Album Reviews 荒内佑 「Sisei」

荒内佑

 

 

荒内佑さんは、ceroの活動で、キーボード/ピアノを演奏、それに加え、作曲、作詞を担当しているミュージシャンです。

 

これまでセロの活動内では、J-Pop,ヒップホップ、またその他にもクラブミュージックの要素を交え、日本語歌詞の新たな語感を追求し、これまでになかったタイプの新鮮味あるJ-Popを生み出しています。

 

ceroは活動最初期には、「大停電の夜に」に象徴されるように、インディー・ロック、あるいはオルタナティヴ・ロックの方向性を持ったロックバンドでしたが、徐々に、ラップやクラブミュージックの要素を実験的に取り入れ、様々な音楽性を交え、JPopの先にある音楽を生み出しています。

 

そして、ceroではキーボード奏者としてこのバンドサウンドを支えている荒内さんは、フロントマン、ヴォーカリストの高城晶さんと共に、ceroの音楽性に漂う主要なアトモスフェールを形作っており、このバンドになくてはならない不可欠な存在といえるでしょう。

 

ceroは元々、バンドサウンドとして三者のミュージシャンが集ったというよりかは、三者の独立したミュージシャンが集い、新たに個性的なサウンドを生み出すという、普通のロックバンドとは少し異なるスタイルで今日までの活動を行ってきているバンドであるため、バンド活動だけに執着するのではなく、時々、バンド形式での活動の合間に、独立したアーティストとしてのソロ名義作品をリリースし、柔軟性を持った活動領域、バンド活動の外側にも自分たちの音楽性を発揮する空間を設けています。

 

荒内佑さんは、音楽の探求者ともいうべきミュージシャンであり、なおかつ今日流行の音楽だけではなく、ライブラリー音楽にも通暁しているアーティスト。音楽的興味は、きわめて幅広く、ポップス、ヒップホップ、クラブミュージックといった現代の音楽にとどまらず、ライヒ、グラス、テリー・ライリーといったミニマル・ミュージックをはじめとする現代音楽、その他にもドビュッシーやメシアンといったフランスの近代音楽にも親しんできているアーティスト。ご本人は、自分はプレイヤーではなく、コンポーザーであるとおっしゃってますけれども、彼の生み出す音楽は、実験性、創造性、芸術性、美的感覚、どれをとっても、並外れた才覚をもった秀逸な楽曲ばかりです。

 

現在の日本のアーティストの中でも、非凡な才覚を有し、なにより、音楽に対する深い求道心を持った真摯なアーティストとして、注目しておきたいミュージシャンのひとりです。




「Sisei」 2021 カクバリズム

 




Tracklisting


1.Two Shadows

2.Arashi no mae ni tori wa

3.Petrichor

4.Whirlpool

5.Lovers

6.Clouds

7.Understory

8.Protector

9.Sisei(of Taipei 1986)

 


 

 

今年八月にリリースされた「Sisei」は、文豪、谷崎潤一郎の最初期の耽美主義の作品「刺青」という傑作に因んで名付けられた作品。今年の日本のリリースの中でも屈指の名作のひとつに挙げられるでしょう。

 

この作品「Sisei」は、アート性の高いアルバムジャケットからして、キュピズム、フォービズムをはじめとする絵画芸術を思わせるニュアンスが込められていますが、ナイジェリア出身、現在LAを拠点に活動している画家、ジデカ・アクニーリ・クロスビーの作品にインスピレーションを受けて制作されたスタジオ・アルバム。

 

アルバムジャケットとして使用されているデジカ・アクリー二・クロスビーの絵画は、写真や雑誌を切り抜いてのコラージュ作品を主な作風としているアーティストで、タイトルについても、横たわる女性の腕にタトゥーが入っているように見えたことに因む。ただ、このタイトルには刺青の本義の他にも、姿勢、それから死生という様々な複数のニュアンスが込められているようです。その絵画芸術としてのコラージュ法に影響を受け、サンプリングとしての音楽性を追求しようという意図で作られています。

 

この作品では、共同プロデューサーとしてベーシストの千葉広樹、ドラマーの渡健人、ヴィブラフォン奏者、角銅真美をはじめとする、これまでceroのリリース作品に参加してきた管弦楽器プレイヤーが参加しています。

 

その他にも、Julia Shortreed、Corey Kingがゲストとして参加し、今作の実験音楽色の強い風味に寛ぎと和らいだ雰囲気を付け加えています。

 

今作のチェンバーポップ色を表向きの特徴とする作品は、様々な彩が織りなされ、独特な色を生み出しています。

 

ceroでの作品はどちらかといえば、種々雑多な音楽性を交えながらもヴォーカル曲として意味合いが強い作品が多いですが、Arauchi Yuとしてのソロ作品はceroの音楽的なアプローチとが異なり、現代的な雰囲気を漂わせ、そこに現代音楽、とりわけライヒ、グラス、ライリーといったミニマルミュージックの巨匠の音楽性、それに加え、モダンジャズやクロスオーバージャズの雰囲気が付け加えられ、独特な楽曲性を感ずることができます。ここで展開されるのは、ストリングス、クラリネットをはじめとするホーンによるモダン・ジャズの延長線上を行くものであり、またそこはかとなくアシッド・ジャズのような音楽性からの影響もなんとなく感じられる。また、そこに、日本のアーティストらしい叙情性が表されていることに着目しておきたいところです。

 

もちろん、英語の歌詞といい、現代の海外のクラブアーティストのようなグルーヴを打ち出し、海外の音楽のように一見聞こえますけれど、また、そこに、「和モダン」とも喩えるべき日本のアーティストらしい精神性がこの作品を魅惑あふれるものにし、説得力溢れるものにしています。

 

ミニマル・ミュージック、フランスの近代作曲家の音楽性を踏襲した上、そこにモダン・ジャズという立体的な構造を与えることにより、表題曲「sisei(of Taipei 1986)をはじめとする楽曲に代表されるように、落ち着いて、おだやかで、叙情性があり、耳に馴染みやすいファッショナブルな音楽として完成させている。

 

おそらく、これは、長年培ってきた荒内佑さんの多岐にわたる音楽の広範な知識を活かし、それをどのように、コンポーザーとして駆使するのか、そして、また、どのように、アート音楽として「デザイン」するのか。これまでのceroの鍵盤奏者としての活動において、数えきれないほどの試行錯誤を繰り返してきたからこそ、ここで、芸術音楽家としての到達点が今作において見いだされたと言えます。ceroとは一味違った気鋭のアート・ミュージック・コンポーザー、荒内佑さんの類まれなる才覚、前衛性が体感できる素晴らしい傑作として、今回紹介させていただきます。


 

 

作品「Shisei」の詳細につきましては以下、公式HPをご参照ください。

 

Arauchi Yu Official 

 https://arauchiyu.com/

 

 

 

References 


arauchiyu.com

https://arauchiyu.com/

mikiki.co.jp