Sharon Van Etten・Angel Olson
今週は、先週のアンノウンモータルオーケストラに引き続いて、魅力的なシングル盤を御紹介しようと思います。
この作品は、 今、アメリカの女性シンガーとして最も注目されている二人、シャロン・ヴァン・エッテンとエンジェル・オルセンという二人の共作という形で、オリジナルバージョンが2021年5月、続いて、アコースティックバージョンが8月のシングル盤リリースされています。
肝心の作品について触れる前に、インディーズシーンで活躍するこの二人の女性シンガーのバイオグラフィについて簡単におさらいしておきましょう。
Sharon Van Etten
シャロン・ヴァン・エッテンは、インディーロックシンガーとして、米、ニューヨークのブルックリンを拠点にミュージシャンとして活動している女性ミュージシャンです。2009年に、Drag Cityの傘下に当たる「Language Of Stone」から、「Because I Was In Love」でデビュー、これまでに六作のスタジオアルバム、二十作を超えるシングル盤を発表している実力派の女性シンガーソングライターです。
ヴァン・エッテンは、米インディアナ州のインディーレーベル、「Jagujaguwar」を中心に作品を発表していて、このレーベルを代表する存在といえるでしょう。
ヴァン・エッテンは、これまでの二十一年のキャリアにおいて、音楽家にとどまらず、多方面の分野で目覚ましい活躍をして来ています。
中でも、女優としての顔を持つ彼女は、Netflixのアメリカのテレビドラマ「The OA」、デヴィッド・リンチ監督の名作「ツイン・ピークス」の新バージョンへの出演等、女優としても、近年、注目を集めているマルチタレントといえそうです。
また、シャロン・ヴァン・エッテンは、ニューヨークのレコード会社のスタッフとして働き、新人発掘も積極的に行い、文化的役割も担っている。もちろん、歌手としての実力は、アメリカの音楽シーンでも随一で、癖がなく、透き通るように清らかな声質が魅力です。もちろん、音楽についても、ロック/ポップスだけでなく、インディーフォーク、ソウル、R&Bと、多種多様なバックグランドを感じさせるアーティストです。
Angel Olson
一方のエンジェル・オルセンは、イリノイ州シカゴを拠点に活動する女性シンガーソングライターです。ヴァン・エッテンと同じく、「Jagujaguwar」を中心として作品のリリースを行っています。
近年、アメリカとイギリスで、人気がうなぎ登りの女性シンガーソングライターで、特に、音楽メディア方面からの評価が高いアーティストでもある。なぜ、そのような好ましい評価を受けるのかは、ひとえに、エンジェル・オルソンの異質な存在感、頭一つ抜きん出たスター性、センセーション性に依るといえ、ド派手な銀色のウィッグを付けて、プロモーションビデオに登場したり、あるいは、作品のコンセプトごとに、ミュージシャンとしてのキャラクターを見事な形で七変化させる、器用で見どころのあるアーティストといえるでしょう。
エンジェル・オルソンは、レディ・ガガというより、それより更に古い、グラムロック界隈のミュージシャン、プリンス、マーク・ボラン、デヴィッド・ボウイといったビッグ・スターの再来を予感させるような雰囲気があり、そのあたりに、アメリカ、イギリスの音楽メディアは、この類まれな才覚を持つオルソンに対して、大きな期待を込めているように思えます。
実際の音楽性についても、トラック自体が綿密に作り込まれていて、長く聴くに耐える普遍性を兼ね備えています。
シンセ・ポップやAOR,グラムロック、と、様々な音楽性を併せ持つ点では、ヴァン・エッテンの音楽性と同じような特質を持つものの、どちらかといえば、エンジェル・オルセンの方がアクが強く、近年のアメリカのポップス界隈では特異な存在といえるでしょう。実際の歌声についても、普通の声質とは少し異なる音域を持つのがオルセンであり、特に、高音の伸び、ビブラートの仕方が独特で、シンディー・ローパーの初期の歌声に比する伸びやかなビブラート、そして、キャラクターの強さを併せ持つ個性的なシンガーといえそうです。これから、もしかすると、グラミー辺りにノミネートされたり、又は、受賞者となっても全然不思議ではない気配も漂っていますよ。
それでは、今回、2021年の5月と8月にリリースされた2バージョンの「Like I Used To」という作品の魅力について簡単に触れていきましょう。
「Like I Used To」 Sharon Van Etten・Angel Olson 2021
1.LIke I Used To
元々、この作品のリリースの経緯については、シャロン・ヴァン・エッテンが中心となって行われたプロジェクトのようです。
実際のところは、「Jagujaguwar」のレーベルメイトとして、長く共にこのレコード会社に在籍してきたため、ツアーの際に一緒に過ごしたり、もしくは、その途中のハイウェイでハイタッチをしたりと、仕事仲間という感じで、付き合いを重ねてきたヴァン・エッテンとオルソンの両者。 それが、ヴァン・エッテンがこの「Like I Used To」の原型となるデモを作成し、エンジェル・オルソンを共同制作者として選び、電話でコンタクトを取ったようです。それまではさほど親しくない間柄であったとエッテンは話していますが、このプロジェクトの原点となる一本の電話をオルソン側に掛ける際にも、ヴァンエッテンは相当緊張したんだと語ってます。このあたりになんとなく、ヴァン・エッテンの人柄の良さというか、奥ゆかしさのようなものを感じます。
