スウェーデンのピアニストが生み出す叙情性 Fredrik Lundberg  

・ポスト・クラシカルシーンの動向

 

ポスト・クラシカル、ネオ・クラシカル、クラシカル・クロスオーバーとこのジャンルには様々な呼称が与えられているが、とにかく、このピアノ音楽をよりポピュラー音楽寄りに解釈した音楽は、ドイツのマックス・リヒテル、アイスランドのヨハン・ヨハンソンと、体系的に音楽を大学で学んだ音楽家、そして、全くそういった専門機関で学習を受けていない音楽家に大別される。

 

そして、ときに、後者の方は、元々は、電子音楽の延長線上にこの古典音楽の雰囲気を生かしたポピュラー音楽に活路を見出すアーティストの事例が多く見受けられる。しかも、オーラヴル・アルノルズの例を取ると理解できるように、パンク・ロック、ヘヴィ・メタルといったクラシック音楽とは畑違いの分野からの鞍替えをし、このポスト・クラシカルアーティストとして大成する場合もあるのが興味深い特徴です。

 

これは、実際の体験談として、ノイジーな音楽を演奏していると、ある時、ふっとそういった音楽がお腹いっぱいとなり、それとはまったく正反対のクラシック音楽のような雰囲気を持つ方面に惹かれる場合がある。

 

その中の興味には、勿論、アンビエントのような電子音楽、環境音楽のような機能的音楽もその一つに挙げられるだろうか。これは、音楽を深く愛するものだからこそ、アーティストもまた一つのジャンルにこだわらないで、様々な音楽というフィールドで小旅行を企てようとするような気配が感じられる。

 

特に、このポスト・クラシカル、ネオ・クラシカルという古典音楽をよりキャッチーにし、ときにヒーリング音楽のようなアプローチ法で生み出す21世紀の音楽は、ロック音楽や電子音楽のノイジー性に嫌気が差したアーティストがより温和で穏やかな音楽を始めようと試みたジャンルなのである。

 

それはひとつ、1990年代までに、大きな音量の追求だとか、ノイズ性の飽くなき探求というのはすでに限界に来ており、ロック音楽にせよ電子音楽にせよ、エクストリームまで極まったからこそ、その対極にある数多くのミュージシャンたちの「サイレンスへの探求」が21世紀になってから実験的にではあるが率先的に行われていくようになったのである。

 

もちろん、このポスト・クラシカルの最も盛んな地域はヨーロッパで、ドイツ、イギリス、アイスランド、また東欧圏で盛んな印象を受ける。これはアイスランドをのぞいては、かつて中世において古典音楽作曲家を多く輩出してきた地域であると気づく。確かに、ロシア、ハンガリーといった地域ではそれほどまだポスト・クラシカルシーンというのは寡聞にして知らないものの、このジャンルは、ヨーロッパ人のDNAに刻まれた音楽的なルーツを無意識下において探求しようという欲求のようなものも見えなくもない。


もちろん、アメリカにも日本にも、Goldmund、petete Broderickをはじめ、このジャンル、シーンを牽引する存在はいるものの、古典音楽とポピュラー音楽、そして映画音楽というこれまで分離していたようなジャンルを、一つにつなげようというのがこのポスト・クラシカル、ネオクラシカルの試みであるように個人的には思えてなりません。


・ポストクラシカルの今後の展望

 

現在のヨーロッパのポスト・クラシカルシーンにおいては、アイスランドのオーラヴル・アーノルズが一歩先んじているように思える。ロックダウン下において、リリースされた「Sunrise Session」は、このポスト・クラシカルというジャンルの2020年代、ひいては現代ヨーロッパの音楽を象徴するような偉大な楽曲です。これからオーラヴル・アーノルズはレイキャビク交響楽団をはじめ、古典音楽をメインとして活躍する音楽家と共演するかもしれない。

 

一方、このポスト・クラシカルシーンを2000年代始めから率いてきたドイツのニルス・フラームについては、最新作「2×1=4」でF.S.Blummとの共作で、これまでとは異なるダブ作品に花冠にチャレンジしているため、これからポスト・クラシカルの方向性からは少し遠ざかっていく可能性がある。

