What’s Hot? This Month 今月の再注目のシングル作品

 




  今月は、アデル、ブルーノ・マーズ 、カニエ・ウェスト、そして、グリーン・デイ、とセレブアーティストのリリースが目白押しだったという印象でした。

 

 年末にかけて、ライブツアーや様々なメディアに出演するであろう著名なアーティストは、きわめてツアーで忙しくなる年の暮れの前に、作品だけでもリリースしておきたい、という考えも見てとれなくもないわけです。

 

 もちろん、社会情勢を概観してみますと、ドイツでは感染者が増加し、今後、ヨーロッパ全体が規制に入るのか、もしくはそれに対して市民が頑強にそれを拒むのか、というのが現在のヨーロッパの社会情勢の争点となる部分でしょうか。もちろん、音楽産業、レコード産業として見れば、アーティストの作品というのは、ひとりで生み出せるわけではなく、多くの人達の協力によって成立しているわけで、その関わりのある人々みなが音楽産業の地盤を支えているわけです。

 

 レコード会社、レコードを生産する工場、そして、もっとミクロな視点で見れば、レコードを輸送する配送業者もまた音楽産業に少なからず関係しているわけです。これまでそういった事例が多くありましたが、仮にヨーロッパ、あるいはアメリカでサイドのロックダウン等の規制が行われれば、プレス生産や輸送が滞る恐れもあり、となれば、リリース自体がお流れになるケースもなくはないので、そういったことを見越して、社会的に落ち着いている時期になんとしてでも、先に自分の子のような作品を世に送り出しておきたい、というアーティストたちの熱い思いが読み取れるともいえるでしょう。

 

 もちろん、上記のようなアーティストの作品も素晴らしいですが、その他にも注目のシングル作品が今月数多くリリースされています。なぜ、そういったインディーと呼ばれる音楽を中心に紹介するのかといえば、必ずしも、売れている話題の作品が最良ではないというのを以前から音楽ファンとして考えているからです。もちろん、日本レコード大賞、イギリスのブリット・アワード、アメリカのグラミーを取れば、問答無用にその作品がすぐれていることの証となるわけではありません。それはあくまで評価の指針であり、人の数だけ答えが用意されているんだと思います。また、インディー、インディーとばかりこだわって、マニア的嗜好が行き過ぎた場合は、それはそれでせっかく大きく開き変えた世界を、内側にパタンと閉じてしまうという弊害もあるのです。

 

 私自身は、音楽を、消費のための手段とは考えておらず、その音楽を通し、ひとつの何かの大きな世界の扉を開く手がかりとなればいい、その契機を提供したいというふうに考えているのです。それは、人間関係かも知れず、また、自分自身の製作かもしれず、その他、なんらかの知への興味の入り口となる。音楽は人類の作り出した大いなる知の遺産であり、これまでそうであったように、それまで知らなかった何かを知るための大きな手助けのような働き、以前とは異なる視点を持つためのきっかけを授けてくれるのです。音楽は、仮想的な空間を通して実社会へとつながっていく、その人にとっての小さな世界を大きな世界へとシフトチェンジする重要な契機ともなりえるわけです。もちろん、他の芸術形態、文学や絵画、映画がそうであるように。

 

 他のレビューコーナーで扱いきれない中にも数えきれない魅力的な作品があります。紹介しきれないほどの多種多様な音楽がこの世には存在している。それは寧ろレビューを重ねるごとに、対比的に大きくなっていく感慨です。ここでシングル盤を網羅的に紹介していきたいと考えてますが、紹介の方法が正しいのかどうかについてはやはり自信がないです。なぜ、アルバムではなくて、シングルを率先して聴くべきなのかというと、シングル作というのは、ミュージシャンたちの試作の完成前の実験的な段階であり、このリリースを通して、アルバム製作の足がかりにしていく段階にあり、それは多くのファンにとって、ミュージシャンの実在に最も近づける瞬間でもあるからです。

 

 名作が誕生する前には、必ず、その萌芽というべきものが見られます。そして、私はかつて音楽制作に親しんだ人間としてその過程がどれほど重要なのか考えせられる部分があるのです。結果として出たものではなく、その過程にこそ最も素晴らしいドラマが存在するんだとも考えています。なぜなら、作品というのは聴くのは一瞬ですが、作るためには相当な時間を必要とし、その中には様々な人との関わりがあり、そして作り手の労苦が込められているのを実体験として知っているからです。

 

