Pia Fraus
ピア・フラウスは、エストニアの首都タリンで、美術学校の生徒、Kart Ojavee、Kristel Loide、Rein Fuks、Tonis Kenkma、Rejio TagapereJoosep Volkの六名によって1999年に結成され、現在までメンバーチェンジを経ながら長い活動を続けているインディーロックバンドです。
1999年の春に、ピア・フラウスの面々は、いくつかのギグをこなし、その後時を経ずにレコーディング作業に入る。
2001年に自主制作盤「Wonder What It’s Like」をリリース後、2002年の夏、セカンド・アルバム「In Solarium」をアメリカ、サクラメントのレーベル「Claire Records」からリリースする。このアルバムのレコード盤は、2004年、ボーナス・トラック付きで日本でも発売された。
ピア・フラウスの音楽性は、MBVの後のセカンドウェイブの時代に代表されるようなフィードバックノイズを活かし捻りのない正道を行くシューゲイズ、ドリームポップ。奇妙な捻りを効かせて色気を出すバンドでなく、純粋に音の質感や楽曲の良さだけで勝負する硬派のロックバンドです。
特に、この二作目のスタジオ・アルバム「In Solarium」は、隠れたドリームポップの名盤であり、シンセサイザーの甘い旋律、断続的な轟音ノイズ、男女の陶酔的な混声ヴォーカルといった基本的にな要素に加え、楽曲のメロディ、洗練度は、大御所、MBV(My Bloody Valentine)に匹敵すると言っても誇張にはならないはず。
このピア・フラウスというバンドは、再注目に値するロックバンドでしょう。MBVを始めとするシューゲイズファン、ワイルド・ナッシング、リンゴデススターを始めとするシューゲイズ・リバイバルファン、ポスト・ロックファンにもストライクであると思われるので、要チェックです!!
「Now You Know It Still Feels the Same」2021
そして、2021年9月1日にデビューから二十周年を記念してリリースされたスタジオ・アルバム「Now You Know It Still Feels the Same」は、ピア・フラウスの1st自主制作アルバム「Wonder What It’s Like」の再録盤にレアトラックを追加したコンピレーション・アルバムとなっています。
既に、音源としてのリイシューアルバム「Wonder What It’s Like」は、2016年にリリースされてはいるものの、どちらかと言えば、クラブミュージックよりのリミックスを収録していた五年前の再編集盤とは明確な違いがあり、新たに再録されたという点と、音のアプローチが異なるため、全く別の作品として生まれ変わったと言っていいでしょう。
今作に収録されている「How Fast Can I Love」をはじめとするポア・フラウスの初期の名曲には、現代のシューゲイズリバイバルシーンの音楽性にも通じる現代性が込められています。およそ二十年前に作られた楽曲とは思えない雰囲気がある。音の荒かった2016年の再編集盤と比べると、今作では、より洗練された音として磨き上げられ、クールな質感が宿っているように思える。
また、八曲目には、最初のデモテープとしてリリースされた幻の楽曲「Bia」(Morning Hue」が収録されている。このあたりもシューゲイズマニアとしては聞き逃せないはず。
この作品において全力展開されるシューゲイズ/ドリーム・ポップサウンドは、そのほとんどがピア・フラウスの中心的なメンバーが美術学校に在籍していた十代の頃に書かれ、また、結成当初は、殆どシューゲイズ風のサウンド作りに関して素人であったというのに、実際の作品上での技術面での若々しさ、初々しさのような未熟性は感じられず、彼らのみずみずしさのある芸術性が感じられる作品となっています。もちろん、再録音という要素を差し引いたとしても、楽曲の良さについては原型が良いからこそ、レコーディングし直した際に映えるものがあるように感じられます。
このスタジオアルバムの音楽性は、ごく単純にいえば、ストレートなシューゲイズサウンドによって彩られている。MBVに代表されるようなアナログシンセサイザーのレトロな雰囲気もあり、また、彼らが若い頃に影響を受けたとされるソニック・ユース、ステレオラブ、ウェディング・プレゼンツといった名インディーロックバンドの旨みを良いとこ取りしたような絶妙なサウンドとなっています。しかもそれが焼きましというより、新たなサウンドとして見事に表現されている。
それは、美術学校で培われたセンスというのも、音楽の作曲、演奏面において現れ出ているという気がします。こういったシューゲイズサウンドはケヴィン・シールズがそうであるようにサウンドデザイナー的な才覚がものをいうのかもしれません。そういった面で、ピア・フラウスは、ソニック・ユースをはじめとするインディー・ロックバンドの持つプリミティブな質感を引き継いだ上で、音のデザイン的な要素として捉え、甘美な雰囲気、陶酔感のあるフレーズ、男女混声のヴォーカル、というシューゲイズの主要な要素を加え、洗練された楽曲として見事に仕上げている。
もちろん、あらためて二十周年を記念して再録された作品であるという条件を差し引いたとしても、良質なリューゲイズ/ドリーム・ポップサウンドであることに変わりはなし。現在でも、楽曲に古臭さは感じられず、2021年に生み出された新作アルバムとして聴いても全然違和感がない傑作。むしろ、完全な新作として捉えてみたいのは、この作品が現代的インディー・ロックとして楽曲がリライトされ、ピア・フラウスのバンドサウンドの魅力が存分に引き出されているから。
これは、ピア・フラウスの長年の活動によって、最初期の名曲の良さを再認識したからこそ生み出された絶妙な玄人的な質感と若人的な質感が合体した珍しいサウンドといえ、2016年のリイシューアルバムよりも美しい輝きを放っているように思えます。換言するなら、これまでのドリームポップ一辺倒であったサウンドにいかにも通好みなインディーロック性を交えて、ファーストアルバムを新たに捉えなおした作品ともいえます。また、楽曲の中には、ベル・アンド・セバスチャンふうのホーンアレンジメントも追加され、音楽としてもより華やかになり、明るくなったような印象が見受けられます。このあたりのオーケストラ楽器の導入というのも、これからのピア・フラウスの次の音楽性の布石になっていくかもしれないので、とても楽しみにしたいところです。