言葉で私達が感じる全てを説明することは出来ません。私達が生まれたばかりで、母親が私達を腕に抱き、頬に肌を感じている時に感じる感覚を表現するにはどうすればよいのでしょうか。
私達は、彼女の温かさ、温もり、愛情をはっきりと感じますが、それを完璧に言葉で表現するのは難しい。音楽は、その感覚、感情、愛の記憶を翻訳できる言語なのです。
ハチス・ノイト
ハチスノイト自身の声のみで制作された2014年のアルバム「Universal Quiet」では、 クラシカル、民俗音楽、ウィスパー、ポエトリー・リーディングなどを昇華し、独自の歌唱解釈を構築した歌手・音楽家ハチスノイト。その後、ロンドンに拠点を移した声楽家が新作アルバムをペンギン・カフェ・オーケストラ、ニルス・フラーム、キアスモスなどのリリースで知られるロンドンのインディペンデントレーベル”Erased Tapes”から、2022年6月24日にリリースします。
ハチスノイトは、この日本の十年の時代の流れを自身の声、そして、フィールドレコーディングによって訪ねる。それは2011年の東日本大震災からパンデミックまでの時代が一つの作品の中で声楽という形で表現されています。これは、日本や世界の十年の歴史を描いた声楽における貴重な証言とも言えます。
ハチスノイトが声楽に目覚めたのは、16歳のとき。ネパールにあるブッダの生誕地をさしてトレッキングを行っていた時、ある朝、尼寺に滞在していたハチスノイトは、お堂でお経を詠唱するある尼僧と出会いを果たす。その声の原始的な力強さに、ノイトは心打たれた。人類、自然、そして宇宙の本質に目覚めることにより、声楽の本質に思い至る。「声」は、人間にとって最古の直感的なものであり、そして、特別な楽器のひとつであると、彼女は気がついたのです。
アルバムのタイトル曲「Aura」では、彼女の生まれ故郷の北海道・知床の森で道に迷った際の心象風景を垣間見ることが出来ます。「日が暮れていく森の中、自分の死がとても近いところにあるような気がしました。自分が一個人であるというよりかは、自然の中に溶け込んで、それと一体になっていくような。そこで見出した畏怖と安らぎの感覚は、私の音楽制作の原点となりました」
新作アルバムは、長い時間をかけ、制作が行われています。この中で唯一、彼女の声以外の音が使用された「Inori」では、福島の原発から、わずか1キロという近距離にある海辺でフィールドレコーディングされた海の音を聴くことが出来ます。福島の帰還困難区域が解除された時、死者の追悼式に招待されたハチスノイトが、地元の人に故郷に戻れるように、と切実な祈りを込めて捧げられたものです。これは、2011年の震災時、津波で失われた命に捧げられたものであり、また、その声は、同時に、福島の地元の人達が故郷に持つ多くの美しい思い出に捧げられたものでもあります。
アルバムタイトル「Aura」は、御存知、ドイツの哲学者、ヴォルター・ベンヤミンの著作に触発され名付けられています。 パンデミックのロックダウンをハチスノイトは、日本ではなく、ロンドンで体験しました。彼女は、ライブにおいて、実際に、観客とひとつの空間を共にすること、ライブで起きる一度きりの体験の貴重さを痛感したと言います。パンデミックは、ハチスノイトに内面を見つめ直す契機を与え、人生の喜びと豊かさを思い起こさせるきっかけを与えたのです。
その後、ドイツ・ベルリンのスタジオで行われたレコーディングで、彼女はわずか8時間で全てのボーカル録音を終えています。その後、ロックダウンに入り、地元のイーストロンドンでミックス作業を行うことになった。
「パンデミックの間、私は、本当に苦労をしました。歌手として、私は、コンピューターでの作業があまり得意ではありません。私は物理的な空間でライブパフォーマンスを行うほうがずっと好きです。人と一緒に居て、同じ空間を共有し、その瞬間のエネルギーを感じことは、毎回、私にインスピレーションを与えてくれます。私にとってアートとは、その共有された瞬間です」
さらに、このパンデミックの経験は、ハチスノイトに、より深い内省的な感慨を与えました。しかし、反面、その重圧によって新作アルバム「Aura」で生み出されたのは、世界で起きていることに対する救済、さらに、人生の喜びと豊かさをもたらすという能動的な表現でした。
制作には、新たなコラボレーターとして、アイスランドのビョーク、M.I.A、さらに、FKA Twigsなどの作品のエンジニアを務めたマルタ・サロニが招かれています。地元のイーストロンドンの小さな教会に、レコーディングされた音源を持ち込み、建築が持つ反響音(リバーヴ)を含めて再録音をおこなう「リアンビング」という斬新な手法が導入されたことにより、デジタル形式のサウンドエフェクトでは得難い、豊かな響きを感じさせるアルバムが生み出されました。
「プロデューサーのロバートがこのアイディアを思いついた時」と、ハチスノイトは述べています。「まるで、奇跡のようでした。オーガニックな空間の反響により、すべての音にあざやかな命が吹き込まれたのです」
チケットがソールドアウトとなったサウスロンドンバンクセンターでのロンドン・コンテンポラリー・オーケストラとの共演、ミラノ・ファッション・ウィークでのパフォーマンスや、ヨーロッパ各地でのフェスティヴァル出演、 そして、ハチスノイト自身が敬愛するデヴィッド・リンチ監督に招かれて出演したマンチェスター国際フェスティヴァルのライブなどをはじめ、ヨーロッパを中心に精力的に活動するハチスノイト。近年、The Bugとのコラボレートを行い、ヨンシー&アレックスへのコーラス、ルボニール・メルニクの作品にも参加する、大いに注目すべきアーティストです。
Hatis Noit 「Aura」
Label:Erased Tapes
Release:6/24 2022
Tracklist
1.Aura
2.Thar
3.Himbrimi
4.A Caso
5.Jomon
6.Angelus Novos
6.Inori
7.Sir Etak
Hatis Noitの「Aura」の詳細につきましては、Erased Tapesの公式ホームページをご覧ください。