シカゴのレコード会社 「Audiotree」 音楽業界における新しいビジネススタイルの確立

1.Audiotreeの打ち立ててみせた2010年代の新たなビジネススタイル

 
Audiotreeは、2011年にイリノイ州シカゴにファウンドされた比較的新しいレコード会社である。なぜ、今回、このレコード会社を紹介しようと考えたのかと言えば、従来型のレコード会社とはそのビジネススタイルがまるきり異なるからである。

 

オーディオスタイルのビジネスの手法はこれまでになかったもので、刺激的で革新的だと言える。  

 

これまでは、英BBCのラジオ番組、名物DJジョン・ピールのセッションシリーズ、「Peel Sessions」などに代表されるように、公共放送が何らかのアーティストを、局内にある専用のスタジオ、レコーディングブースに招待し、レコーディングブースでライブ演奏させ、それを音源作品としてリリースするスタイルは存在していたが、シカゴのオーディオ・ツリーは、旧来のビジネススタイルとは異なる画期的な手法を確立している。

 

Quote:openhousechicago.org

 

つまり、ストリーミング再生時代の後押しを受けた形のオリジナリティあふれるビジネス旋風を音楽業界に巻き起こしたと言える。

 

概して、これまで従来の音楽産業の形態というのは、作品を録音するレコード会社、アーティストが演奏する場を提供するコンサート会場(イベント会社orプロモータ)、そして、何らかの媒体により販促をおこなうレコードショップ、この三つの会社がそれぞれ協力してアーティストのプロモーション、レコーディング、該当する作品の販売を行って来た。

 

しかし、オーディオツリーはこれまでの常識を破り、本来独立した3つの組織を一つに統合したビジネススタイルを展開する。

 

Audiotreeは、録音からライブ演奏、自社内の専用レコーディングブースで録音された作品のリリースを行ったり、また、あるいは、そこで撮影された動画を、自サイト、Youtube、VimeoといったWeb上のメディアで積極的に宣伝し、これまで分離した形態で行われてきた販売総てを自社で一括して行う画期的な経営手法を確立した。近年、Audiotree社が主催する音楽フェスティヴァル開催にまで漕ぎつけている。

 

一時は、コロナ・パンデミック禍のロックダウンにおいて経営スタイルに暗雲が立ち込めかけたが、同社は、新しいビジネススタイルを生み出し、苦境を乗り越えてみせた。

 

WEB上で自社のレコーディングブースで行われるライブパフォーマンス「staged」をデジタルチケットを購入した視聴者だけを招待するという投げ銭形式の仮想ライブイベントを導入し、この1、2年で、そのビジネスの裾野を大きく広げようとしている。 

 

 

2.Audiotreeの沿革、その革新的なビジネススタイルの強み

 
オーディオツリーは、元々、イリノイ州、シカゴでオーディオ・エンジニアとして勤務していたマイケル・ジョンストンがアダム・サーストンとともに始めた事業である。


Audiotreeの自社ビルの他にも、シカゴ地域内に、リンカーン・ホール、シューバス音楽会場を土地保有している。

 

当初、この事業計画は、インディーズレーベルに所属するアーティストの支援のために開始された。Audiotree設立当初は、自社内のレコーディングブースで録音された作品(主にEP形態)の売上とGoogleAdsenseの広告費によりオーディオツリーの利益は賄われていた。

 

Audiotreeは、これまでのレコード業界のマージンの常識とはかけ離れた分配方式を取っている。

 

EP作品の売上をオーディオツリー側とアーティスト側、50:50で分配する、フェアな利益率の分配法を採る。従来、レコードやデジタル盤の売上に際して、レコード会社がアーティスト側より大きなマージンを得るのが音楽業界内の常識であったように思われる。 

 

しかし、Audiotreeは、これまでの十年間を通して、一般的な知名度に恵まれない独立レーベルで活躍する世界中のアーティスト、バンドを自社のレコーディングブースに招待し、ライブスペースを無償で提供し、アーティストやバンドのライブ録音、動画撮影、WEBでの宣伝を率先して行う。

 

その後、ライブ録音をした作品を完パケし、EP「Audiotree live sessions」として対外的にリリースするにとどまらず、自社HP内、Youtube,Vimeoを介し、ライブパフォーマンス動画を、ストリーミング形式でオンライン、オフラインで宣伝している。

 

Quote:spotify.com

 

