Mdou Moctar
エムドゥ・モクターは、1986年生まれ(1984年生まれという説あり)、西アフリカのサハラ砂漠南縁のサヘル地帯にあるニジェール共和国出身の英雄的なギタリスト。
このギタリストが、「砂漠のジミ・ヘンドリックス」との異名を取るのは、彼が左利きのギタリストであるということ、そして、そのテクニックには往年のヘンドリックスを彷彿とさせるサイケデリック性が余すところなく表現されていることによります。もちろん、このエムドゥ・モクターがエレクトリック・ギターの演奏をはじめる際には、その出生した地域性により、ひとかたでない障壁が数多く立ちはだかったようです。
最初に、エムドゥー・モクターは、同郷出身のアブダラ・ウンバドゥーグーというギタリストのプレイに感銘を受け、エレクトリック・ギターに興味を抱くようになる。エレクトリック・ギターを始める時、両親から相当猛反対を受けたといいますが、それでも彼はエレクトリック・ギターを奏でたいという欲求を捨てきれなかったようです。
自転車のブレーキワイヤーをギターの弦代わりにし、四弦のギターを自前で生み出して、独学で演奏法に磨きをかけていきました。(これまでの近代ロック史において四弦ギターが存在したことはなく、革命的である)もちろん、最初、右利き用のギターで練習を重ねて、左利きのギターがプレゼントして贈られてまで自作のギターを使用していた。
エムドゥ・モクターは、同郷の数少ないエレクトリックギタリストの演奏に触発を受けつつ、最初、Youtubeの動画を介して、左利きのギタリスト、ジミ・ヘンドリックス、ヴァン・ヘイレンといった往年のサイケデリック・ロック、ハード・ロックの音楽性を吸収し、模範的であり創造性の高いギターヒーローの演奏を研究しつくし、独自の演奏法を生み出していきます。
2008年、最初のスタジオ・アルバム作品「Anar」をナイジェリアのソコトで録音し、非公式で発表する。その音源は、当初きちんとした流通の形式をとっていなかったにも関わらず、携帯電話の音楽ネットワークを介し浸透していく。民族音楽やデザートブルースはあれども、ロック音楽の文化性がまだ浸透していない砂漠地帯に、エレクトリック・ギターサウンドを轟かせ、エムドゥー・モクターの名はサハラ砂漠のサヘル全域に轟く。
このアルバムの中の収録曲を、アメリカのBrainstormがカバーし、さらに、エムドゥー・モクターはヨーロッパでのツアーを敢行したことにより、この左利きギタリストの名は徐々に世界的に知られていくようになります。
2019年には、初めてフル・バンド形式でスタジオアルバム「llana」を発表。その翌年、米、ニューヨークの名門Matador と契約を結び、2021年に、「Afrique Victime」をリリース。この作品は、多くの世界の有力な音楽メディア、ローリング・ストーン、ザ・ガーディアン、ピッチフォーク等で取り上げられ、好意的な評価を受けています。
エムドゥー・モクターの楽曲は、6ビートの西アフリカの伝統音楽、民族音楽を下地にし、往年のジミ・ヘンドリックス、あるいは、ジェフ・ベック、初期のジミー・ペイジのようなサイケデリック・ロックを絶妙にマッチさせた世界で唯一の音楽性です。
また、エムドゥー・モクターの生み出す多くの楽曲は、アフロ・アジア圏に属するタマシェク語で歌われており、アフリカ特有の文化性、宗教、女性の人権についての歌詞が詩的に紡がれてゆく。
今、現在、アフリカで最初の世界的ギターヒーローとして、大きな注目を浴びているアーティストです。
久しぶりに、クリエイティヴィティ溢れるギターヒーローの誕生を予感させる雰囲気がありそうです。
「Sousoume Tamachek」2017
TrackListing
1.Anar
2.Sousoume Tamachek
3.Tanzaka
4.llmouloud
5.Allagh N-Tarha
6.Nikali Talit
7.Amidini
8.Amer Iyan
基本的には、ヘンドリックスの転生を思わせる左効きのエレクトリックギタリストとして名を広めつつあるエムドゥー・モクター。
彼の民族音楽としての深いルーツが伺える作品が2017年の「Sousoume Tamachek」です。
エムドゥー・モックが、今作において、糸巻きのように丹念に紡いで居るのは、正真正銘、西洋音楽に迎合しない西アフリカ特有の生粋の民族音楽。
東洋的な雰囲気も感じられる独特な旋律で、ギターのボディでリズムを刻み、アルペジオを駆使したアフリカの民族楽器の奏法を取り入れたギターの音色が特徴。またそこに絶妙に溶け込むエレクトリックギターのフレーズはやさしげな音色によって彩られている。
作品全体には、寧ろ古代的な雰囲気もありながら、新鮮な風味も漂っている。そして、深く聞き手に何かを考えさせるような思索性が感じられます。彼が紡ぎ出すタマシェク語の歌は、言語性にしても音楽性にしても、多くの他地域、また多民族の文化性の混交により育まれてきたように思えます。
実際の演奏は、地味に思えるものの、そこに、ただならぬ雰囲気がただよい、サハラ砂漠を思わせるような詩情性に満ちています。この作品において展開される民族音楽、伝統音楽としての一大叙事詩はアフリカ大陸の偉大な悠久の歴史を感じさせるものがあり、これは他の音楽ではまず味わいがたい渋みといえるでしょう。
