Weekly Recommend Vanishing Twin 「Ookii Gekkou」

 Vanishing Twin


バニシング・ツインは、英イーストロンドンを拠点に活動する話題沸騰中のサイケデリックポップバンドです。

 

バンドの作曲を担当し、マルチインストゥルメント奏者、ボーカルも兼ねるキャシー・ルーカス、ドラムのバレンティーナ・マガレッティ、ベースの向井進(ソンガミン)、ギターのフィル・MFU、映画製作者、ヴィジュアルアーティストとしても活躍するフルート奏者、エリオット・アーントの五人で2015年に結成。現在、バニシング・ツインは、カルテットとして活動しています。

 

バンド名のあまり聞き慣れない”バニシングツイン症候群”は、多胎の片方の成長が停止し、ひとりだけ出産、発育する非常に珍しい症例。


これについては、このバンドのフロントマンでヴォーカリストを務めているキャシー・ルーカスの妊娠中における奇妙な体験に因んでいるようです。

 

このカルテットは、ベルギー人、日本人、イタリア人、フランス人、と、イギリスへ移民をしたメンバーによって構成されている国際色豊かなグループ。このカルテットの音楽は独特なバックグラウンドがあり、哲学や宗教や政治、ポピュリズムやレイシズムに対する反駁を音楽の中に込めています。サイケデリック色を打ち出した独特な音楽性で国内外のインディーシーンでセンセーショナルな話題を呼んでいるグループです。

 

ヴァニシング・ツインは、2016年、英国のSoundway Recordsから「Choose Your Own Adventure」でデビュー。その後、2018年に「Magic&Machines」、2019年には「The Age Of Immunology」の二作のスタジオアルバムを発表しています。


二作目の「免疫学の時代」という題されたタイトルは、人類学者A.デビットネイピアの著書に因み名付けられ、「非自己を排除することにのみ生き残る事ができる」という人類学の理論について書かれているらしいですが、この命題は、バニシング・ツインというフロントマンのキャシー・ルーカス自身の出産の際の症例に非常に近似した考えが見いだされるように思えます。

 

バニシング・ツインは、これまで、多国籍からなる音楽的な幅広いルーツを活かし、イギリスのミュージックシーンに新たな革新をもたらしています。もちろん、この四人組のサウンドは、現代の英国のサウスロンドンのリバイバル・シーンのロックバンドと同じように、サブスクリプション時代の音楽史を自在に横断出来る利点を活かし、比較的古い1960年代や1970年代の音楽、ELOやPファンクサウンドをバンドサウンドの主要なコンセプトにしています。アフロ・ファンク、ジャズ、アヴァンギャルド性を色濃く打ち出し、そこに、サンラ、アリス・コルトレーン,マーティン・デニー、モリコーネ、フリーデザイン、CANのホルガー・シューカイ、インドネシアのガムラン音楽、六十年代後半から七十年代初頭のライブラリ音楽に深い影響を受けながら、それを別次元の新鮮味のあるニューミュージックとして完成させています。

 

また、海外音楽批評では、ヴァニシング・ツインのサウンドはStereolab,AFX,CANとの比較がよくなされており、どうやら、評論家達は常に比較分類学としてこのカルテットの音楽を捉えずにはいられないようです。さて、この四人組のサウンドは、サイケデリアの向う側に見えるネオサイケデリアという見方がされているかと思いますが、「心霊学」という奇妙な驚くような呼称も与えられています。それは、このカルテットのサウンドが異質なこの世のものではない幽界の領域で聴こえるような、異質で危うい雰囲気も併せ持つからなのでしょう。

 

それは冗談だとしても、ベルギー、フランス、日本、イタリア人と複数の国家、あるいはその土地の風土からもたらされる音楽性をルーツに持つ芸術家により構成されるバニシング・ツインの特異なサウンドは、そういった批評性を度外視したとしても、充分に楽しめるものであることも事実です。性別、国籍、人種、こういった人間の生み出した固定観念からかけ離れた自由でのびのびとした気風に満ちており、そしてまた、これまで、リリースされた作品においてバニシング・ツインは、おしゃれでスタイリッシュな創造性の高い音楽性を生み出してきており、これからの2020年代からの未来の音楽の潮流を決定づけてもおかしくない先進的な作風と言えそうです。

 

まだまだ、実際の音楽性にとどまらず、プロフィールについても多くの謎に包まれており、新たな音楽シーンの幕開けを予感させるような新奇性あふれるイギリスの前衛芸術集団として注目しておきたいところです。



「Ookiii Gekkou」 2021 Fire Records

 




TrackListing

 

1,Big Moonlight(Ookii Gekkou)

2,Phase One Million

3,Zuum

4,The Organism

5,In Cucina

6,Wider Than Itself

7,Light Vessel

8,Tub Erupt

9,The Lift

 

 

