スプリング・コート フランスで最古のテニスシューズ
Spring Courtは、フランスで最古の歴史を持つスニーカー。1870年にアルザスの樽職人であったセオドア・グリムセンがフランス、パリ近郊にラバー専門の工場を設立したことから事業は始まった。
生産工場は、パリ11区にあり、現在までグルムメイセン社の本拠となっている。その後、祖父グリムセンの事業を受け継いだセオドアの孫ジョルジュ・グリムセンは、1936年に、ゴム素材を改良し、フランスで最初のスニーカー、”スプリング・コート”を開発した。
このスプリング・コートというスポーツシューズには画期的な特長が三つある。一つは、コットンキャンバスの素材とバルガナイズ製法という点。
そして、テニス用のスニーカーであるにもかかわらず、本来は革靴で頻繁に使用される素材ラバーソールを使用、靴そのものの頑丈さに重きを置いたという点。
今ひとつは、靴の側面下底部に四つの空気穴を設けたこと。これにより、靴の中に、常時的に空気を循環するようにし、夏でも足が蒸れにくい実用型のスニーカーが誕生する。
最初、このスニーカーを試用した際の「これはバネ(スプリング)のようで、飛び跳ねるかのようだ!!」という感嘆の言葉、そして、クレーコート(土)用のテニスシューズとして開発された経緯から、フランスで最初に発売されたスポーツシューズは、「Spring Court」と命名された。
実際、この靴は、1930年代としては、画期的な軽さの靴であった。特に、インナーソールは分厚いが、柔らかいバネのようなクッション性を持った素材が取り入られ、歩いている時や、走っている際にも、飛び跳ねるような着用感がある。実際、スプリングコートは、1970年代後半まで多くのプロテニスプレイヤーが愛用していた。
さらに、このスプリングコートには、他のシューズにはない興味深いデザインが取り入れられている。
スプリング・コートのロゴにはトリコロール(フランス国旗)が使用、このスポーツスニーカの長年のトレードマークでもある。さらに、靴のインナーソールを剥がしてみると、一番底の部分に、ユニークなキャラクターが描かれている。
Spring Court 公式より |
スプリング・コートの代名詞的な存在のマスコットキャラクターには取り立てて名前がついていないらしいが、頬をぷくっと膨らませて何かをピューと吹き出し、靴の中の空気圧を支えている。ぼんやり見ているだけでも癒やされる可愛らしいデザインである。
スプリング・コート愛用した歴代ミュージシャンたち
このフランスのテニスシューズ、スプリング・コートを愛用した有名ミュージシャンは数知れない。
ジョン・レノンをはじめ、ゲンスブール、ジェーン・バーキン、リアム・ギャラガー、他にも、多くのミュージシャンから親しまれているファッションアイテムである。
もちろん、ファッション性においても、コーディネートのしやすさがあり、カジュアル、普段着として大活躍すること請け合いで、セミフォーマルとして、このスポーツスニーカーをコーディネートの中に取り入れても、ものすごく「サマ」になることも請け合いである。
たとえば、シンプルなセミフォーマルの格好、ジャケット、デニムに、スプリング・コートをあわせても、それなりシルエットとしては洗練されたシャープな印象をもたらし、いかにも「洒脱!!」といった雰囲気になるのがスプリング・コートの魅力である。
もちろん、男女兼用で、人による体格も関係なく、どのような格好にもほど良くマッチする。また、機能面においてもすぐれ、動きやすく、歩きやすい、走りやすい、というスニーカーとして三拍子揃った特徴を持っている。
このスプリング・コートの主要モデル「G2」は、コットンキャンバスとレザーの二素材で販売が展開されており、コットンキャンバスの方は、1万円前後、レザータイプの方は、2万円前後という価格帯を維持しているため、比較的手の届きやすいリーズナブルなスポーツスニーカだといえるだろうか。このG2モデルの特徴をかいつまんで言えば、日常的に使い勝手の良い、ローテクだけどハイテクなスニーカーである。
そして、やはり、デザインとしても秀逸で、シンプルでありながら、とても絵になる。長年、白と黒の二色でメーンの商品カラーを統一してきたこともあり、購買層の年代を選ばない普遍性の高いデザイン性がこのスニーカーの魅力だ。比較的、若い年代のファッション寄りのコンバースの「オールスター」に比べ、ジョン・レノン、オノ・ヨーコの例を見ても分かる通り、若い人だけではなく、御年配の方にも安心して履いていただけるシューズである。
そして、これまで、数多のミュージシャンが、なぜ、このスプリング・コートを好んで履いてきたかといえば、はっきりと断言こそできないけれども、靴そのもののファション感度が高く、フォーマルとカジュアルの中間を行く、いわば使い勝手の良さがあること、そしてまた、靴そのものとしての実用性の高さが主な理由といえるだろうか。