「lIna(The Creator)」2019
TrackListing
これまでのロック史において、ビートルズ、TOTO、といったロックバンドがアフリカの伝統音楽に何らかの触発を受け、西洋的なアレンジメントを施した名曲を残してきましたが、このスタジオ・アルバムは、西洋的な文化性を極限まで削ぎ落としたロックンロールとして独特な輝きを放っています。
エムドゥ・モクターのタマシェク語の歌詞と、砂漠における詩情が滲んだ傑作です。70年代のジミ・ヘンドリックスやジェフベックの時代のハードロックが全盛期であった時代の音楽性に影響を受けつつ、そして、それを独自のアフリカ伝統音楽一色に染め上げているのがお見事といえるでしょう。
エムドゥー・モクターのギタープレイというのはクリエイティヴィティに富んでおり、最近のギタリストの多くが忘れてしまった表現性をギターの演奏によって引き出している。
とりわけ、モクターのギタプレイーは、同じ左利きのギタリスト、ジミ・ヘンドリックスに比する瞑想性を持ち、ギター一つでこれほど奥行きのある世界を生み出せるアーティストは現代の世界において彼を差し置いて他は見つかりません。
他の楽器に手を出さず、徹底してギターという楽器を信じぬき、さらに、その演奏力に磨きを掛け、ギターの音響性を誰よりも熟知しているから生み出し得た職人技といえるでしょう。
他の楽器、特に、シンセサイザーをごく自然に取り入れるようになったロックバンドがシーンを席巻する中で、これだけギターという楽器だけを頼りに楽曲を組み立てて居るロックバンドは現代において希少と言えそう。これはエムドゥー・モクターという人物がギターの演奏が大きな表現力を有しているから、他の楽器パートを先導していくくらいの力強さを持っている。
このスタジオ・アルバムの中で聴き逃がせないのが#1「Kamane Tarhanin」でしょう。
この独特なアフリカ民謡的な世界、同じタマシェク語のリフレインが絶えずギターの演奏の上で紡がれ、どことなく深い瞑想的な音楽性を感じさせる。特に、曲の終盤から、モクターのソロプレイの独壇場となります。
この激烈なギタープレイは一聴の価値あり。最も脂が乗っていた時代の伝説的なロックギタリストたち、ジミ・ヘンドリックス、ジェフ・ベック、ジミー・ペイジのいた領域、つまり、神々の住む領域に差し掛かっている。世界的に見ても、その技巧性において一、二を争うほどの凄みを感じさせるものがあります。
「Afrique Victime」2021
Tracklisting
1.Chismiten
2.Taliat
3.Ya Habibti
4.Tala Tannam
5.Untitled
6.Asdikte Akai
7.Layla
8.Afirique Victime
9. Bismilahi Atagah
ニューヨークのMatadorレコードと契約を結んでリリースされた最新作「Afrique Victime」も、このアーティストが更に進化を続けているのを証明づけた作品です。表題に名付けられた「アフリカの犠牲」というののも深甚な社会的なメッセージを感じさせる意思が込められているように思えます。
特に、このレコードをリリースしたことにより、既に、エムドゥー・モクターは西アフリカのサハラ砂漠の辺境のギタリストでなく、世界的に発言力を持ったアフリカのアーティストとなったわけで、アフリカ人として世界に向けて、ギターで、また、タマシェク語により、アフリカ社会に蔓延する問題、人種、宗教、女性の権利であったり、その他さまざまなアフリカの伝統、文化性を世界に広めていく役割を担うアーティストに変わりつつある。
ここでは、アフリカの伝統音楽、6ビートの独特なリズム性、そして、風変わりなエスニック色を滲ませた旋律、和音という前作「Ilna」からの要素を引き継ぎ、録音、マスタリングの音自体が精細感を増したことで、乗数的にギタープレイも迫力感が増し、グルーブ感が引き出されています。
ジミ・ヘンドリックスが実在した時代のワイト島の伝説的なライブのようなロックンロールの荒削りで原始的な魅力を擁しており、なおかつ独特なギタリストとしての魔力とも称するべきものを、現代、ほとんどのロックバンドがロックンロールの意味を忘れてしまった時代に、ロックサウンドの本来のプリミティブな魅力を見事に復活させています。
これほど熱狂的なギター・プレイをするアーティストは現代のミュージックシーン、ヨーロッパやアメリカには見つけることは困難になってきています。それほどギターを弾くことを、いや、かつてカート・コバーンが「死の木」と称したこのエレクトリックギターという楽器を、心の底から楽しんでいるような気配が滲み出ています。エムドゥー・モクターのギタープレイは、どこまでも純粋で、どこまでも突き抜けて居るがゆえ、上手く他のパートに溶け込み、独特な奥行きのある創造性を生み出し、現代には見当たらないアートとしてのギター音楽の孤高性を追求しているように思えます。
References
Guitar Magazine エムドゥー・モクターとは何者か
Tower Records Online Mdou Moctor