FeaturedTrack 「Big Moonlight (Ookii Gekkou)」

 Listen on youtube:

https://www.youtube.com/watch?v=-0cE92oSi7E 

 

 

さて、今週の一枚として、ご紹介させていただくのは、英国のラフ・トレード周辺のインディーシーンを賑わせているバニシング・ツインの最新作「Ookii Gekoou」となります。

 

前作「免疫学の時代」は、ラフ・トレードが年間最優秀アルバムに選出しており、メジャーシーンから距離を置いたインディーアーティストらしい活動初期からの気骨ある作風を貫いています。そして、10月下旬、Firerecordsからリリースされたこの作品は、海外のレビューにおいて「大きい月光」という日本語が奇妙なインパクトを与え、センテンスの意味を説明していますが、ここでは、この日本語について「Big Moonlight」の意味であると説明する必要がなさそうなのでいくらかホッとしています。


もちろん、バニシング・ツインの最新作もまた前作「免疫学の時代」と同じように、一般的なリスナー向けの作品ではないですし、バニシング・ツインのメンバー、特にこのカルテットの主要な音楽性を生み出しているフロントマンのキャシー・ルーカスも売れ線や一般受けを狙って作製した音源ではないことは、実際のこの音楽を聞いていただければ理解してもらえるかと思います。

 

幾つかの海外の主要な音楽サイトのレビューにおいても、まだ、この海のものとも山のものともつかないサウンド「大きい月光」については、様々に意見が分かれていて、というか、誰一人として、明確に、このバニシング・ツインのサウンドが説明できないため、最終的には、奇妙な「心霊学」「鏡の向こう側にある世界の音」と、少し笑ってしまうような強引な結論が導き出されています。しかし、こういった新しい音楽をこねくりまわしてしまうのが悪癖であり、純粋に、音としてたのしんでみたさいには、それほど難解でなくて、ラウンジ・ジャズのような爽やかさのあるBGMのような音楽として、または、カフェでゆったり寛ぎながら聴くような音楽として、聴くことが一番なのかなあという気がします。

 

もちろん、そういった完成度が高いサイケデリックポップ音楽、このカルテットの演奏力が並外れているからこそ生み出し得るもの。特に、この異形ともいえるサイケデリックサウンドの骨格、音楽観を形作しているのは、キャシー・ルーカスの爽やかでありながら神秘的なヴォーカル、そしてマガレッティの生み出す癖になるファンクビート、フィル・MNUの、フランジャー、ワウ等のエフェクターを噛ませたPファンクのようなギターリフの反復性、それからなんといっても、日本人ベーシストの向井進のジャズから色濃い影響を受けた対旋律的フレーズが生み出す多彩さにより、唯一無二の摩訶不思議なアフロファンクが生み出されています。そして、音を純粋に聴いてみると、この多彩性溢れる音楽こそが、レイシズム、ポピュリズム、国家主義、全体主義という大きな概念を打ち倒すためのアンチテーゼともなっているのかもしれません。

 

言葉がないゆえに、もしくは、言葉があるゆえに、ときに、人間というのは音楽という概念を大きく勘違いしてしまうわけですが、このバニシング・ツインはきわめて強固な幾つかのこの世に蔓延する固定観念、常識、また奇妙な全体主義を、多人種により構成された世界基準の音楽によって打ち崩してみせようとしているのかもしれません。それらの概念がおしゃれな音楽的アプローチにより展開されていくのが痛快といえ、ときに、アフロファンク、サイケ、また、ときには、デュッセルドルフの電子音楽のように、多角的な視点から実験音楽が生み出されているのです。

 

そもそも、中世の時代から、音楽というのは、一地域固有の性格、ある地域だけの持つ気風を有してきました。それは、トラディショナル、クラシック音楽の時代から、ブラック・ミュージック、ジャズ、ロック、ラップ、その後の時代も、ある地域を中心に発展していくのが音楽だったんですけれども、このバニシング・ツインはその一地域に限定された音楽を越えて、世界音楽とも呼ぶべき領域に踏み入れていると言えるかもしれません。現代の大きな壁が建設されようとしている時代にその壁に対して一石を投ずるべく登場したアート集団として、この大きな「人類の分離」、それにまつわる「人種の排斥」という分厚い壁を音楽という概念によって打ち砕こうと試みているのです。

 

既に、2020年代の音楽、ひいては芸術作品は、一つの国家の所有物ではなくなりつつあり、世界じゅうの多くの人々によって、性別、人種、貧富の差、条件に関係なく、ひとつに集約されるべきものとなった。そんな、今後、2020年代以降の音楽の中心テーマになりえる強固な概念を、2020年のロックダウン最中にレコーディングが行われたきわめて前衛性の高いスタジオ・アルバム「大きい月光」という作品中に見出すことは、それほど難しい話ではないはずです。

 


Vanishing Twin Official HP


https://www.vanishingtwin.co.uk/