Album of the year 2021
ーIndie Rock/Alternativeー
・Lightning Bug
「The Color Of The Sky」 Fat Possum
ライトニング・バグは、ニューヨークを拠点に活動するドリーム・ポップバンド。Audrey Kangを中心に、Kevin Copeland,Logan Mlleyの3人で結成された。
その後、Dane Hagen,Vincent Pueloが加わり、五人編成となった。2015年には、自主レーベルから「Floaters」をリリースしてデビューを飾り、その後、ミシガン州のFat Possumと契約を結び、今年、最新作を発表している。
この「The Color The Sky」は、米国ニューヨーク北部の山岳地帯”キャッツキル”でレコーディングされた作品で、夜空の満点の星空を眺めるかのようなロマンチシズムに満ちている。何と言っても、このバンドのサウンドの骨格を形作るのは、Audrey Kangの透き通るような歌声、そして、その歌を背後から支える、おだやかでやさしいインディー・ロックサウンドにあるといえる。
レコーディングが行われたニューヨーク北部キャッツキルの山々の清涼感を呼び覚ますような作品であり、それが聞きやすいポップス、フォーク、ロックという3つの形態をとって上質な楽曲として提示されている。
Audrey Kangの生み出す楽曲はどこまでも素朴で、純粋な響きが込められているが、この作品「The Color The Sky」について、ライトニング・バグの楽曲の多くのソングライティングを手掛けるAudrey Kangは以下のように語っている。
「リスナーには、自分の内面の世界を探求してほしいと思います。この作品は、自分を信頼すること、自分に深く正直になること、そして、自己受容が無私の愛を生み出すことを主題にしています」
この作品は実際の音楽性については無論、自分の中にある本来の美しさ、そして、自分という存在の尊さはこの世のすべての人に存在する、自分が存在していることがそのまま大きな価値という真理に思い至らせてくれる作品。
「無私の愛」という、この世の中で唯一の真理に根ざして制作されたレコードであること、それこそが私がこの作品を心から愛し、今年のインディーミュージックの最高の一枚として挙げておきたい理由である。
・Mdou Moctar
「Afrique Victime」 Matador
Afrique Victime [解説・歌詞対訳 / ボーナストラック収録 / 国内盤] (OLE1614CDJP)
エムドゥー・モクターは、既に日本のサイケデリックロックファンの間でも注目度が高まっている、西アフリカのジミ・ヘンドリックス、ヴァン・ヘイレンの再来とも称される左利きの天才ギタリスト、エムドゥー・モクターを擁するロックバンドである。
昨日、バラク・オバマ元大統領のお気に入りの楽曲を集めたプレイリスト「Barack Obama's Playlist」がSportifyで公表されたが、そのプレイリスト中に「Afrique Victime」の「Tala Tannam」がリストアップされている。バラク・オバマ元大統領は相当な音楽通であることは疑いないようである。
元々は、両親にギターを演奏することを反対され、自転車のワイヤーを改造して自作のエレクトリックギターを作り、演奏法を独学で習得し、自作の音源集を音楽アプリケーションを介して発表していたエムドゥー・モクターは、西アフリカ、砂漠地帯のニジェールのタマシェク族の出身であり、その西アフリカの砂漠地方の伝統、文化、そして思想を、一身に背負ったアフリカの伝道師とも呼ぶべき人物である。
アフリカという土地が世界でも辺境ではないことを、彼はエレクトリックギターの演奏を通じて、勇ましく主張している。
もちろん、そのような思想じみたことはそれほど重要ではない。エムドゥー・モクターの演奏というのは、思想を越えた偉大な芸術のひとつである。それが何度も私がこのギタリストの記事を書いてきた理由でもある。
しかし、アフリカ大陸にルーツを持つが故にデビューする年代も一般のミュージシャンよりも遅れてしまったことも事実である。
それでも、いよいよ米国の名門インディーズレーベル「Matador」との契約を果たし、アフリカだけではなく、世界的なロックミュージシャン、ギタリストとして活躍し始めるようになったことは世界的に見ても重要なことといえる。
このエムドゥー・モクターの最新作「Afrique Victim」は、アルバム全体を通して、一部がフランス語で歌われているのを除いては、すべてがアフリカの固有の言語「タマシェク語」で歌われている。
言語というのが今日の世界において、どこまで後世に残るものなのかは疑わしいところである。いつ、何時、どの民族が憂き目にさらされるのか、それはたとえばウイグルのチベット民族の排斥という事実をみても、明日、どの民族の文化、言語が失われていくかわかったものか知れない。
だからこそ、この作品「Afrique Victime」は、今年のインディー・ロックのリリースの中で最も象徴的な一枚として挙げておく必要があるのだ。
「アフリカの犠牲」は何を語るのか?
