サイケデリック/ローファイ 近年注目のアーティストの名盤をピックアップ

ポピュラー音楽におけるサイケデリックという要素は、御存知の通り、1960年代後半のアメリカの西海岸の地域、カルフォルニアやサンフランシスコを中心に花開いたカルチャーです。若者のドラッグ文化、及びヒッピームーブメントは、ロックと密接な関わりを持ちながら、メインカルチャーとして形成されていくようになりました。

 

このカルチャーの流れを汲んで、アルバムジャケットのアートワークの中にもサイケのコンセプトがアートとして取り入れられるようになりました。これらのロック・バンドとして代表的であるのが、グレイトフル・デッド、ニューウェイブシーンのバンドとして登場したザ・レジデンツ、13th Floor Elevatorといったサイケデリックの象徴的なバンド群です。グレイトフル・デッドはどちらかといえば、ジミ・ヘンドリックスに近いロックで、13th FloorElevatorは、ひときわサイケデリックの色合いが強い、このジャンルを象徴する名盤「The Psychedelic of~」の中において、サーフロックをよりマニアック音楽として提示しています。1970年代までは、サイケデリック・ロックムーブメントは、アメリカのピッピー文化を謳歌する若者を中心に盛り上がりを見せていましたが、この年代以降、1980年代からはLAのロックシーンを見ても分かる通り、商業ロックが優勢になっていったため、徐々に、このサイケデリックの旗色を掲げるバンドは少なくなり、このカルチャー自体も衰退へ向かっていくようになりました。

 

ところが、2000年代に入ってからというもの、特に、2010年代からアメリカの西海岸、カルフォルニアを中心に、これらのサイケデリックを聞きやすいポピュラー音楽として再定義するバンド、あるいはホームレコーディングのアーティストが徐々にインディーシーンに台頭してくるようになりました。この地域では、特に、マック・デマルコに象徴されるように、ダンスミュージックとサイケの概念を絶妙に融合した魅力的なアーティストが数多く活躍しています。また、これらのバンドは、既に、古びてしまったように思えるサイケの概念の文脈をより親しみやすいものに変え、新たにポピュラー音楽として提示する。

 

その中には、往年のサイケデリックロックに加え、ディスコサウンド、ヒップホップのサンプリングカルチャーの中に見られるローファイという概念を取り入れたり、あるいはアシッド・ハウスに見られるような蠱惑的な電子音楽の雰囲気を取り入れ、現代的な質感をレコーディングやDTMにおいて追求し、スタイリッシュなサウンドをこれらのバンドは提示することに成功しています。

 

今回、かなり久しぶりになってしまい恐縮ですが、近年のアメリカ西海岸のバンド、アーティストを中心に、世界の魅力的なサイケデリック・ローファイの名盤を以下に取り上げていきます!!

 

 

Connan Mochasin 「Jassbusters Two」





コナン・モカシンはメキシコのソロアーティスト・コナン・ハスフォードのソロプロジェクトで、サイケデリックシーンの鬼才ともいうべきミュージシャン/ギタリストです。このアーティストの楽曲は独特で、デチューンのエフェクターを用いギターのトーンを揺らすことにより、音調を敢えてずらすという試みを行っています。

 

2018年の代表作「Jassbusters」の連作のニュアンスを持つこのアルバム「Jassbusters Two」では、往年のエリック・クラプトンに近いギター演奏のアプローチを試み、サイケ色溢れる作風を提示しています。

 

コテコテのサイケデリックロックではなく、エレアコサウンドに近い落ち着きのある内的な心理の揺らぎとよぶべき繊細な感覚を、コナン・モカシンはこの作品において表現しています。特に、4曲目の「In Tune 」はサイケでありながら、奇妙な癒やしの質感に彩られた通好みのギターロックです。


 




Ariel Pink 「Dedicated to Bobby Jameson」




 

 アリエル・ピンクは、LAを拠点にするアーティストで、西海岸のサイケデリック/ローファイシーンを牽引してきた存在で、アニマル・コレクティヴとも深いかかわりを持ってきているようです。アイエル・ピンクのサウンドはホームレコーディングによって生み出されるジャンクな雰囲気が漂う。

 

「Dedicated to Bobby Jameson」では独特なシンセポップをホームレコーディングによって生み出しています。印象としてはシドバレット在籍時のピンクフロイドにも似ているかもしれません。基本的にはダサいんだけれど、なんだか妙にカッコいいという、いかにもサイケの二元性を象徴するような作品で、宅録ソロアーティストとして活躍するパート・タイムにも近い音楽性を持つ。70年代のフォーク、ポップ、ロックの音楽へのノスタルジアを感じさせるシンセ・ポップは、ニューヨークの「ソロ・ニュー・オーダー」と称されるソロアーティスト、ブラック・マーブルとも親和性が高いようです。このあたりのマニアックな感じに共鳴するかが、このアーティストの作品と相性が合うかのスレスレの境目となるでしょう。


 


Part Time 「P.D.A」

 


