ECM Records
ECMレコードは、1969年、ドイツ、ミュンヘン本拠のレコード会社。元々、ベルリン・フィルのコントラバス奏者であったマンフレート・アイヒャーが西ドイツ時代に設立。ユニバーサルミュージックグループの傘下に当たる。
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ECMは、元々、ジャズを中心とした作品をリリースを行っていた。しかし、近年では「NEW SERIES」という現代音楽や実験音楽を中心とするカタログもリリースされるようになった。このドイツの名門レーベルのコンセプトは、「音の静寂」にあり、レコーディングの音源として音の透明感を出すかに焦点が絞られている。また、アルバムジャケットデザインも専属のカメラマンを雇い、鑑賞者に問いかけるかのようなアート色のつよい個性的なデザインを特色とする。
ECMは、これまでの五十年以上のレーベル運営において、音楽史として欠かさざる作品を多くリリースしている。例を挙げれば枚挙にいとまがないが、キース・ジャレット、パット・メセニー、チック・コリア、ゲイリー・ピーコック、ヤン・ガルバレクといったジャズの巨匠の作品はもちろん、現代音楽作曲家の巨匠、スティーヴ・ライヒ、アルヴォ・ペルト、ヴァレンティン・シルベストロフ、カイヤ・サーリアホの音源作品、ジョン・ケージ、モートン・フェルドマンといった近代作曲家。あるいは、アンドラーシュ・シフをはじめとするクラシック音楽の著名な演奏家の作品リリースも行っている。特に、シフの作品では、これまでの近代の名ピアニストが途中で断念してきたベートーベンのピアノ・ソナタ全録音をシリーズ化してリリースしている。
つまり、ECMレコードは、ジャズの領域のみならず、民族音楽、ニューエイジ、アンビエント、クラブ・ミュージック、現代音楽、古典音楽というふうに、メインカルチャーからカウンターカルチャーに至るまで広範な歴史的文化事業を「音源の録音リリース」という側面で五十年もの間支え続けている。
厳密に言えば、この世に「音楽の博物館」というのは存在しませんが、ECMレコードはその役割を十分、いや十二分に果たしている。新旧問わず、歴史的音源を網羅してリリースを行うのが、ECMというミュンヘンのレーベルである。もちろん、その中には、クラブ・ミュージックのアーティスト、しかも、きわめて前衛的な作品リリースも含まれていることも付け加えておかねばならないはず。
この大多数のジャンルレスにも思えるECMのカタログ作品の中に通じているのが、マンフレート・アイヒャーがECMの設立時に掲げたコンセプト「澄明な静寂性」という概念。これはこの五十年、一度も覆されたことのないこのレーベルの重要なコンセプトでもある。実際に、このECMのレコーディングの音には、他のレーベルにはない雰囲気、アルヴォ・ペルトの自身の作品についての説明の半分受け売りとなってしまうが、「プリズムのような輝き」が込められている。
そして、ときに歴史的に重要な作品のリリースの際は、マンフリート・アイヒャーが直々にエグゼプティヴ・プロデューサーとして作品を手掛けている。特に、彼のベルリン・フィル時代からのレコーディングに対する知見は群を抜いており、どの場所にマイクロフォンを設置すれば、どのような音が録音出来るのか、また、どのようなエフェクト処理を施せばどのような音が表れ出るのかを熟知しているのが、レコーディング・エンジニアのマンフレート・アイヒャー。
これまでのECMカタログ中には、無数の魅力的な作品、また、あるいは歴史的な名盤が目白押しといえますが、このカタログから重要なアーティストのリリース年代に関わらず拾い上げていきたいと思います。概して、ECMレコードのリリースは、現代ジャズの入門のみならず、現代音楽、民族音楽、ニューエイジ。といった一般的にはそれほど馴染みのないジャンルへの入り口として最適です。
Vol.1 Arvo Part
ECMレコードの設立者、マンフリート・アイヒャーの長年の盟友のひとりであるアルヴォ・ペルト。
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御存知の通り、説明不要の現代音楽家の巨匠であり、高松宮殿下記念世界賞も与えられている作曲家、アルヴォ・ペルトは、エストニアの現代作曲家であり、ミニマリズムの学派に属しています。若い時代からタリン音楽院で学び、非常に多作な作曲家だったようです。その後、正教会のキリスト教の信仰に目覚め、独特な作風を確立する。特に、聖歌や教会でのミサ曲などを中心に作曲を行っている。
基本的には、ミニマリズムの学派としての作風でありながら、グレゴリオや古楽の楽譜を専門的に研究し、作曲中にも原始的な教会旋法が取り入れられており、アントニオ・ヴィヴァルディに代表されるイタリア古楽との親和性も見いだされる作風。ペルトの主要な交響曲、合唱曲、ミサ曲においてはロシア正教の形式に則ってラテン語が使用されている。アルヴォ・ペルトは、これまでの自身の作風について、「プリズムの反射」というように説明しており、和声的な作曲法でなくて、ポリフォニー的な作曲法を中心に据えている。フーガ形式、あるいはアントン・ブルックナーのような単一の楽節の反復性、さらにいえば、それらの楽節の要素を最小限まで縮小したミニマルな単位(単音)が頻繁に繰り返される点がアルヴォ・ペルトの主要な作風。若い時代から、マンフレート・アイヒャーの盟友で、ECMを中心に次作の交響曲、声楽曲、弦楽曲のリリースを行っている。スティーブ・ライヒと共にECMを代表する作曲家です。
