Album Reviews Chihei Hatakeyama 「Void ⅩⅩⅢ」

世界のアンビエント界の最前線を突き進む畠山地平の新作アルバム「Void ⅩⅩⅢ」が日本の実験音楽を中心に音源リリースを行っているインディーズレーベル"White Paddy Mountain"から9月25日に発表されました。


今回の作品は、中国シリーズの第一作「Autumn Breeze」2020に続く形で、三国志の諸葛孔明の事績にインスピレーションを受けたアンビエントのコンセプト・アルバムの形式となっているようです。



 「Void ⅩⅩⅢ」 2021 white paddy mountain

 

 

 

1.Falling Asleep in the Rain Ⅰ

2.Falling Asleep in the Rain Ⅱ

3.Falling Asleep in the Rain Ⅲ

4.Falling Asleep in the Rain Ⅳ

5.What a Day Ⅰ

6.What a Day Ⅱ

7.Sleeping Beauty


これまでの作品の多さを見てもお分かりの通り、多作のアンビエント製作者として知られる畠山地平さんですが、今回の新作アルバム「Void ⅩⅩⅢ」もこれまでのChihei Hatakeyamaの音楽性の方向性を引き継ぎ、アンビエントードローンの中間点に位置づけられるであろう作風です。


既に、Tim Heckerを始めアンビエントドローンの音源リリースを行っているアメリカのクランキーレコードからデビューをはたしたChihei Hatakeyamaですが、いよいよ世界的なアンビエントアーティストとして認知されるようになり、2021年の7月24日、BBCの「RADIO6」というコーナー内の日本アンビエント特集において、坂本龍一と一緒に畠山地平の作品がオンエア紹介されています。


昨今、日本のみならず海外の電子音楽シーンで大きな注目を浴びているアンビエントアーティストといえ、今作「Void ⅩⅩⅢ」 は畠山地平が新境地を切り開いた作品で、ピクチャレスクな趣向性を持ったChihei Hatakeyamaの新たな代表作の誕生と銘打っておきましょう。


今作は、ジャケットワークに描かれる奥深くたれこめる霧のようなサウンドスケープ、おぼろげでかすかな世界がアンビエントという側面で表現されており、これまでの畠山作品のように徹底して落ち着いたテンションで紡がれていきながら、作中に見られる微細なシークエンスの変化の中、ときに激したエモーションとなって胸にグッと迫ってくる特異な作品と呼べるかもしれません。


これまでの主な作風と同じようにアルバム作品全体がひとつづきの流れを形作っており、透明感のあるアンビエントドローンのアンビエントトラックが清冽な上流の水のようにゆったりと流れていく。そこには、刺々しさはなく、茫漠とした抽象画のような温和な音像が多次元的な立体感をなして丹念に広がりを増していく。


最近のトレンドのアンビエントと言えば、機械的で無機質な音楽というイメージが何となく定着しつつあるように思われますが、今作は真逆の質感を生み出し、奥行きのある大きな自然を感じさせる「叙情性のあるアンビエント」へのアプローチが図られています。


シンセサイザーのPADを中心とするトラックは、立体感のある音作りがなされていますが、独特な和音が丹念に折り重なっていく際、内省的でありながら詩的な情感が漂う。これは、西洋音楽として発生したアンビエントに対する「東洋的な回答」とも称すべきか。


また、これまでの作品においても、アンビエントドローン制作という側面の他に、ギタリストとしての表情も垣間みせるChihei Hatakeyamaですが、 今作も美麗な包み込むようなシークエンスの中に、うっすらとエレクトリックギターのフレーズが重ねられているのが他のアンビエントアーティストにはない特徴です。


特に、このアーティストの生み出すアンビエントというのはささくれだったところが微塵もなく、ただただ温かく包み込むような穏やかなドローンのシークエンスが拡張されていく。それは一種のアンビエントらしい快感を聞き手に与え、癒やしの効果も与えてくれます。


Chihei Hatakeyamaの最新作、「Void ⅩⅩⅢ」は「Falling Asleep in the Rain」に代表されるように、「空気感」という微妙なニュアンスを見事に音楽により体現してみせた名作です。


特に、ラストトラックとして収録されている「Sleeping Beauty」は畠山地平の新たな代表曲といえるだけでなく、アンビエントの屈指の名曲の誕生の瞬間です。それほど目まぐるしい展開が現れず淡々とシークエンスが紡がれていく側面において、類型的にはウィリアム・バシンスキーの作風に近いニュアンスが漂う作品です。


なおかつ、またこの作品は、坂本龍一とのコラボ作品をリリースしているFenneszと同じく、「ギター・アンビエント」の未来形を追求したという見方も出来る。そして、アルバムジャケットに表されている奥深くたれこめる霧のサウンドスケープ、また、山の頂に上り詰めた際に感じるような清々しい空気感を持つアンビエント作品です。