しかし、いざレコーディングに入り、作品としてパッケージされたこの楽曲を聴いて、驚くのは、コラボレーションの作品としては考えられないほどの完成度の高さ。しかも、本来、まったくかけ離れたような性質を持つ二人のシンガーの個性がここでがっちり合わさって、まるで何十年来も活動を共にしてきた名コンビであるかのような関係性があり、絶妙な間合いが採られている事。これは、実際にやってみないことには、合うかどうかはわからない実例といえるでしょう。
「Like I Used To」については、ヴァン・エッテンの曲ではあるものの、どちらが作曲をしたのか、なんていうことは最早どうでもよくなるほど、楽曲の出来栄えが素晴らしい。それほど二人の歌声、存在感が絶妙にマッチした作品です。シンセサイザーを使用した良質なポップスで、それが大きなスケールのサウンドスケープを作り、往年のティアーズ・フォーティアーズのようなAOR、あるいはアバのような癖のないポップス、又は、その中間点にある親しみやすく、誰にでも安心して楽しんで頂ける楽曲です。楽曲の構成についても、Aメロ、Bメロ、サビという、ポップスの王道を行くわかりやすい構成は、より多くの人に理解しやすいように作られています。AメロとBメロが、長調と短調で、対比的に配置され、それがサビで、また長調に戻り、壮大なハーモニクスを作るという面においては、昔の日本のポップスや歌謡の名曲に通じるような雰囲気があり、洋楽のポップス・ロックに馴染みのない方でも、きっと楽しんで頂けるはず。
そして、この「Like I Used To」は、シャロン・ヴァン・エッテン、そしてエンジェル・オルセンが交互に一番、二番を歌い、そして、サビの部分で、ツインボーカルとして二人の声のパワーが倍加され、素晴らしいハーモニクスを形成するというのも、ポップスの王道スタイルを踏襲していて、むしろ、そのあたりが最近の手の込んだ音楽が多い中で、非常に新鮮に思える。そして、この二人の歌を聴いていて思うのは、ソロ作品としては異なるタイプのシンガーであるように思えていたのに、実際にツインボーカルとして聴くと、二人の声質の近いものがあることが理解出来る。
そのため、絶妙な具合に二人の歌声が溶け合っている。そして、この素晴らしい二人の歌姫の歌声は、サビの部分で異質なほどの奥行きを形作り、それが聞き手の世界を変えてしまうような力を持っている。そして、歌詞にも現れているとおり、表向きには、Like I Used Toという後ろ向きにも思えるニュアンスはその過去を見つめた上、さらに未来に希望を持って進もうという、力強さ、もしくは決意、メッセージのようなものが感じられる。聞いていると、何だか勇気が出てくる名曲です。
「Like I Used To」(Acoustic Version) Sharon Van Etten・Angel Olson 2021
1.Like I Used To (Acoustic Version)
そして、こちらは、5月に、リリースされたオリジナル・バージョンから三ヶ月を経て、つい先日、8月10日にリリースされたばかりのアコースティックギターバージョンです。
オリジナルの「Like I Used To」に比べ、ここではフォーク寄りのしとやかなアプローチが採られていて、ゆったり聴くことの出来る穏やかな雰囲気の楽曲です。アコースティックギターのコード進行自体はとてもシンブルなのに、この二人の声の兼ね合いというのが曲の中盤から終盤にかけて力強くなり、想像のつかないほどの壮大さに変貌していくのが、このバージョンの一番の聴きどころといえるでしょう。
このアコースティックバージョンでは、オリジナル・バージョンの「「Like I Used To」と同じように、シャロン・ヴァン・エッテンとエンジェル・オルセンが、一番、二番のフレーズを交互に歌うというスタイルは一貫してますが、ここでは、より、情緒豊かな風味を味わっていただけると思います。
オリジナル・バージョンに比べ、二人の関係性の親密さが増したというのが楽曲の雰囲気にも現れています。
オリジナル・バージョンより、ふたりとも歌をうたうことを心から楽しんでいるように思え、そして、音の質感としても異様なみずみずしさによって彩られている。
とりわけ、こちらのアコースティックバージョンの方は、それぞれのソロ作品での歌い方とはまた異なるボーカルスタイルが味わえる、つまり、二人のまた普段とは違う表情が感じられる作品で、とくにエンジェル・オルセンの歌唱の実力の凄さが、オリジナルより抜きん出ているように思えます。この何かしら、魂を震わせるかのようなオルソンの歌声の迫力、ビブラートの伸びの素晴らしさを体感できるでしょう。
何故か、この二人の歌声を聞いていると、歌というものの本質を教えてくれるような気がします。
特に、複雑なサウンド処理を施さずとも、美しい歌声というのは、そのままでも十分美しいと、この楽曲はみずから語っている。これは、魂を震わせるような2020年代のインディー・フォークの名曲の予感。それは、この二人が心から歌をうたっているからこそ滲み出てくる情感といえるでしょう。
二人の咽ぶような感極まった歌の質感は、妙に切ないものが込められていますが、これこそ歌姫の資質といえるもので、歌声だけですべてを変えてしまう力強さがあります。サビ、それから、曲の終盤にかけての部分のヴァン・エッテンとオルセンの呼びかけに答えあうように呼び込まれる歌というのは、ほとんど圧巻というよりほかない、息をゴクリと飲むほどの美しさ。アメリカのインディーシーンきっての実力派シンガーの個性が見事に合わさったこそ生み出された問答無用の傑作として推薦致します。
参考サイト
indienative.com
last.fm
https://www.last.fm/ja/music/Sharon+Van+Etten/+wiki