【Review】 Grouper 「Shade」

 Grouper

 

グルーパーは、リズ・ハリスのソロ・プロジェクト。米ポートランドを拠点に活動していたアーティスト。現在は、ベイエリア、ノースコーストと、太平洋岸の海沿いで音楽活動を行っているようです。


リズ・ハリスは、コーカサス出身の宗教家ゲオルギイ・グルジエフの神秘思想に影響を受けたアーティスト。


そのあたりはリズ・ハリスの幼少期の生い立ちのコミューンでの経験に深い関係があるようです。


幼少期のコミューンでの経験は、彼女の精神の最も深い内奥にある核心部分に影を落としており、音楽といういわば精神を反映した概念にも影響を及ぼし、内的な暗鬱さの中で何かを掴み取ろうとするような雰囲気も感じられます。


リズ・ハリスの音楽は暗鬱である一方で、こころを包み込むような温かいエモーションを持った独特な雰囲気を漂わせています。それは彼女の生活に結びついた「海」という存在にも似たものがあるかもしれません。


海というのも、画家、ウィリアム・ターナーが描き出した息を飲むような圧倒されるような自然の崇高性が存在するかと思えば、その一方で、ほんわかと包み込むような癒やしや温かさをもたらしてくれる。だからこそ、長い間、リズ・ハリスは海沿いの土地に深い関わりをもってきたのでしょう。


リズ・ハリスの生み出す精神的概念を映し出したもの、それは、決して、一度聴いてハッとさせられる派手な音楽ではないですけれども、「アンビエント・フォーク」とも喩えられる落ち着いた音楽性が醍醐味であり、聴けば、聴くほど、深みがにじみ出てくる不思議な魅力を持っています。


2010年からRoom 40,Yellowelectricと、インディーレーベルでのみ作品をリリースしてきており、アンビエント、ドローンの中間を彷徨う抽象性の高い音楽に取りくんでいるアーティスト。これまでに、グルーパーこと、リズ・ハリスは「Ruins」を始めとするスタジオ・アルバムで、暗鬱なアンビエントドローンの極地を見出しているソロミュージシャンですが、その後の作品「Grid Of Points」では「Paradise Valley」時代のインディー・フォーク寄りのアプローチを図るようになってきています。


アメリカ国内では、アンビエント・アーティストとして知名度が高いリズ・ハリスのようですが、カテゴライズするのが難しい音楽家であることは確かでしょう。アンビエントアーティストとして、ティム・ヘッカーのようなノイズ性の色濃いアンビエントのアプローチを図ったかと思えば、アコースティックギターで穏やかで秀逸なインディー・フォークを奏でることもしばしばです。


特に、リズ・ハリスの生み出すフォーク音楽は、精神的な目に見えない形象を音という見える形に変え、それが「グルーパー」という彼女の今一つの映し身ともいえる音楽に奥深さを生み出しています。

 

ほのかな暗鬱さがありながら、それに束の間ながら触れたときにそれとは対極にある温みが感じられるという点では、エリオット・スミスとの共通点も少なからず見いだせるはずです。

 

 

「Shade」 2021 Kranky

 

 



 
1.Followed the ocean
2.Unclean mind
3.Ode to the blue
4Pale Interior
5Disoredered Minds
6.The way her hair falls
7.Promise 
8.Basement Mix
9.Kelso(Blue Sky)
 

Listen on:

bandcamp

https://grouper.bandcamp.com/album/shade 

 


この作品は「休息」と「海岸」をテーマに制作されたアルバムで、「記憶」と「場所」を中心点とし、その2つの概念を手がかりに、アンビエント、ノイズ、フォーク音楽という多角的なアプローチを図ることにより完成へ導かれています。 ときに、アンビエント、ときに、ノイズ、また、時には、フォーク音楽として各々の楽曲が組み上げられた作品です。


ある楽曲は、数年前にハリス自身が制作したタマルパイス山のレジデンスで、またある楽曲は、以前活動拠点を置いていたポートランドで、その他、アストリアでのセッションを録音した作品も収録。録音された時間も、レコーディングされた場所もそれぞれ異なる奇妙な雰囲気の漂う作風に仕上がっているのはグルーパーらしいと言えるでしょう。


そして、一つの完成されたアルバムとして聴いたときに、奇妙なほど一貫した概念が流れていることに気が付きます。今回も、前作と同じく、ハリス自身の弾き語りというスタイルをとったヴォーカルトラックが数曲収録されています。


そこでは、喪失感、欠陥、隠れ場所(Shade)、愛という、一見なんら繋がりのない概念が歌詞の中に込められていますが、関連性を見出しがたい幾つかの概念を今作品において、リズ・ハリスはノイズ、フォークというこれまた関連性が見出し難い音楽によってひとつにまとめ上げているのです。

 

アンビエントとして聴くと物足りなさを感じる作品ですが、インディー・フォークとして聴くとこれが名作に様変わりを果たす妙な作品。


特に、ヴォーカルトラックとして秀逸な楽曲が、#2「Unclean Mind」#6「the way Her Hair Falls」#7「Promise」#9「Kelso(Blue Sky)です。ここでは、女性版エリオット・スミス、シド・バレットとも喩えるべき内省的で落ち着いたインディー・フォークが紡がれています。

 

これらの楽曲は、ゴシックというよりサイケデリアの世界に踏み入れる場合もあり、これをニッチ趣味ととるか、それとも隠れたインディーフォークの名盤ととるかは聞き手を選ぶ部分もなくはないかもしれません。しかし、少なからず、このグルーパーというアーティストは、意外にSSWとして並外れた才覚が秘められているように思えます。


近年までその資質をリズ・ハリス自身はアンビエントという流行りの音楽性によって覆い隠していたわけですが、いよいよ内面世界を音という生々しい表現法によって見せることにためらいがなくなり、それが作品単位として妖艶で霊的な雰囲気を醸し出しています。

 

その他にも、いかにも、近年、バルトークのように、東欧ルーマニアの民族音楽にルーツを持つ異質な音楽家として再評価を受けつつあるグルジエフに影響を受けたリズ・ハリスらしい、スピリチュアル的な世界観を映し出した不思議な魅力を持つ楽曲も幾つか収録されているのにも注目しておきたいところです。


リズ・ハリスの奥深い精神世界が糸巻きのように紡ぎ出す音楽に耳を傾ければ、いくら歩けど、ほの暗い迷い森の彷徨うかのように、終点の見えない、際限のない異質で妖しげな世界にいざなわれていくことでしょう。