オーディオツリーが生み出したこの斬新な経営手法は、2018年、世界中では、約八十%の音楽リスナーがYoutubeをはじめとするストリーミングサイト、また、Apple Music,Spotifyなどのサブスクリプション媒体を介し音楽を聴く時代の後押しを受け、結果的に大成功を収めている。 

 

2011の設立からAudiotreeは、youtubeのチャンネル登録者数を着実に増やしつつあり、33万人以上の視聴者を獲得し、また、動画再生数については5億回以上にも及び、サブスクリプションとストリーミングの両形式での作品リリースの展開方法を行い、従来とは異なる新時代の音楽上のビジネススタイルを確立している。レコード会社のみならず、この後、アメリカの巨大産業に発展していく可能性を大いに秘めた私企業といえる。

 

 

3.Audiotreeのライブ録音作品の独特な魅力

 
無論、上記したような事実をうけて考えてみると、オーディオエンジニアのスペシャリストが設立したレコード会社であるという点、Audiotree社内にある専用のレコーディングブースの設備自体も豪華であり、実際、リリースされたEPを聴いてみると、音に精細な瑞々しさがある。

 

それもこれも、このAudiotree内のレコーディング設備がことのほか充実しているからに他ならない。  

 

 

Quote:openhousechicago.org


Audiotreeは、2015年から翌年にかけて、スタジオで録音機材として使用されている設備を動画で一般公開している。

 

ビデオと照明のセッティング方法、音響用マイク、ドラム専用マイク、レコーディングスタジオ内のウォークスルーに至るまで、「Audiotree Live」のライブ録音の舞台裏を全面的に公開している。

 

アコースティックギターの録音専用マイク、AKG460、Royal122。バスドラム録音用のTelefunken M-82といった機材が公式動画を介し紹介されている。 最終段階のリミックスの段階では、鮮明なデジタル音の再生面で抜群の威力を発揮する米国企業のマスタリングソフト、「Izotope」が使用されていることにも注目である。

 

いかにも、設立者、マイケル・ジョンストン氏のオーディオエンジニアとしての矜持を感じさせる豊富で盤石なレコーディング機器の数々、ミキサー、レコーディングソフトを最大限に駆使し、録音、完パケされる音源は、何れの作品も鮮明な音質によって彩られている。また、その際、リアルタイムで配信されるライブパフォーマンス映像も、実際のアーティストのライブパフォーマンスに参加したかのような迫力を体感出来るはずだ。

 

「Audio Tree Live Session」は、美麗なおかつダイナミックさがあり、音源を聴くだけであっても、高精細の映像を鑑賞しているような気分に浸れる。これは、他でもない、オーディオツリーが世界中の熱烈な音楽ファンに対して無償提供する映像自体がことのほか優れているからに他ならない。もちろん、「音」としての鮮明な魅力があるのは無論、EP音源としてリリースされる「Audiotree Live」の総カタログについても同様である。 

 

また、世界中から有望なインディーアーティストを招聘するオーディオツリーの新人発掘力については最早多くの事を語るまでもない。

 

オーディオツリーの興味は、常に、国内にとどまらず、世界中のインディー系アーティストに注がれており、それは、ヨーロッパ圏のみならずアジア圏にも広がりをみせている。これまで、Elephant Gym、少年ナイフ、tricotといった面々が、このシカゴのオーディオ・ツリー・ライブパフォーマンスに招待されており、「Audiotree Live」として素晴らしい演奏を行い、秀逸なEP作品をリリースしていることも付け加えたい。これからオーディオ・ツリーが、どのようなアーティストの音源をリリースしていくのか、そのビジネスの裾野をいかほど敷衍していくか、俄然目が離せないところだ。


4.「Audiotree Live Sessions」

 
先述したように、オーディオ・ツリーライブに招待されるアーティストは、国内外のインディーレーベルに属するアーティストに絞られる。一つのジャンルにこだわらず、多くの国々から、幅広い音楽性を擁するミュージシャンが招待され、刺激的なライブパフォーマンスが行われる。

 

これらの生演奏は、映像として配信されるのみならず、「Audiotree Live」というEP形式で作品リリースが行われるのが通例。EPのジャケットアートワークはシンプルなデザインで、アーティストの文字、ライブ時の写真と「Audiotree live」の文字とAを象ったマークが刻印されるのみではあるが、何となーくマニア心をくすぐられるものがある。

 

EPコレクションとして部屋に並べて見ればおそらく圧巻の見栄えとなるかもしれない、熱狂的な音楽ファンとして素通り出来ないカタログばかり。それでは、これらの作品「Audiotree Live」から注目するべきリリースを大雑把ではありますが挙げていきましょう。

