今回、ご紹介するのは、11月12日にリリースされたコットニー・バーネットの新作スタジオ・アルバム「Things Take Time, Take Time」です。
「物事を為すには、時間を要する、長い時間を要する」
哲学的なメッセージに彩られたコットニー・ヴァーネットの三作目となる新作スタジオ・アルバムは、例えば「文学」というセンテンスの連なりによって緻密に構成されたメッセージと同様、この世の中の人々にとって、多くの生きる上での重要な指針を与えてくれる、いわば、心の栄養のような作品となりえることでしょう。
これまでの作品の売れ行きやアーティストとしての成功の過程を完全に度外視し、コットニー・バーネットは今回のアルバム製作において、自分の好きな音楽、本当の意味で、どのような音楽を生み出すべきなのか、この2020年から2021年にかけてレコーディングされた作品において、音楽を介して思索し、ここで、ひとつの明確な解答を提示したといえるでしょう。また、見方を変えれば、インディー・ロックアーティストとしての深い自負心がはっきりうかがえる良質な作品となっております。
「Things Take Time, Take Time」と銘打たれた哲学的なニュアンスを擁するタイトルについては、コットニー・バーネットの国内外のインディーシーンにあざやかな印象を与えたデビュー作「Sometimes I Sit And Think,Sometimes I Sit」をもじったものと思われますが、また、そこには、インディーロックアーティストとしての歩みを始めた2015年頃の初心に立ち返り、さらに、その向かう先にある未来へと足取りを進め、ロックアーティストとしての考えをあらためて追究しなおしたような作品です。音楽性についていえば、これまでリリースされた2つのアルバムの方向性を踏まえた上で、インディー・ロック、ローファイのコアな質感を新たに追究したと言えるでしょう。
この作品は、2020年代後半から2021年初頭にかけてレコーディングされており、プロデューサー兼ドラマー、Stella Mozgawaがゲスト参加し、オーストラリアのメルボルン、シドニーにて録音されています。このアルバムについて、イギリスのレコード会社「Vinyl Factory」は「細かく編みこまれた作品」「愛や癒やし、自己発見を探求するため、今作においてコットニーバーネットは自身の精神の内郭に飛び込んでいる」と評しています。
このレビューに垣間見えるように、この作品では表向きのキャッチーな音楽としての理解しやすさの他にも、これまでの歌唱法には見られなかったどことなく気だるいようなアンニュイな歌声を聴いても分かる通り、内面に根ざしたインディー・ロックが展開され、その内面性をロック音楽によってクールに弾き飛ばすかのような迫力や爽やかさに満ちています。
今回のアルバムの発売における経緯としては、アルバムの一曲めに収録されているシングル作「Rae Street」がその最初の契機となっています。この作品は、2021年の7月7日にミュジックビデオとして公開され、この映像ではバーネット自身が演じ、自宅近くの住民を映像として追っています。
また、同日には、コットニー・バーネットが2015年の作品のオリバーポールなる曲中に登場する主人公にペンネームをとった「All Eyes On the Pavement」という13秒の楽曲をリリースしたところから始まっています。この曲は自身の名のアナグラムからとったレコードレーベルから半ば非公式として発表された作品です。ロックアーティストがライブを演奏するなどというのは難しい時代、コットニー・バーネットはそれを半ばジョークとしてにその事実に対して反駁を唱えてみせたといえるはずです。
おそらく、当時メルボルンでは強い自粛が敷かれていたと思われますが、その非日常としか思えない日常の中から、ロックアーティストとして、今、何が出来るのか、何を考え、何を生み出せるのかを見出そうとした結果として現れたのがこの作品。この時期において、コットニー・バーネットは、自身の楽曲を公開しながら、気持ちの落とし所を探求していたような様子も伺える。
なぜなら、そういった日常の非日常性に全ての人が納得出来たわけではないはずですし、この時期において、コットニー・バーネットは、その日常の非日常性の中に、ごく些細な、誰にも妨げられることのない楽しみを見出そうと努めていた様子が、この作品の雰囲気から感じられます。
特に、今作品の「Things Take Time, Take Time」の八曲目に収録「Write A List Of Thing To Look Forward Toー楽しみにしていることのリストを書く」というのは、2020年から翌年にかけてのこのアーティストの真情のごときものが表された楽曲ともいえるでしょう。