 

また、面白いのが、ワープレコードの代名詞的存在、Clarkはこれまでのコア(ゴア)なクラブミュージック路線を手放し、ドイツ・グラムフォンと契約を交わし、最新スタジオ・アルバム「Playground In A Lake」で明らかにポスト・クラシカルを意識した作品に取り汲んでいる。電子音楽界の大御所として、このシーンに堂々たる足取りで踏み入れたというように言えるかもしれない。

 

もちろん、現在、2020年代の初頭、数多くのポスト・クラシカルに属するアーティストがヨーロッパを中心として新しく台頭している。その中にはアキラ・コセムラをはじめ日本勢も数多く秀逸なアーティストが活躍しており、イギリスで注目が高まっている気配もある。新たに、日本から面白いポスト・クラシカル系の音楽家が台頭してこないとも言えない。

 

このジャンルの主要なスタイルは現在でも、ハンマーの音を生かした静謐な印象を与えるピアノ曲が現時点でのトレンド。しかし、アプローチが画一的になりすぎると、そのジャンル自体が衰微していく可能性もあるため、このあたりで劇的なアプローチ、これまでに存在しなかった斬新なスタイルを生み出すアーティストが出てくるかどうか今後注目です。

 

このピアノ曲、弦楽重奏曲、交響曲を新たにポップスとして解釈した雰囲気のあるジャンルのシーンは、2020年代を軸にどのように推移していくのかに注目したいところでしょう。

 


Fredrik Lundberg

 

フレドリク・ルンドベルグは、スウェーデン、ストックホルムの作曲家、ピアニスト。早い時代からクラシック、ジャズピアノの双方において教育を受けているアーティスト。ルンドベルグはこれまでのキャリアで、古典音楽、ポップ、エレクトロニカをクロスオーバーする作品を生み出しています。

 

2012年から、自主スタジオとレコード会社”Drema Probe Music"を立ち上げ、ミュージシャンとして活動をはじめる。2017年には、Aphex Twinの代表的な楽曲をピアノ曲のアレンジカバーを収録したスタジオ・アルバム「Lundberg Plays Aphex Twin」でデビューを飾る。これまで六作のシングル、一作のアルバムをリリースしています。

 

現在、フレドリク・ルンドベルグは、このピアニストとしての活動の他にも二つの音楽プロジェクトを同時に展開。一つは、Blue Frames and Kalle Klingstromというバンドに在籍、2020年には1stシングルをリリースしています。

 

フレドリク・ルンドベルグの主な音楽性は、ポスト・クラシカルの王道を行くもので、ピアノの小曲を得意とし、ロマン派に代表されるような穏やかで叙情性溢れる楽曲をこれまでに残しています。


Fredrik Lundbergの主要作品

 


1.Albums

 

「Fredrik Lundberg Plays Apex Twin」2017 

Tracklist


1.Icct Hedral(Piano Version)

2.larichheard(Piano Version)

3.Petiatil Cx Htdui(Piano Version)

4.Yellow Calx(Piano Version)

5.Schottkey 7th Path(Piano Version)

6.Xtal(Piano Version)

7.Parallel Stripes(Piano Version)

8.Icct Hedral(Piano Version)[Psychedelia Dream Remix]


 

近年、カナダのクラシックギター奏者のサイモン・ファートリッシュのカバーにも見受けられるように、電子音楽家Aphex Twinの生み出す旋律の秀逸さに光を当て、その音楽性の良さを引き出そうと試みるアーティストが多いように思えます。

 

そして、スウェーデン、ストックホルムのピアニスト、フレドリク・ルンドベルグも同じく、今作のデビュー作において、ピアノ音楽として、エイフェックス・ツインの音楽性の再解釈を試みた作品です。

 