 アルバムという結果以前の過程を楽しむ、それこそがデジタル配信が主流になった時代でもシングルという形態が廃れない理由であり、そのアーティストのファンとして、シングルを聴きながら、「次はどんなアルバム作品がリリースされるのか!?」とワクワクした思いを馳せる、まるでレコードショップでレコードやCDを買って、家に帰るまでに、音を想像する際のあのワクワク感、ドキドキ感。それがシングル作を聴く際の音楽ファンとしての楽しみ方のひとつであるかなあと思うのです。

 



 

Green Day


オレンジ・カウンティのポップパンクシーンを牽引し、現在も世界を股にかけて大活躍を続けるセレブリティ、グリーン・デイという以外の紹介の仕方は難しいです。


さて、本作「Hithin' a Ride」は「BBC Live Session」の生演奏の模様を収めたシングル。これまでのグリーンデイの打ち立てててきたポップパンクの伝説というのは、過去の虚栄とはならず、現在も相変わらずのフックの聴いたリフを聴かせてくれています。

 

 いつまでも古びないド直球ロックンロールを奏でるのがグリーン・デイの魅力。それがBBCラジオのハイクオリティなPA機材によりさらに音の精細感がグレードアップ。ビリー・ジョーのカバーアルバム「No Fun Mondays」も傑作だったので、バンドとしての今後の活躍に期待していきましょう。 

 

 

 



 

Pinegrove 「Alaska」

 

 

 ニュージャージー州モントクレアで、エヴァン・ステファンズを中心に結成されたインディー・ロックバンド、パイングローヴ。

 

 エモというジャンルで語られる場合もありますが、その他にもアメリカンルーツ音楽からの影響が強く、懐深さの感じられるバンドです。今回、パイングローヴが11月にリリースした2曲収録の「Alaska」も、これまでの音楽性の延長線上にあり、アメリカの大自然を思わせるようなエモーションあふれる作品です。

 

 パイングローヴは、今まさに、正統派のアメリカン・ロックバンドとしての歩みを進めつつあるように思え、新作の二曲収録のシングルでは、爽やかで、青春味あふれるロックを楽しむことが出来ます。これまでのアメリカン・ロックの系譜を正当的に受け継いだ良質なロックバンド、2022年の1月28日にラフ・トレードから、六作目のアルバム作品「11:28 and more」のリリースが予定されていますのでファンは即予約!

 

 


 

 

 

 

Nils Frahm 「All Numbers End」

 

 

 

 ドイツ、ネオクラシカル界の至宝、ニルス・フラームの新作「Late」は「All Numbers End」に続いてリリースされた作品です

 

  2021年9月にF.S Blummとのコラボレーション作品「2×1=4」をドイツのLeitterからリリースした際のインタビューでは、これまでの自身のピアノ曲の作風について、「少々、ドイツ的でした」と揶揄的に語っていたニルス・フラーム。しかし、今作において伺えるのは、やはり、ニルス・フラームはこれまでの音楽性を変更する予定はないようです。

 

 ドイツのロマン派とジャズの中間性を保持した流麗なサウンドは、この二作でも健在です。バッハ、シューベルトといった、ドイツの古典派、ロマン派に属する音楽性を受け継いだ作品です、じっくりと噛みしめるように紡がれるピアノ曲は、およそなんらかの評言を付け加えること自体が無粋でしょう。


 日本の小瀬村晶、アイスランドのオーラヴル・アルノルズと共に、世界のネオクラシカルの最前線を行くニルス・フラームは、この最新の二作においてもずば抜けた才覚を見せています。 

 

 


 

 

 

Library Tapes 「Lullaby」

 

  

 ライブラリー・テープスはスウェーデン出身の電子音楽家、デイヴィット・ウェイグレンによるソロプロジェクト。ドイツを始め、ヨーロッパを活動拠点にしています。アンビエントやネオクラシカルに属するアーティストで、イギリスのチェロ奏者、ダニー・ノーバリーとの共作もリリースしています。

 

 透明感のある穏やかなピアノ音楽を数多くこれまで生み出してきている音楽家です。デイヴィット・ウェイグレンの音楽性は、日本の小瀬村晶にも似た上品な作風であるため、それほどこういったジャンルに馴染みが無い方でも安心して聴いていただける上、クラシックへの入り口ともなりえるでしょう。

 

 先月のシングル盤「Fall」に続いて、今月19日にリリースされた「Lullaby」 もこれまでのLibrary Tapesの音楽性を踏襲した作品で、落ち着いて繊細なピアノ曲といえます。それほどひねりの効いた音楽性ではありませんけれども、その奇をてらわない素直さがこのアーティストの魅力。シングル作「Lullaby」はオルゴールの音にも似たノスタルジアを感じさせてくれる一曲です。 

 

 

 

 


 

 

Caloline

 

 