とりわけ、歴代のミュージシャンの着用例を挙げると、フレンチ・ポップの生みの親のひとり、セルジュ・ゲンスブールは、広告の撮影において、このスプリング・コートを履いている。また、ジェーン・バーキンも、普段着としてこのスプリング・コートを時代に先駆けてカジュアルファッションの中に取り入れていた。
特に、ジェーン・バーキンは、オードリー・ヘップバーンと共に、「フェミニン」という現代では一般的となったファッションスタイルの生みの親と言っても良いかも知れない。
しかし、ゲンスブールの方は、一般的に言われるのとは少し事情が異なり、どちらかといえば、彼は、フランスのバレエ・シューズ、Repettoを好んでいて、よく言われるほどこのスポーツシューズを履いていたとは言いづらい。
一方、セルジュ・ゲンスブールとの間に子をもうけたジェーン・バーキンの方は、確かに、スプリング・コートのG2のハイカットモデルを愛用している姿が多くの写真に残されているのが見いだされる。このフランスのファッショナブルなテニスシューズ、スプリング・コートを日常的に普段着として愛用していた様子が伺えるのである。
ジョン・レノンとスプリング・コート
そして、歴代のミュージシャンの中でも、特に、このフランスのテニスシューズを最も愛好していたのが、他でもない、ジョン・レノンである。
レノンは特に、スタジオでの演奏のリハーサルをする時にも、また、日常のふとした場面を写した写真でも、このスプリング・コートを愛用している。
とりわけ、オノ・ヨーコと共に映される写真では、毎度のように、このスプリング・コートを履いている。
最初のエピソードとしては、オノ・ヨーコとの結婚式で、このスポーツシューズを履いていたくらいで、生粋のスプリング・コート愛用者といえる。特に、一番有名なのは、「アビー・ロード」のジャケット撮影、レノンはこのスプリングコートのG2を身につけている。
The Beatles 「Abbey Road」 |
つい最近まで、このジャケットワークの写真で、レノンが、普通に革靴を履いていると勘違いをしていたと申し開きをしておく必要があるが、よく見ると、アビー・ロードスタジオにほど近い横断報道を渡る際、先頭を行くジョン・レノンが、上下のド派手な光沢のある白のスーツに合わせているのは、スプリングコートのレザータイプのG2ではなく、コットンキャンバスのG2だ。つまり、スプリングコートの最もクラシカルなモデルを着用している。
この「アビー・ロード」のアートワークについて、スプリング・コート側は、レノン、ビートルズ側に公式に提供したものではないと後になって声明を出していて、ファッションブランドとのタイアップの一貫として、レノンは撮影時このテニスシューズを着用したのでなく、単に、自分のファッションとして気に入って身につけていただけだったということが判明している。
この時代から、ジョン・レノンのスプリング・コート贔屓は始まり、オノ・ヨーコとの結婚式でもスプリングコートを履いてみたり、それからはオノ・ヨーコとのリンクコーディネートとして、このスプリング・コートを自分たちのもうひとつのアイコンのようにファッションに取り入れていた。このフランス製のスポーツシューズを穿きこんで愛していた。
しかし、イギリス人であるレノンが、なぜ、このフランスのスポーツシューズをそれほどまで気に入っていたのかという疑問が浮かぶ。
一般的に、ジョン・レノンは「洒脱」と言われるファッションスタイル、つまり、他はフォーマル、セミフォーマルな格好ではあるが、靴等、服装のごく一部にカジュアルな側面を取り入れて、「崩し」という要素を取り入れた粋なファッションを演出することに長じていたという印象を受けなくもない。
レノンが、そのようなファッションの着崩し方をしたのはなぜなのか、これはロックミュージシャンとして「既成概念に対する反駁をする」という意図も込められていたかもしれない。
"John gifter sig med sin Yoko i Spring Court" by ljungsgarderob is licensed under CC BY 2.0
表向きには、ファッションというのは、ただ単に、見かけを社会性の中で披露するためのもの、というのまた、ファッションとしての楽しみ方のひとつとしてあるかもしれないが、特に、歴代のロックミュージシャンは、それをあんまり良しとせず、自分が身につける服装の中に、なんらかの強い主張性を取り入れることの主眼を置いて来た。
もちろん、私は、ファッションの専門家ではないのであまり強くはいえないものの、これは、ファッション=服飾という概念のとても重要なテーマの一つのように思えてならない。それが、たまたま、英国人のジョン・レノンにとっては、フランスのエスプリという概念、少しの、ウィット、スパイス、またあるいは、日本風にいえば「洒落」を効かせたスポーツシューズ、スプリング・コートというアイテムだったのだろう。