「The Scary of Sixty-First(Original Motion Picture Soundtrack)」Deeper Into Movies 2021
イーライ・ケスラーの最新作「The Scary of Sixty-First(Original Motion Picture Soundtrack」は、アメリカの”ユートピア”によって配給されたダーシャ・ネクラソワ監督による映画作品のオリジナルスコアとして書き下ろされたサウンドトラックとしてリリースされています。
「The Scary of Sixty-First」は、第71回ベルリン国際映画祭で初上映されたホラー映画。ベッツィ・ブラウン、クイン、ダーシャ・ネクラソワ、マーク・ラパポートが出演を果たしている作品で、この映画は、ミステリアスなホラーともいうべき作品で、二人のルームメイトがアッパーイーストサイドの自分たちが住んでいる住居が、かつて億万長者のジェフリー・エプスタインのものであることを発見したのち、この二人のルームメイトたちは、その暗い歴史を明らかにし、彼らがその出来事を追体験する、というプロットによって大まかに構成されています。
いくつかの海外の映画レビューサイトでは、映画自体の評価については賛否両論のようです。有名な映画サイトでは高評価を受けていますが、個人サイトでは、軒並みそれほど評価が芳しくない作品です。
また、これらの有名サイトでは、このサウンドトラックについても言及し、そこでは、ジョン・カーペンターのシンセサイザーの影響性、ウィリアム・バシンスキーのアンビエントからの影響の2つが挙げられていますが、まさに、その「幽霊のようなアンビエント」という評言はこのホラー映画作品のオリジナルスコアを説明するに当たってふさわしい表現といえるでしょう。
実際に、イーライ・ケスラーは「The Scary of Sixty-First」のサウンドトラックを書き下ろすに当たって、ジョン・カーペンターのシンセサイザーのスコアを参考にし、その上に自身のもうひとつの現代的な音楽性、アンビエントの要素を加味しています。
これまでの「Stadium」や「Icon」といったイーライの代表作とは異質であるのは、旧来の頭脳明晰なインスターレーションアーティストらしいアプローチとは違い、オカルティズムに対する傾倒を色濃く見せている点。「Nightmare」では、五芒星、タロットの配列を作曲を構成する上で数学的に取り入れている、とイーライは話しています。
これまで、こういったオカルト的な手法を取り入れてはこなかっため、ケスラーのソロ作品の音楽性から見ると、根底の部分において通じる部分もありますが、表面的な雰囲気としては異色の作風といえます。
また、今回のイーライ・ケスラーのオリジナルスコアで最もすぐれていると思われるのは、映像を派手な音響効果によって際立たせるのではなく、一歩引いたような音響を生み出すことで、映像に対して、より強い効果を生み出し、映像を派手にみせるというよりも、主要な雰囲気を隠すことにより、神秘的なイメージを演出しています。また、ドローンアンビエントとしてみてもかなり興味深い作品であり、映画のサウンドトラックが好きな方は一聴する価値ありです。
Eli Keszler
イーライ・ケスラーは、若い時代からドラムの演奏に親しみ、十代の頃にはハードコアバンドを組み、活動しています。ボストンのニューイングランド音楽院を卒業したのち、ニューヨーク市に移り住み、ソロアーティストとしての活動を開始しています。ケスラーは他の現代音楽家が弦楽器やピアノを介して実験音楽のアプローチを図るのとは別に、ドラムーパーカッションを介しての実験音楽を独自に追究しています。
ときに、その前衛的な手法は、空間に張り巡らせた多数のピアノ線をモーターによって打ち付けることにより、「パルス奏法」と呼ばれる1960年代にドラムの前衛的な演奏法を取り入れているのが画期的といえるでしょう。
イーライ・ケスラーは、2006年に自身が主宰するRelレコードから、限定CD「Untiteled」を発表。その後、Rare Youthから「Livingston」をリリース。2007年からはR.E.L.Recordsと契約を結び、アシュリー・パールとの作品「Eli Keszler&Ashrel Parl」を発表しています。
その後も、コラボ作品をいくつか発表後、2011年には「Cold Pin」をPanからリリースしてデビュー。この作品「Cold Pin」において、イーライ・ケスラーは、空間に張り巡らせたピアノ線をモーターにより断続的に鳴らすことにより、トーン・クラスターを生み出し、所謂現代アートのひとつ「サウンドインスターレーション」を取り入れた音響の前衛芸術を確立しています。
その後も、アイスランド交響楽団との共演をはじめ、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー、ローレル・ヘイローといった、アンビエント、ダブステップの領域で活躍する実験音楽を生み出すアーティストの作品にゲスト参加を重ねながら、ソロ作品を発表。
2016年「Last Signs of Speed」、2018年にShelter Pressから「Stadium」を発表し、徐々にアメリカの音楽メディアにより実験音楽として高い評価を受けるようになる。2021年にはLuckerMeから「Icons」、次いでこの作品の再編集盤「Icons+」を11月17日に発表。
特に、最新作「Icons」は、ロックダウン中のニューヨークの中心街、中国深圳の電気街、また、日本の富ヶ谷公演で録音したサンプリングをはじめ、世界各地で録音した環境音、他にも1920年代のフィルム・ノワールのサンプリングを取り入れ、パーカッション演奏を介し、現実、仮想、異なる時間、空間を一つの作品の中で音でつなげてみせた画期的な実験音楽の一つに挙げられます。
References
Allmusic.com
https://www.allmusic.com/artist/eli-keszler-mn0002239858/biography?1638469364092
Wikipedia