物事には時間がかかる。このタイトルにバーネットがレコーディングの際に、是非ともロックアーティストとしていわねばならなかった感情がそれらの日常の非日常性の中から苦心して生み出された結果、それらがまばゆいばかりの美しい結晶を形成したのが今作「Things Take Time」であり、バーネットのリアルなロックアーティストの本領が遺憾なく発揮された作品と言えます。心の内側にある暗鬱さを、それと正反対の、見事な軽やかさにより弾き飛ばし、内的感情を秀逸なロック音楽として昇華させているのが見事。特に「Write A List Of Thing To Look Forward To」という、2020年代の珠玉のインディー・ロックの名曲で大きな結実を見せています。
このスタジオ・アルバムには、私たちが人生を生きる上での指針をあたえてくれる楽曲が数多く見いだされるはず。「Rae Street」「Before You Gatta Go」、また、それから、今作品のハイライトをなす「Write A List Of Things To Look Forward To」。これらの秀逸なインディー・ロックの楽曲に、美しい生命の煌めきを見出すことは、さほど難しいことではないはずです。
2012年には、自主レーベル”Milk!Records”を主宰するようになり、同レーベルからデビュー EP「I 've got a friend called Emilly Fellis」、2nd EP「How To Carve A Carrot Into A Rose」を発表しています。この二作目に収録されている「Avant Gardner」は、米国や英国のインディーシーンで話題を呼んだ作品で、コットニー・バーネットの名は世界に知られるようになり、ピッチフォークでBNMに選ばれた他、ローリングストーン誌は「2013年のベストソング100曲」に選出しています。
2015年3月には、デビューアルバム「Sometimes I Sit And Think,Sometimes I Sit」を発表。この作品は、欧米をはじめ各国のインディーシーンで好意的な評価を受け、母国オーストラリアではAustralian Music Prizeの栄冠が与えられています。デビュー作として鮮烈な印象をミュージックシーンにもたらし、特に、イギリスの音楽誌での評価が目覚ましく、ラフ・トレードがAlbum Of The Year部門で三位に選出したほか、ローリング・ストーンも2015年上半期のベストアルバム45に選出しています。この年、コットニー・バーネットは、アメリカ、テキサス州で開催される音楽祭、映画祭、”South By SouthWest”(通称:SXSW)に出演し、オーストラリア国内のみならず国外でも著名なインディー・ロックアーティストとして徐々に認知度を高めていくようになります。
2017年には、アメリカのインディー・ロックシーンの大御所といっても差し支えないカート・ヴァイルとの共作「Lotta Sea Lice」をMatador Recordsからリリース。 翌年、二作目のスタジオアルバム「Tell Me How You Really Feel」を発表しています。この作品は、特にアメリカで堅調なセールスを記録した作品で、BillboardチャートのUs Vinyl、US Folk Albumの二部門で一位を獲得、Pitchfork、Chicago Tribune、NMEをはじめとする音楽メディアで高評価を受ける。この作品で、コットニー・バーネットはインディー・ロックアーティストとしての人気を確立した後、アメリカの人気アーティストしか出演を許されないMTV Unpluggedに出演しています。
コットニー・バーネットは、左利きのギタリストであるため、ギタリストとしての比較対象としてカート・コバーンが引き合いに出される場合が多く、音楽性においても、インディー・ロックフリークとしてのパッションも伺えます。コットニー・バーネットの音楽性は、Pavement、Built To Spill、Guided By Voicesをはじめとする1990年代の良質なUSインディー・ロック、ローファイを彷彿とさせます。
正確には、それよりさらに昔の、主に、60、70年代のミュージックシーンで活躍したレジェンドたち、ボブ・ディラン、ジョナサン・リッチマン、デヴィッド・ボウイ、パティ・スミスに対して、コットニー・バーネットは深い敬意を表しています。