ジェイムス・ブレイクはロンドン特別区出身のSSW、レコードプロデューサー。ロンドン大学ゴールドスミス在学中から、作曲活動をはじめ、「James Blake」で鮮烈なデビューを飾り、この新奇性溢れる作品によって英国のエレクトロニックシーンに衝撃を与えた。すでにグラミー賞、マーキュリー賞のウィナーに輝いており、英国のブリット・アワードにも三度ノミネートされている。
ブレイクは、これまでリリースされたてきた作品において、マウント・キンビー、ブライアン・イーノ、ボン・イヴェールをはじめとする著名な音楽家と共同制作の機会を持ってきたに留まらず、アメリカのカニエ・ウェスト、ケンドリック・ラマー、ドレイク、Jay-Z、といった著名なラッパーとのコラボレーション、もしくはそれらのアーティストの作品をフューチャー、そして、ビヨンセの作品のプロデューサーとして参加してきたジェイムス・ブレイクは、2021年の10月3日に新作スタジオ・アルバム「The Friend That Break Your Heart」をリリースした。
"James Blake, Coachella 2013 -- Indio, CA" by Thomas Hawk is licensed under CC BY-NC 2.0
本来は、一ヶ月前の9月中にリリース予定であった作品で、COVID-19による製品の工場生産が滞ったため、実際の発売は10月に持ち越され、リパブリック・レコード、ポリドールから発売されています。
先月からシングル作「Famous Last Words」が先行リリースされた時点で、10月にリリースされるスタジオ・アルバムの新作が、ジェイムス・ブレイクの最高傑作の1つになるであろうことは想像されていましたが、その予想を遥かに上回るハイクオリティーな作品がついに多くの音楽ファンの元にお目見えしたと言って良いかもしれません。
作品の制作ゲストに、SZA,JID,Swavay,MOnica Martinといった頼もしいアーティストらを迎え入れ、さらに今作の制作に名を連ねているプロデューサーは、Dominic Maker Jameela Jamil Take a Daytrip、Joji,Khushi,Josh Stadlen,Metro Boomin,Frank Dukes,Rick Nowelsと九人にも及んでいることから、制作段階においても、相当な労力、そして胆力が注がれているのが感じられます。
アメリカのとある音楽メディアでは思いのほか、レビュー点数が「6.6」と全然伸びませんでした。一方、英国の米ビルボードに次ぐ老舗音楽雑誌NMEは、五つ星満点をつけて大盤振る舞い。
NMEは、この作品に費やしたブレイクの音楽に対するパッションを満点評価により大いに労ってみせています。また、independentも、この作品に4/5比較的高評価を与えており、米国のメディアでは評価は高くないものの、英国の音楽メディアを中心にリリース時点から絶賛を受けているのは、これは、米国のクラブミュージックシーンと、英国のクラブミュージックシーンの価値観が以前よりも大きな隔たりが生じ、分離をはじめているような雰囲気が感じられなくもない。後は、英ローリングストーンや米ビルボードがどういった評価を下すのかに注目です。これは評論をしている側の価値観なのか、それとも、リスナーの趣向によるものかまではちょっとわからないです。元々、米国と英国では文化性の違いにおいて、音楽に求める趣向というか好みみたいなものが2019年以前より異なって来ているのどうか、その点が気がかりであります。
James Blake 「The Friend That Break Your Heart」2021
Tracklist
1.Famous Last Word
2.Life Is Not The Same
3.Coming Back(feat.SZA)
4.Funeral
5.Frozen
6.I'm So Blessed You're Mine
7.Foot Forward
8.Show Me
9.She What You Will
10.Lost Angel Nights
11.Friends That Break Your Heart
12.If I'm Insecure
この「The Friend That Break Your Heart」は、ポピュラー音楽としての掴みやすさもありながら、一度、聴いただけでは、その音楽の内奥まで、なかなか容易に理解つくせないような印象もある。2020年代の英国社会の世相を克明に音として反映した哲学的作品であり、これまでのブレイクの音楽性である電子音楽、UKグライム、ヒップ・ホップ、ソウルのコアな部分を踏まえた上、パイプオルガンのようなシンセの音色、バッハの平均律のようなフーガ的構造を持つエレクトリック・ピアノのフレーズの挿入を見ると、ジェイムス・ブレイクの幼少期からのクラシック音楽、ピアノ音楽の影響が、青年期のロンドンのクラブでの音楽体験と見事な融合をはたし、今作でひとつのブレイクの音楽性のひとつの集大成を築き上げたというように言えます。
王道の12曲収録、少なくもなければ、多くもない、この曲数しかないという重厚感のある音楽の密度を形作っています。ランタイム再生時間以上の濃密な奇跡的な瞬間の連続、上質な風味のある音楽が様々なジャンルの切り口から描き出されています。共同制作者として名を連ねるのは、総勢十人のミュージシャン、これは、ミュージシャン誰が、これらの楽曲のディテイルにおいて役割を果たしているというより、複数の気鋭のミュージシャンたちがジェイムス・ブレイクを中心として、このアルバムに収録されている12曲(Bonus版は13曲)の多彩で、情感たっぷりの音楽をコロナパンデミック禍下において苦心して完成させた、という言い方が相応かもしれません。
アルバム全体としては、大人なバラードの質感に彩られており、そこに、ヒップホップやダブの風味がほんのり添えられる。全体的には、トリップホップにも似たほのかな暗鬱さが漂う。これをイギリスの社会的な背景と結びつけるかどうかは、聞き手の感性によりけりといえるでしょう。しかし、「Funeral」というトラックが書かれていることからも、漠然としているように思える死という概念について、様々な角度から捉え直した側面もあるようです。これまでの作品より、バリエーションの面で多彩性があり、表題曲「The Friend That Break Your Heart」「Famous Last Words」といったトラックに代表されるように、落ち着いたネオソウルの魅力がキラリと輝く。
これまでのブレイクの作品よりもさらに人間の表側から見えない心の裏側を忠実に映した形而上の世界へと踏み入れ、きわめて抽象的な世界が音楽によって描き出されています。それはまたサイケデリアとも対極にある内向的性質を持つ。ひたすら、内へ、内へと、エネルギーがひたひた向かっていくのは、例えば、シュルレアリスム派の絵画、キリコ、ルドン、マグリットをはじめとするシュルレアリストの描く内的世界を、束の間ながら垣間見るかのようなワイアードな感覚を聞き手にもたらす。具象化の延長線上にある電子音楽ではなく、徹底して抽象化の延長線上にある電子音楽。心象という捉えがたい形なきものを見事にブレイクは音により忠実に表現することに成功しています。
とにかく、今作は、侃々諤々の議論が飛び交いそうなセンセーショナルな作品と呼べそうです。
James Blake Offical