Album of the year 2021
ーIndie Folkー
・Lord Huron
「Long Lost」Republic
元来、コンテンポラリーフォークの魅力というのは、もしかしたら、音楽性における時間性の欠如、音楽を介して現代という時間を忘れさせてくれることなのかもしれない。もし、仮にそうだとしたら、ニール・ヤングの2021年の新作「Barn」の他に、今年のフォーク音楽として出色の出来栄えの作品を挙げるなら、Lord Huronの作品「Long Lost」がふさわしいと言えるだろう。
ロード・ヒューロンの中心人物、ベン・シュナイダーは、ミシガン州出身のマルチインストゥルメンタルミュージシャンで、ヴィジュアルアートの領域でも活躍する人物である。
彼は故郷のミシガンからLAに旅行した際に、ヒューロン湖で音楽上のインスピレーションを得て、最初のレコード「Lord Huron」の制作に取り掛かった。その後、幼馴染を中心にバンドを結成、現在はLAを拠点として四人組で活動している。
今作「Long Lost」の魅力は、ベン・シュナイダーのフォーク音楽の伝統性、そして、アメリカの伝統的な音楽、アメリカーナに対する敬意に尽きるだろう。
それは、このレコードにおいて多種多様な形で展開される。時に、戦後間もない頃のUSAのテレビ番組のオマージュであったり、はるか昔の西部劇のサントラ、マカロニウエスタンやノワールといった映画の持つロマンチシズム、そして、第二次世界大戦後まもない頃、フォーク音楽家として国内で大人気を博した、レッド・フォーリーへの憧憬にも似たエモーションがこの作品には漂っている。
ロード・ヒューロンの描き出すフォーク音楽は、アメリカの独特なノスタルジアに彩られている。そして、表題にもあるとおり、現代と過去の間に時間性を失いながら音楽が続く。それは、この作品中のコラボレーション楽曲「I Lied(with Allison Ponthier)」にて最高潮に達する。
しかし、この作品で表現される主題は、果たして、アメリカの人々にだけ通用するものなのだろうか。いや、多分、そうではないように思われる。
この独特な第二次大戦直後の時代を覆っていた雰囲気、一種のロマンチシズムにも喩えられる感慨は、実は、アメリカだけでなく、世界全体に満ち広がっていたのかもしれない。いうなれば、絶望の後のまだ見ぬ明るい希望の満ち溢れた未来に対する希望でもあるのだ。それは現代の我々からの目からみても、一種の陶酔感、ロマンスを覚えるのかもしれない。そして、それは、現代のパンデミック時代にこそふさわしい、多くの人に明るい希望を与える音楽でもあるのだ。
・Surfjan Stevens Angelo&De Augustine
「Beginner’s Mind」 Athmatic Kitty
スフィアン・スティーヴンス、アンジェロ・デ・オーガスティンは、双方ともアメリカ国内では根強い人気を誇るフォークアーティストである。特に前者のスフィアン・スティーヴンスは、コンテンポラリーフォークに神話性や物語性を加味した幻想的なフォーク音楽で多くの人を魅了している。
そして、アメリカの人気フォークアーティストの二人が共同制作した「Beginner's Mind」はニューヨーク北部の友人の山小屋に共同生活を営み、生み出されたヘンリー・D・ソローの「ウォールデン森の生活」の現代版といえるレコードである。
もちろん、アルバムアートワークのガーナのモバイルシネマを象徴するデザインも、味わい深い雰囲気がかもしだされているが、実際の音楽については、痛快ともいえるほどのストレートなフォーク音楽が今作では堪能できるはずだ。
それは、二人が山小屋の中で毎晩のように、「羊たちの沈黙」をはじめとするホラー映画、そしてヴィム・ヴェンダースの「欲望の翼」といった名画を見ながら音楽的なインスピレーションを得た、というエピソードにも見受けられるように、ユニークな質感、そして、スフィアン・スティーヴンスの持つ物語性、幻想性、神話性というのが、この作品の中で遺憾なく発揮されている。
また、このニューヨーク北部の山小屋での作品制作中、彼ら二人が、易経をはじめとする禅の思想に触発されたことや、ブライアン・イーノの「Oblique Strategies」(メッセージを書いたカードを介して偶然性を交えて物事を決定に導く実験的手法)が作曲中に取り入れられている。もちろん、言うまでもなく、難しい話を抜きにしたとしても、遊び心満載の魅力的な楽曲が数多く収録されている作品。「Beginner's Mind」は、2021年のフォーク音楽の象徴的なレコードの一つに挙げられる。
・Shannon Lay
「Geist」 Sub Pop
シャノン・レイは、ここ数年、フォーク音楽をどういった形で自分なりのスタイルにするのか絶えず模索し続けてきたアーティストである。
元々、パンク・ロックバンド、Feelsのギタリストとして活動していたシャノン・レイは、ソロ活動の最初期、そのパンクロックの色合いを残したコンテンポラリー・フォークを主な特徴としていた。しかし、Sub Popと契約を結んで発表された前作「August」から、強いフォーク性を押しだすようになった。
例えば、それは、アコースティックギターの演奏の面でいうなら、フィンガーピッキングの弛まざる追究、自分らしい奏法を探求した結果が、演奏面、作品制作に良い影響を与え、以前に比べると、演奏面で、音楽性に幅広いニュアンス、特に、淡い叙情性が引き出されるようになっている。そして、目下のところ、シャノン・レイの作品の主題がどこに置かれているのかについては、自分自身のアイルランド系アメリカ人としての移民のルーツを、「フォーク音楽」というギターの表現を介して、ひたすら真摯に、探求しつづけることにほかならないのかもしれない。
おそらく、彼女自身が探し求める、はるか遠くの精神的な故郷、そして、その土地の風合いを表す音楽、アイルランドフォークロアに対する接近、それは、前作に続いてSub Popからリリースされた「Geistー概念」の背後を通して、展開される重要な主題に近いものである。もちろんこの作品は、最初のソングライティングの骨格をシャノン・レイ自身が生み出し、その後、シャロン・ヴァン・エッテンをはじめ、多くのアメリカのミュージシャンが携わることにより、完成した作品であるので、個人的な音楽というよりかは、複数のミュージシャンによる作品でもある。
しかし、それでも、この作品に、シャノン・レイらしい概念性が失われたわけではない。それどころか、以前の作品よりも強いアイルランド音楽の色合いが出たシャノン・レイというミュージシャンにとって、一つの到達点、もしくは、記念碑的なレコードといえるかもしれない。
以前まではたしかに、シャノン・レイにとって、アイルランドのフォークロアは憧憬の対象であったかもしれないが、それを、今回の作品において、シャノン・レイは過去に埋もれかけた時の中からその原石ともいうべきものを見出し、それを自分の元に手繰り寄せることに成功し、シャノン・レイ自身のフォーク音楽として完成させていることが、このレコードが魅力的にしている。もちろん、こういった深みのある音楽は、短期間で生み出されるものではない、そう、一夜の生半可の知識や技術、浅薄な楽曲の理解により、生み出されるものではないのだ。
つまり、このレコード「Geist」が今年リリースされた作品中で、なぜ、コンテンポラリーフォークとして傑出し、華やいだ印象を聞き手に与えるのだろうか。その理由は、近年、シャノン・レイ自身が、フォーク音楽に、誰よりも長く、真剣に向き合ったがゆえに生み出されたレコードだからである。一見、聴いて楽しむためのように思えるフォーク音楽というのは、実は徹底的に突き詰めると、概念的な表現に変容すると明示した意義深い作品である。