに収録されている#1「Par 5」#4「Alright」#5「Half Court Press」そして、#8「Down For」は、Valferの独特でドリーミーなポップセンスが遺憾なく発揮されている。
サンプリングを多用したワンフレーズのループトラックは、妙な癖になりそうな親しみやすさがあるはず。シンプルな構成でありながら、結構、トラックメイキングとしては技巧的であり、最低限のトラック数でもこんなに良い音楽が作れるという好例となりえるはず。
近年、IDM界隈でも、ボノボことサイモン・グリーンが語っているように、年々、使用可能な音源というものが膨大になっていくにつれ、音源の方に使われるアーティストが増えているんだそうです。
つまり、使いこなすべき音源に使われてしまう、選ばれてしまう、という電子音楽家としての矛盾があるようです。また、こういったサイモン・グリーンの発言には、スクエアプッシャーのトーマス・ジェンキンソンも同じような趣旨のことを語っています。
必ずしも、使用出来る音源が多い制作環境にあることや、高額の録音機材を他のアーティストよりも数多く所有することは、良質なトラックを作るための好条件とはならないらしい。つまり、シンプルで安価な機材でも、どころか、8trackのマルチトラックレコーダーのような安価な機材であっても、自身の頭を駆使し、アイディアをひねり出せば、良い音楽を生み出すことが出来る。
その点で、このキティ・クラフトは、昨今の電子音楽家だったり、あるいは、DJの悩みともいえるサンプリング音源、シンセ音源の多さに時間を取られる陥穽にはまり込むもなく、最低限のトラック、サンプラー、シンセというレコーディング機器を通し、ハンドメイドの音をじっくり真心を込めて作成している。その辺りが、キティ・クラフトの音の温かさ穏やかさを生み出している。
そして、このスタジオ・アルバムに感じられるValferという人物の素朴さ、朴訥さ、そして、簡素さ。それは、現在の世の中の概念で褒め称えられる美質からはかけ離れているように思えるものの、どの時代にも通用する普遍的な素晴らしい性質でもある。そういったことは、このアルバムを聴くだけでも、自然と伝わってくるでしょう。
オートチューン、ボコーダーを効かせた、派手な音楽が近年増えていく中、ふと、こういった穏やかでシンプルな、粗のある音楽が懐かしくなる時がある。必ずしも、完璧性、超越感だけを誇示するだけが音楽の旨みではなく、少し、不完全な部分があったほうがハンドメイドらしくて良いというのが愛好家としての意見。こういった温和な雰囲気のある馴染みやすい音楽というのはマニア好みとはいえ、とても希少でありますから、これからも大事にしていきたいものです。
現在、音楽活動をしている気配がないキティ・クラフトではあるものの、この一抹の寂しさというのは、「Beats and Breaks from the Flower Patch」の音の温かみが埋め合わせてくれるだろうと思います。次作のアルバム「Catkills」ではより洗練されたオシャレな音楽を味わえますが、ハンドメイド感、音のハンドクラフトとしての出来栄えとしては、こちらの方が上でしょう。
今作は、トリップホップ、ブレイクビーツ好きは勿論のこと、ギターポップ、ネオアコ、もしくは、昨今のドリームポップ好きにも是非チェックしてもらいたい、90年代の米インディーの隠れた名盤です。
Happy Listening!!
参考サイト
all music.com
青木慶則HP