・Arvo Partの主要作品
「Arvo Part: Tabula Rasa」 1984
「Te Deum」 1993
1.Te Deum
2.Silouans Song
3.Magnificat
4.Berliner Messe:Kyrie
5.Berliner Messe:Gloria
6.Berliner Messe:Ester Alleluiavers
7.Berliner Messe:Zwaiter Alleluiavers
8.Berliner Messe:Veni Sancte Spiritus
9.Berliner Messe:Credo
10.Berliner Messe:Sanctus
11.Berliner Messe:Angus Dei
そして、上記二作とは異なり、アルヴォ・ペルトの宗教曲の魅力を堪能出来るのが「Te Deum」です。ここでは聖歌の厳格な形式に則って作曲が行われています。これまでグレゴリア、教会旋法、あるいは古楽の楽譜を長年にわたって研究してきたペルトの集大成ともいえる宗教曲です。Te Deumは、イムヌスに分類されるラテン語の聖歌の一。ペルトのロシア正教の深い信仰性により、これらの楽曲は、かつてのバッハの宗教曲のような荘厳な響きを現代に復活させています。エストニア室内合唱団は、ペルトの合唱曲の多くに参加している合唱団で、ここでは深い正教の信仰性に培われた精神、概念というのが、合唱のハーモニクスにより表現されているように思えます。
「Te Deum」では、ヨハン・セバスティアン・バッハの「マタイ受難曲」にも比する荘厳な音響の世界が形作られている。しかし、それは宗教という狭い空間にとどまらず、またその他の領域にも開かれた現代的な雰囲気を持つ。
ここでペルトは、長年の正教の信仰からの精神性、古典音楽の系譜を受け継いだ上でそれを現代音楽として、あるいは現代の宗教曲として見事に体現してみせています。「Te Deum」は、ECMのカタログの中でも屈指の名作のひとつと言えるでしょう。これまでの現代音楽が無調という一般的印象を払拭し、中世のバロック音楽、それ以前の教会旋法を大胆に取り入れた作品です。
「Fur Alina」1999
1.Spiegel im Spiegel version for Violin and PIano
2.Fur Alina
3.Spiegel im Spiegel version for Cello and Piano
4.Fur Alina- Reprise
5.Spiegel im spiegel version for Violin and Piano/Reprise
アルヴォ・ペルトは、これまで、交響曲、弦楽曲、あるいはピアノ小曲集、歌曲と、古典音楽としての基本的な作法を踏襲しながら様々なジャンルの音楽を数多く残しています。そのほとんどは調性音楽で、長い古典、近代音楽史としてみてもきわめて重要な歴史に残るべき名作が多い。中でも、最もアルヴォ・ペルトらしい作風ともいえるのが、「Fur Alina」という作品です。、表題曲の「Fur Aline」はペルトのピアノ曲としては代表的作品です。
ロシア正教会の鐘の音をモチーフにしたと思われるこの楽曲「Fur Alina」はペルトの代表的なピアノ曲。これまでの古典音楽で存在しなかったタイプの楽曲で、後期フランツ・リストのような静謐さを彷彿とさせ、教会尖塔の中で響くようなアンビエンスが意図的に取り入れられています。ピアノの実際の演奏だけでなく、空間に満ちている音を際立たせるという側面ではジョン・ケージの「In a Landscape」と同じ指向性が取り入れられている。「Fur Alina」は、演奏上においても特異な特徴があり、ダンパーペダルに対する特殊指示記号がこの楽譜中に見られ、また、低音が突如として楽曲の中に現れ、低音部が高音部と対比的に配置されているのも共通点。ジョン・ケージの系譜にある「サイレンス」を活かしたピアノ曲でありながら、独特な教会旋法が取り入れられている点についてはアルヴォ・ペルトらしい作風といえるかもしれません。
また、「Spiegel im Spiegel」も、アルヴォ・ペルトの代表的な楽曲です。清涼感のある穏やかな楽曲で、癒やし効果のある名作。「Fur Alina」と同じように、初歩的な演奏能力があれば演奏出来る楽曲でありますが、説得力のある演奏をするのはきわめて至難の業という面で、ケージの「In a Landscape」と同じく難易度の高い楽曲といえるでしょう。短調の「Fur Alina」と長調の「spiegel im spiegel」は、アンビエント音楽、ポスト・クラシカルのジャンルの先駆的な意味合いを持った一曲。交響曲、宗教曲の印象が強いペルトではありますが、こういったピアノの小曲でも情感にうったえかけるような際立った楽曲を書いていることもゆめ忘れてはならないでしょう。