上記のアリエル・ピンクとパートタイムが異なるのは、ロック性が滲んでいるかどうか。特に、サンフランシスコのパートタイムは自身のメロディーセンスを生かして、ジャンク感あふれるシンセポップに取り組んでいます。時に、そのメロディーの雰囲気はザ・スミスに近い哀愁も漂う場合もある。 


パートタイムの名盤は、他にも「It's Elizabeth」が収録された「Virgo's Maze」も捨てがたくあるものの、ここでは、シンセポップのアンセムソング「Night Drive」が収録された「P.D.A」を取り上げておきます。トーンを意図的にずらしたシンセの音色、よくも悪くも気の抜けたようなデビット・ブラウンのボーカルもマニア心をくすぐるものがある。特に、このアーティストは、ビニール盤でそのローファイの真価を味わえるアーティストとして御紹介します。


 



Deerhunter 「Microcastle」




ディア・ハンターは現代的なロックの文脈において、サイケデリック/ローファイというジャンルを再定義しようと試みるバンド。アリエル・ピンクとともにこの辺りのシーンの象徴的なバンドに挙げられるでしょう。

 

2008年にリリースされた「Macrocastle」はストロークスのような、まったりとした雰囲気を持つローファイサウンドが魅力です。このジャンルに馴染みのないリスナーにとってもとっつきやすさのあるサウンド。1970年代のポピュラー・ミュージックの良いとこ取りをしたような作風で、ディスコサウンドに対する傾倒が見られるノスタルジアに塗れたインディーロック作品です。 


 


Mild High Club 「Skiptracing」

 


カルフォルニアを拠点に活動するマイルド・ハイ・クラブが他のバンドやアーティストと異なるのは、R&Bという文脈からこのサイケデリック/ローファイというジャンルに脚光を当てようとしている点にあります。

 

このバンドは、特に、ディスコサウンドや古典的なR&Bに強い自負心を持っており、レコードから流れてくるサウンドをレコーディングやライブにおいてどこまでそれを現代的な感性で再現し、新たなサウンドとして再定義するかという意図を持って作品制作を行っているように思えます。いわば、レコード通としての矜持のようなものを掲げてソングライティングやレコーディグを行うバンドです。

 

King Gizzard&The Lizard Wizardとの共作「Sketch of Brunswick East」も代表作としてあげておきたいところですが、ここでは2016年の「Skiptracing」を取り上げておきます。このアルバムでは、近年のカルフォルニアのサイケ/ローファイらしいサウンドが掲げられ、R&B,シンセ・ポップ、オルタナ・ポップを自由自在に往来し、独特なマニア向けのサウンドが展開されていますよ。


 

 


坂本慎太郎 「できれば愛を」





ゆらゆら帝国からサイケデリック・ロックの質感を自身の重要な音楽性のひとつに掲げてきた坂本慎太郎。最早、多くの説明は不要、実は、アメリカのインディレーベルからも作品をリリースしたことがあります。

 

親しみやすさのある音楽性、それと裏腹にドキリとするような社会への風刺を込めるのがこのアーティストの魅力で、そこに肩肘をはらない等身大の姿、ありのままの音楽家としての姿をこれまで音楽を通して見せてくれています。

 

長らくサイケデリック音楽を追求してきた坂本慎太郎にとって、ひとつの到達点ともいえるのが、2016年の「できれば愛を」です。

 

「ラメのパンタロン」時代からの、舌っ足らずで、もったいぶったような歌いぶりは今なお健在。昨今ではさらにその歌いぶりに磨きがかかっている。アメリカのインディーレーベルとも関わりを持ちながら、英語で歌おうという概念はこのアーティストには全く存在しないのが頼もしい。日本語歌詞の独特の五感を活かし、それを、いかにクラシカルでメロウなロック、サイケサウンドを結びつけるか。その一つの解答がこの作品「できれば愛を」で顕著に提示されています。


 

 



Kikagaku Moyo 「Masaba Temple」





幾何学模様は、東京出身のサイケデリック・ロックバンド。


ポルトガルのジャズミュージシャン Bruno Pernadas をプロデューサーに迎えて制作された最新作『マサナ寺院群』は「Discogs で最も集められた日本産レコード 2018/2019前半」の首位を獲得。2019年には、アメリカ最大級の音楽フェスティバル「Bonnaroo」、ヨーロッパ3大フェスの1つ「Roskilde」の出演に加え、Gucciとのビジュアルコラボレーションも行うなど、ジャンルを超えた活動のスケールは拡大を続けている。 

 

幾何学模様のサウンドは、表向きにはサイケデリアの色彩を感じさせながらも、そこにジャズ、民族音楽の要素を織り交ぜています。特に、日本の古い民謡、童謡、歌謡曲の個性を引き継いで、そこに、現代的でスタイリッシュな質感を追求しています。その世界観は、トクマルシューゴに近い日本のフォークロアの雰囲気によって彩られている。


2018年にリリースされた「Masana Templle」はアジアンテイスト溢れるサイケデリックサウンドが展開されており、このバンドの魅力が引き出された一枚です。サンフランシスコ、LAとは異なるアジアのサイケデリックロックを体現した個性的な雰囲気にあふれる良盤として挙げておきたい作品です。