 


1.Snail Mail 

 

on Audiotree Live

 


1.Dirt

2.Slug

3.Thining

4.Static Buzz

5.Stick

 

 

スネイル・メイルはリンジー・ジョーダンのソロ・プロジェクト。

 

デビュー当初からアメリカのインディーズシーンを賑わせているアーティスト。スネイル・メイルの音楽性は、ローファイ性を突き出したギターロックが醍醐味。抜群のセンスを持ち合わせた女性SSWで、今、最もアメリカのインディーシーンで注目しておきたいミュージシャン。

 

このオーディオ・ツリーライブヴァージョンでは、スネイルメイルのプリミティヴなロックンロールの魅力を味わうことが出来る。特に、オルタナティヴロック好きは要チェックの作品です。

 


2.Shonen Knife 

 

on Audiotree Live


 

 

1.Banana Chips

2.Twist Barbie

3.Jump In To The World

4.All You Can Eat

5.Ramen Rock

6.Riding on the Rocket

7.Buttercup


最早、説明不要のインディー界の世界的な大御所で、日本だけではなく世界のインディーシーンで大きな注目度を獲得している少年ナイフ。

 

大阪府出身のスリーピースのガールズポップバンド。カート・コバーンがこのバンドを大リスペクトしていたことは有名で、日本だけではなく、世界で愛されるインディーロックバンドです。

 

あらためて、2018年発表のこのオーディオツリー発表ヴァージョンを聴くと、このロックバンドの凄さがわかるはず。

 

以前に比べ、若々しさこそ失われたものの、逆に貫禄が備わってやいませんか。依然としてザ・ラモーンズに比する分かりやすいポップパンクの楽曲は珠玉の輝きを放ち続ける。

 

「Banana Chips」から「Buttercup」まで、四六時中やられっぱなしの甘酸っぱいキラーチューンのオンパレード!! 

 

 

3.Elephant Gym 

 

 on Audiotree Live

 

 

 

1.Underwater

2.Finger

3. Head&Body

4.  春雨

5. Galaxy


エレファントジムは、台湾の高雄出身のポストロック/マスロックバンド。日本のポストロックシーンと関わりの深いバンドで、都会的に洗練されたオシャレ感のある三人組グループ。

 

しかし、表向きのイメージとは裏腹に、奏でられる音楽は硬派。変拍子ばりばりの巧緻な楽曲、ベーシストのK.T.チャンのキュートなキャラクター性からは想像できない実力派としての演奏力が魅力のバンド。

 

もちろん、このオーディオツリーバージョンではこの三人組の楽曲の良さ、瑞々しさ、タイトさが存分に味わえる作品。

 

「Finger」を始め、K.Tチャンのタッピングを始めとする超絶技法が炸裂。誇張抜きにして、このリリースはオーディオツリーの名演の部類に入る。ToeやLiteといった日本のポストロック/マスロックのバンドのファンの方は是非チェックしていただきたい作品です。 

 


3.Petal 

 

on Audiotree Live

 

 

 

1.Better Than You

2.Tightrope

3.Magic Gone

4.Shine

5.Stardust


 

Petalというバンドは、このプロジェクトの中心人物、Kiley Lotzは、NYのブロードウェイ女優としても活躍している。元々エモシーンの期待の星としてデビューした経緯を持つアーティスト。

 

2015年「Shame」でデビューした当初、特にエモシーンで話題を呼んだ作品だったと思います。そのあたりの事情は、Tigers Jawのメンバーが絡んでいるという理由だからでしょう。


しかし、そういった前評判というのは当たらなかったアーティストで、現在はエモではなくインディーロック路線を突き進んでいる印象。Kiley Lotzは、爽やかで、やさしげで、包み込むような雰囲気を持つシンガー。

 

このオーディオ・ツリーのライブバージョンでも、飾り気がなく直情的なヴォーカルを味わえる。しかも、演奏をすごく楽しんでいる感じが伝わってきて、心がほんわかとなるライブ音源です。ブロードウェイの女優というフィルターを通さずとも、繊細な質感を持った隠れたインディー・ロックの名曲揃い。

 

 

4.Pinegrove 

 

on Audiotree Live


 

1.Need 2

2.Problems

3.Cadumium

4.Size of the Moon

5.Angelina

6.&

7.Recycling

8.Aphasia


 

パイングローヴは、エヴァン・ステファンズ・ホール、ザック・レヴァインの幼馴染を中心にニュージャージー州で結成されたインディー・ロックバンド。

 