 Carolineは、2020年にラフ・トレードとの契約に新たにサインしたロンドンを拠点の活動する8人組の再注目のロックバンド。

 

 これまで三作のシングル「IWR」「Dark Blue」「Skydiving onto the library loof」をラフ・トレードからリリースし、来年の2月25日、デビューアルバム「caroline」の発売が既にラフ・トレードから告知されています。キャロラインは、アメリカの山岳地方のフォーク音楽、アパラチア・フォークを基調とし、ギターアンビエントに比する奥行きのある心地よい重厚な音響空間を生み出しています。

 

 これまでにリリースされたシングル盤のアートワークに象徴されるように、大自然を思わせるような穏やかで、清涼感に満ち溢れた音楽。そして、実験性の高い作風を引っさげて、ロンドンのシーンに華々しく台頭しています。ラフ・トレードが大きな期待をもって送り出したキャロライン。

 

 今、まさしくロンドンのインディー・ミュージックシーンで再注目の8人組といっても過言ではありませんよ。

 

 

 

 

 

 


 

 

Sea Oleena 「Untethering」

 

 

 Sea Oleenaはカナダ、モントリオールを拠点に活動するシャーロット・オリーナとルーク・ロセスの兄妹プロジェクト。活動初期は、Bandcampを中心に活動しており、インディースタイルを貫きとおしているアーティスト。

 

 アンビエントやポストフォークに位置づけられる音楽で、どことなくメランコリアを感じさせる音楽性でありつつ、透明感の溢れる叙情的な傑作スタジオ・アルバムをこれまでに多く生み出しています。


 11月3日にCascineからリリースされた「Unthering」は、グルーパーにも喩えられるようなフォークとアンビエントを融合したSea Oleenaらしい作風。シンガーとしての存在感は凄まじく、浮遊感のある天使のような美しいシャーロット・オリーナの歌声が楽しめる一曲です。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Black Country New Road 「Bread Song」


 

 ブラック・カントリー・ニューロードは、英、ロンドンで結成された七人組のポスト・ロックバンド。ブラックミディと共に今最も国内で注目されている若きホープで、既に今年にリリースした「For the First Time」が大きな反響を呼んだことはコアなロックファンにとっては記憶に新しいことでしょう。

 

  今月2日発表された2曲入りのシングル「Bread Song」もこれまでと同様、Ninja Tuneからのリリース。これまでオーボエを始めとする木管楽器をバンドサウンドの中に緻密に取り入れ、多重的な構造を持つことから、スティーブ・ライヒの音楽がよく引き合いにだされているという印象。

 

 今シングル作において、ブラック・カントリー・ニューロードは、ポスト・ロックというよりもポストフォーク、さらにいうならポストトラディショナルとも称するべきアプローチを採っている。曲のテクニカルさではなく良さというのに重点を置いたオーケストラ音楽に近い独特な音楽性で、これからも既成のロック音楽に驚きをもたらすニューミュージックを生み出してくれそうな予感あり。 

 

 

 

 

 

 


 

Yumi Zouma 「Mona lisa」

 

 

 ユミ・ゾウマはNZ,クライストチャーチ出身の四人組シンセ・ポップバンド。これまで「In Camera」や「Persephone」といったおしゃれでスタイリッシュなポップサウンドを展開してきたバンドです。

 

今作は、ユミ・ゾウマのおしゃれなサウンドは維持しつつ、これまでのような弾けるようなポップ性ではなく、落ち着いてしっとりとしたシンセポップを展開。バンドの中心人物、クリスティーナ・シンプソンの生み出すセンス溢れるメロディセンス、軽やかなソングライティングの才覚はやはり「Mona lisa」でも健在。これからの注目したいNZの再注目の四人組ポップバンド。  

 


 

 

 

細野晴臣 「Sayonara America,Sayonara Nippon」


  

 今年のはじめにはNYのGramarcy Theater、LAのMayan Thaterのライブの模様を録音した「あめりか/Hosono Haruomi Live in us Tour」をリリースした細野晴臣さん。

 

 アメリカのインディー・ロック好きで知らぬ人はいないマック・デ・マルコとの共演を果たした「Honey Moon」では、日米の素敵なデュエットを披露し、ハルオミホソノ人気がこれからアメリカで急上昇しそうな予感。


 今作シングル「Sayonara America,Sayonara Nippon」は、ピアノ、マレットとアコースティックギターをはじめ、独特なパーカッシヴなアプローチを図ったこれまでの細野さんの音楽キャリア集大成ともいえる名作。

 

 シングル曲にもかかわらず、長い旅路をワイルドに歩くかのような物語性を感じさせる名ポップス。細野晴臣のこれまでの最高に美しい一曲として挙げておきたい。