Joep Beving 「Hermetism」
Deutshe Grammophon
Release:2022 4/8
Genre:Modern Classical/Post Classical
ドイツ・グラモフォンと契約を結んで、4月8日にリリースされた「Hermetism」と題された新作アルバムにおいて、オランダ人のピアノ演奏家ユップ・ヘヴィンは、温故知新をもとめ、ロマン派と古典派の世界をあらためて探求しています。これまでの作品において、ユップ・ヘヴィンは、ミニマル、モダン・クラシカルにおける淡い叙情性を表現してきましたが、この最新作においてユップ・ヘヴィンはさらに奥深い古典音楽の世界に踏み入れようとしています。今回の作品は、近代フランス和声の生みの親のひとり、エリック・サティ、ポーランドのロマン派の代表格のフレドリック・ショパン、さらには、古典派の最大の作曲家、ルートヴィヒ・ヴォン・ベートーヴェンという歴史上最高の音楽家たちの精神性をユップ・ヘヴィンは真摯に追い求めます。
彼はこの作品のヘレニズム主義というテーマをピアノ演奏を通じて表現するに当って、いくつかの哲学的なメッセージを作品の中心に据えています。「今度の作曲には、ある種の悲劇が込められています」とユップ・ヘヴィンはこの作品について語ります。「それは私達全員が共に生きてきたこの不条理なロックダウンの時代に根ざしています。それは私達に一歩後退するのを促し、生活を減速させ、私達の破壊的な生き方を再考するように促しました。しかし、その二年後、社会のバランスが取れるどころか、より不平等な世界が生み出され、さらに二極化が顕著になってきています。これらの作品が多くの悲しみをかかえる人々にとっての安らぎとなることを願っています」
ユップ・ヘヴィンが上記のように語るように、本作は、ロマン派の叙情性あるいは感傷性が彼自身のしなやかなタッチ、それに加えてしたたかな演奏を介して、アルバムに収録された十二曲が静かに、そしてある種の強かさをもって繰り広げられていきます。サティのような癒やしがあり、反復性がある一方で、ショパン、ベートーヴェンのような緻密な展開力、あふれんばかりの創造力により彩られています。それはまさに、ユップ・ヘヴィンがこれまで探求してきた古典的な音をいかに現代に生々しく蘇らせるのかを、この演奏家がこのパンデミック時代において真摯に追求を重ねてきた結果がこの作品に様々なバリエーションを交えて提示されていると言えるのです。
全三部作「Henosis」「Prehension」「Solipsism」での演奏家、作曲家としての成功や名声は、ユップ・ヘヴィンにとっておよそ序章のようなものでしかありませんでした。ヘヴィンはその名声にとどまらず、ピアノ音楽によって、また彼自身が紡ぎ出す叙情的な旋律によって、より奥深い精神世界を探し求めます。「Hermetism」で提示された十二曲のピアノ演奏、あるいはそこにひろがる音楽の世界を通じて、ユップ・ヘヴィンは、芸術の核心に迫ろうと試みています。「すべて芸術は二重なのです。すべてに両極が存在する。さらに、すべてに反対のペアが存在する」と、ユップ・ヘヴィンが語るように、彼はこの演奏を通じて、自己の内面のある暗い側面を掘り下げ、調和的なピアノの旋律として紡ぎ出そうと模索しています。それは、聞き手に深い自省を与え、その場に立ち止まらせ、内面をじっくり見つめる機会を与えます。
全三部作のアルバムに続く「Hermetism」の制作において、ユップ・ヘヴィンはこれを新たな出発の機会と捉えるのでなく、ヘルメス主義を以前起きたことを何らかの形で現時点に反映させるものと捉えた。これはヘルメス主義の原理である対応の原理と合致するものです。ユップ・ヘヴィンは、この哲学的な音楽の提示に際し、古典派やロマン派の時代に置き去られた感情の持つ本来の力、音楽にたいする人間の純粋な感応力を、2022年に生きる現代の私達に呼び覚ましてくれるのです。
(Score:95/100)
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