2020年に、英国の名門ラフトレードから「Marigold」をリリースしています。

 

これまでのスタジオ・アルバムでは、エモコアよりのアプローチを図っている印象を受けますが、このオーディオツリーセッションではパイングローヴの良質なロックバンドとしての魅力が引き出され、堂々たるアメリカンロックサウンドが展開されています。

 

エモというのが惜しいくらい、奥ゆかしい音楽性の雰囲気を持ったロックバンド。アメリカーナ、アメリカのルーツミュージックの雰囲気もそこはかとなく漂わせ、このオーディオツリーのライブ音源では、少しだけ地味な印象のあるオリジナルアルバムよりも、パイングローヴの魅力が引き出されており、心を温かく包み込むかのような懐深いサウンド引き出されています。

 

大都会ニューヨーク、マンハッタンのバンドサウンドとはまた異なるいかにも緑豊かなニュージャージーらしいアメリカン・ロックを再現する良質なインディーロックバンド。 

 


5.tricot 

 

on  Audiotree Live 

 


 

1.On the boom

2.18,19

3.Ochansensu-su

4.Potage

5.Melon Soda


すでに、他のサイトでは紹介されていますが、少年ナイフとともに、日本のアーティストとして、オーディオツリーライブに招待されたのがポストロック四人組のトリコ。

 

学生時代からの友人、中嶋イッキュウ、キダ・モティフォを中心に結成された女性中心のメンバーのエクスペリメンタルロックバンド。

 

自主レーベル「爆裂レコード」からデビュー、近年ではAVEX Entertainmantからも2作のシングル盤「いない」「Dogs and Ducks」(ともに2021)をリリースしてJPOPシーンでも大きな話題を呼んでいる。

 

これまでに、チェコ、ハンガリー、スロバキアの東欧の音楽フェスにも出演経験あり。Toeやナンバーガールに影響を受けたとされる激烈なポストロックサウンドにJ-POP寄りのキャッチーなヴォーカルのフレーズが乗る。変拍子バリバリのマスロックサウンドであるものの、ナンバーガールのような親しみやすさもあるのがトリコの魅力。

 

このオーディオツリーライブでは、トリコの超絶演奏力はもちろん、「Potage」を始めとする楽曲で、スタジオ・アルバムとは異なる、しっとりとした大人でジャジーな雰囲気の音楽性を味わうことが出来ます。 

 


6.Sidewalk Chalk

 

on Audiotree Live

 

 

 

1.Water Song

2.One For Nation

3.Hats + Shoes

4.Lyrically Free

5. Closer

 

 

サイドウォーク・チョークは地元シカゴのバンド。これまで存在しなかったタイプの六人組ヒップホップグループです。

 

DJ無しで、タップダンサー、男性MC+女性ヴォーカルという特異な編成で、米インディーシーンで注目を受けています。

 

ヒップ・ホップ、ロック、ソウル、ジャズをクロスオーバーし、バンドサウンドとして展開。このバンドのクロスオーバーサウンドは爽やかで軽妙な雰囲気に満ちている。

 

楽曲中では、エレクトリック・ピアノ、ホーンを交え、ライムがソウルフルな女性ヴォーカルと軽やかに展開。これまでありそうでなかったロックバンド編成のクールでモダンなヒップホップサウンドを、サイドウォーク・チョークは見事に体現しています。

 

特に、このオーディオ・ツリーライブでは、二人の男女ボーカルの軽快なヴォーカル、バンドサウンドとしての未来系を体感出来る。

 

ヒップホップ、ソウル、ファンク、ジャズといった様々なジャンルを通過したいかにもシカゴらしいバンド。 このライブで繰り広げられるダイナミックな演奏は目の前でバンドサウンドを聴いているかのようなリアリティに満ちあふれている。ヒップホップサウンドをバンド形態で再現、ダンスの要素を交えた前衛的なサウンドを体現。

 

このバンドのサウンドは、Tortoiseのヒップホップバージョンといったら語弊があるかもしれないですが、2020年代に台頭する新たなポストロックシーンへの予見、そのような雰囲気も感じられる。

 

このオーディオ・ツリーライブ盤では、スタジオ・アルバム以上に、ホーンの艷やかかさが活かされ、サイドウォーク・チョークの生演奏特有のグルーヴ感が凝縮されている快作。



こちらの記事も合わせてお読み下さい:

 

SUB POPはどのようにメインストリームを席巻したのか?