リチャード・D ・ジェイムスは、ドリルンベースとしてのコアなテクノアーティストとして知られているだけではなく、ジョン・ケージを始めとする実験音楽から影響を受けているミュージシャン。近年では、リチャード・D ・ジェイムスの音楽性、叙情性を再評価するような動向がクラシック界隈において見られるようです。

 

もちろん、ルンドベルグが本作で挑んだピアノ音楽としてのアレンジは、その曲を忠実に再現することではなく、その曲に隠れていた魅力を引き出し、新たにピアノ音楽としてリメイクするというチャレンジにほかなりません。

 

それはクラシック、ジャズに深い理解を持つルンドベルグだからこそ原曲の旋律のどこを押さえればよいのか、十二分に把握しているからこそ、このような秀逸なアレンジメントが生み出される。

 

ここで聴く事のできる静謐なピアノ曲は、平安を聞き手に与え、穏やかな気持ちにさせ、さらに、風景を思いうかばせるかのようなサウンドスケープの概念によって彩られてます。特に、Aphexの代表的な楽曲「Xtal」のピアノアレンジは白眉の出来、カナダのサイモン・ファートリッシュと同じように、旋律という側面からエイフェックス・ツインの楽曲の再解釈を試みています。

 

これらのピアノカバーアレンジは、ジャズとしても聴くことが出来るでしょうし、あるいはまたクラシックとして聴くことも出来る。聞き手に、多くの選択肢を与え、これまでになかった音楽の視点を与えてくれるような演奏であり、奥深い芸術性を漂わせつつ、穏やかなくつろぐような情感に満ちあふれる。

 

フォーレ、サティ、ラヴェル、メシアンといった近代フランス和声への歩み寄りも感じられる涼し気な印象を受けるピアノ作品。聴いていると、サラリとした質感の感じられ、異質な和音性によって新たに組み直されたポスト・クラシカルの傑作です。


2.Singles


Memories of Red  2020

Tracklist

 

1.Memories In Red


そして、フレドリク・ルンドベルグのオリジナル曲の傑作の一つがシングル作品「Memories of Red 」です。ここでは、穏やかな情感に満ち溢れ、非常に繊細なタッチにより紡がれるピアノの小曲を聴くことが出来ます。

 

例を挙げるのなら、リストやショパン、ヨハネス・ブラームスの往年のワルツ曲のように、シンプルでありながら情感に訴えかける素敵な楽曲。クラシック音楽をポップとしてどのように解釈しなおすかに焦点が絞られた作品。

ピアノハンマーの木の音をアンビエンスとして活かすという側面では、本日のポスト・クラシカル派の王道を行くといえるでしょうが、確かなピアノの演奏に裏打ちされた安心感のあるピアノ曲であり、短い曲なんですけれどもなにか旋律のツボを抑えた曲。中世ヨーロッパのロマン派が隆盛した時代に小さな旅を試みたかのような素敵なロマンスを感じせてくれるでしょう。オルゴールのようにノスタルジーさを思い起こさせてくれる、あたたかなロマンスに彩られた秀逸な作品です。




Christmas Indie 2021


Tracklist

1.O Come,O Come Emmanuel

2.To Us Is Given

3.Who Child Is This  


そして、2021年の10月1日に発表されたばかりの「Chrismas Indie」は三曲収録のシングル作でありながら、フレドリク・ルンドベルグの現時点での最高傑作といっても差し支えないでしょう。

 

「O Come,O Come Emmanuel」はのゴルドムントのサウンド面でのアプローチとしては近いものがある楽曲です。また、二曲目の「To Us Is Given」は、現代の抽象派としての音楽の再構築と言い得るかも知れない。

 

バッハのフーガ的手法を用いているのが最大の聞き所といえるでしょう。上下の和音の組み立ての中には、ジャズ的な雰囲気も滲んでおり、どことなくドビュッシーのピアノ曲を思わせる作風です。

 

色彩的な和音を積極的に用いると言う面でドビュッシーの名曲に匹敵する完成度。さらに、三曲目の「Who Child Is This」は、名曲「グリーンスリーブス」のアレンジメントか、独特なジャズのアンビエンスに彩られたクールな質感が漂う。