それはこの天才ギタリストの唸るような迫力満点のギターののびのびとした演奏に込められている。悲哀、歓喜、祝福、すべての神々しい感情がエムドゥー・モクターの演奏には宿っており、とりもなおさず、そのことがこの作品に、神聖な雰囲気を与えている理由でもある。そして、エムドゥー・モクターが、西アフリカの固有言語「タマシェク語」で真心を込めて歌うこと、また、西アフリカの伝統音楽を下地にしたサイケデリック・ロックを奏でること、この2つは冗談でもなんでもなく、「世界」という大きな視野を持った際には意義深いと言えるだろうか。
・Beach Fossils
「The Other Side Of Life:Piano Ballads」 Beyonet
The Other Side of Life: Piano Ballads (AMIP-0268)
音楽というのは、時に、実際の表側に顕れた音よりもはるかに味わい深い何かを聞き手の情感に呼び覚ますことがある。
そのことを端的に表すのが、ニューヨーク、ブルックリンのインディー・ロックシーンをCaptured Tracks の旗手としてワイルド・ナッシングやマック・デマルコと牽引してきたビーチ・フォッシルズの最新作「The Other Side Of Life:Piano Ballads」である。
この作品は、「Somersault」や「What A Pleasure」をはじめ、これまでビーチ・フォッシルズが発表してきた代表的な作品を下地にし、バンドの中心人物であり、ビーチ・フォッシルズの楽曲のソングライティングの多くを手掛けてきたダスティン・ペイザー、そして、既にこのバンドを脱退している元ドラマー、トミー・ガードナーが再び協力し、二人三脚で生み出された美麗な感情を感じさせるジャズアレンジアルバムである。
作品の制作が開始されたのは、パンデミックが始まった時だ。ダスティン・ペイザーがトミー・ガードナーに連絡をとり、作品に取り掛かった。そこで、ペイザーは、このかつてはバンドで演奏や作曲をともにした友人のこれまで見いだされなかった隠れた才能に気がついた。それは、ニューヨークのジュリアード音楽院で体系的にジャズ音楽を学んだがゆえのジャズマンとしての才覚だった。
トミー・ガードナーのサックスやピアノを始めとするジャズ奏者としての際立った演奏力は、全てこの作品の中に表れている。それは、かつての往年のニューヨークのジャズマン、マイルス・デイヴィスやジョン・コルトレーンのような正統派の才覚がこのアルバムの全体に表れ出ているように思える。
そして、この作品が美しい響きを持つ理由は、これまで多くの時間をバンドメンバーとして過ごしてきたからこその味わい深い人情、この世で最も美しい感情が「The Other Side Of Life:Piano Ballads」には貫流しているからだ。言ってみれば、なにか、この作品の実際の録音から感じ取れるのは、この二人が隣に座ってピアノを一緒に演奏しているような微笑ましい姿なのである。
音楽を通して繋がってきた友人の清らかな感情、思いのようなものが、美麗に、弛まず、ゆるやかなジャズアレンジ曲を通して流れていく。
これらの8つの楽曲には、二人のバンドメンバーの互いの敬意、そして、感謝、また、それより上の愛情のようなものがじんわり感じられる。このアルバムでの音楽をとおして伝えられる二人の感情表現は、きっと、聞き手の心を掴み、ぐっと何か惹きつけられるものがあるに違いない。
・The Album Leaf
「In An Off White Room」 Album Leaf /Eastern Grow
アルバム・リーフは、Tristezaを解散させた後に、ジミー・ラヴェルがあらたに立ち上げたポストロックバンドである。
2000年代からモグワイ、シガー・ロスと並んでポストロックのセカンドウェイヴを牽引してきた偉大なロックバンドだが、上記の二バンドに比べると、一般的な知名度という点ではいまいち物足りないように思える。それはひとつ、アルバム・リーフは生粋のインディー・ロックバンドといえ、商業的な成功を度外視し、DIYバンドとしてのスタイルを維持してきているからである。
アルバム・リーフは、myspace等の配信サイトを中心に2000年代から2010年代にかけて楽曲の発表を行ってきたこともあり、これまでリリースした多くの作品の原盤は既に入手困難となっている。
しかし、表向きの知名度とは別に、アルバム・リーフはやはり素晴らしいインディーロックバンドであることには変わりはない。作品毎に成長を緩やかに続け、他のロックバンドには紡ぎ出せないエモーション、繊細さ、そしてギターロックとしての深みを追究してきた硬派のグループでもある。
今作「In An Off White Room」は、ミニアルバム形式ではありながら、アルバム・リーフの集大成ともいえるような作品である。
これまでのアンビエントとポストロックの中間をいくかのような絶妙なサウンドアプローチは維持しつつ、鳥の声のサンプリングをはじめ、実験音楽の要素が込められている。電子音楽家とは異なり、ロックという領域において、ここまでアンビエントという音楽に近づいたバンドはアメリカのアルバム・リーフを差し置いてほか見当たらない。
最初期からのクリーントーンのギターの美しいアルペジオは健在、 ハーモニーの凄みはすでに名人芸の領域に達している。十数年間、流行の商業音楽からかけ離れた正真正銘のインディーロックをたゆまず追究してきたバンドの精神力と忍耐力が生み出したひとつの音楽スタイルの頂点である。