Pinegrove
パイングローヴは、2010年、ニュージャージー州、モントクレアにて、エヴァン・ステファンズホールとザック・レヴァインを中心に結成されたインディーロックバンド。ステファンズホールとレヴァインは幼馴染で、パングローヴを結成する以前に様々なロックバンドでの活動を行っている。
パイングローヴのバンジョーやペダルスティールギターを活用する音楽スタイルは、一般的にはエモとオルタナティヴロックの中間に位置づけられている。2012年に、デビューアルバム「Meridian」をリリースし、DIYスタイルのホームライブを中心に活動を行ってきたバンドである。
パイングローヴは、インディーズレーベル”Runfor Cover"と契約した後、「Everything So Far」という初期作品のアンソロジーを発表。その後、二作目スタジオアルバム「Cardinal」の発表を期に、熱心なファンを獲得し、 様々な音楽メディアのトップ10リストに選出される。次の作品「Skylight」を録音した後、パイングローヴはメンバーの個人的問題により一年間活動を休止を余儀なくされる。スタジオアルバム「Skylight」は、その後、2018年に自主制作としてリリースされ、その後続いて行われたツアーは多くがソールドアウトとなり、大盛況を博した。
2019年、パイングローヴは次なる挑戦に踏み切るため、UKの名門インディーズレーベル"Rough Trade"との契約に署名し、十一曲収録の快作アルバム「Marigold」をリリースした。
パイングローヴは、文学的な叙情性とファンの根強い人気を誇ることで知られている。最初期はインディー・エモシーンで人気の高かったバンドであるが、徐々にファン層の裾野を広げつつある。バンド名は、エヴァン・ステファンズホールが以前在学していたケニオン大学の自然保護区にある有名な松並木にちなんでいる。それらの実際、ステファンズホールの脳裏にやきついてやまない記憶の情景は、特に、正方形の形状を使用した幾何学模様のアルバムアートワークや商品のアンパサンドのデザインに積極的に取り入れられている。また、パイングローヴは、歌詞の中で、政治的な問題を積極的に提起し、実際の活動の段階においても、アメリカの公民権団体への慈善寄付などを率先して行い、進歩的な目的を持って活動するインディー・ロックバンドである。
「11:11」 Rough Trade
11:11 [国内流通仕様盤CD / 解説・歌詞対訳付] (RT0270CDJP)
Tracklisting
1.Habitat
2.Alaska
3.Iodine
4.Orange
5.Flora
6.Respirate
7.Let
8.So What
9.Swimming
10.Cyclone
11.11th Hour
今週のおすすめとして紹介させていただくのは、昨日1月28日にラフ・トレードからリリースされた「11:11」となります。
この作品は、デス・キャブ・フォー・キューティーのクリス・ウォーラをレコーディング・エンジニア、プロデューサーとして迎え入れ、これまでホームレコーディングを中心にアルバムを制作してきたパイングローヴが、初めて本格的にスタジオレコーディングを行った音源となります。
「11:11」は、ニューヨーク州北部の2つの施設、マールボロビル、また、バンドの元ドラマーに因んで名付けられた18エーカーの複合施設ウッドストックのレボンヘルムスタジオで大方の録音がなされ、COVID-19のパンデミックの起こった最初期に、大部分の録音が行われた作品です。レコーディングは上記の2つのスタジオを中心にバンドメンバー行われていますが、その他、ベーシストのミーガン・ペナンテがLAで別録りした音源素材を提供している作品でもあります。
先行してリリースされているパイングローヴの多くの作品は、サム・スキナーがミックスを手掛けていましたが、バンドは過去の洗練された作風とは裏腹に、より完成度の高いアプローチを模索しており、今回「11:11」の音のテクスチャーの中に「メシエ」の技法を取り入れるため、新たにデス・キャブ・フォー・キューティーのクリス・ウォーラを起用、その抜擢が功を奏し、以前はややぼんやりしていた曲の雰囲気が、今回の作品ではマスタリング段階においてダイナミクスの振れ幅を大きくしたことにより、これまでになかった華やいだ効果をこれらの楽曲に与えています。
先行シングルとしてリリースされた「Alaska」「Orange」「Respirate」といったアルバム全体の中でも鮮烈な印象を聞き手に与えるであろう楽曲において、パイングローヴはまた、上記のような未知への挑戦へ踏み出す過程において、ロックバンドとしての類まれなる力量を演奏と作曲を介して見事に示してみせたといえるでしょう。これらのパイングローヴらしさが遺憾なく発揮されたアメリカのルーツ・ミュージック「アメリカーナ」の影響を強く感じさせるおだやかでききやすさのある作風は、長きにわたり楽しんでいただけるはずです。
その他にも、シングル作としては収録されなかった「Lodine」「So What」は、これまでのエモコアの歴代の楽曲の中でも屈指の伝説的な名曲に数え上げられ、コンテンポラリーフォークとエモを巧みに融合し、エヴァン・ステファンズホールのアメリカーナから引き継いだ歌唱法があたたかみのあるコーラスと合致し、デス・キャブ・フォー・キューティーのクリス・ウォーラのオンオフのダイナミクスを最大限に活用したマスタリングの手腕が見事に生かされた楽曲です。
また、今回のアルバムで新たなサウンドレコーディングの手法を取り入れたパイングローヴは、作詞の側面でも新たなチャレンジを試みています。
世界の気候変動に対して無関心を装う政治家についてうたう「Orange」。人種的な計略とアメリカ国家の衰退についてうたう「Habitat」。また、個人的な失敗を朗らかにうたう「Let」。パンデミック時代の個人的な心情を恬淡とうたう「Lodine」をはじめ、このロックバンドの支柱、エヴァン・ステファンズホールの紡ぎ出す文学的世界は、社会的関心から個人的問題まで幅広いテーマが掲げられており、この題材の間口の広さが、パイングローヴの作風に音楽性に奥行きと多様性をもたらしています。
そして、このスタジオアルバムに流れている時間が、実際の再生時間よりもはるかに豊潤かつ上質、何より美しく感じられるのは、他でもない、今回、パイングローヴが苦難多き現代というパンデミック時代において、このフルレングスの傑作「11:11」に深い愛情と人間的な温かみを添えているからなのです。
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