【Review】 キセル「寝言の時間」EP

 キセル

 

キセルは、辻村豪文、友晴の兄弟によって京都宇治市で1998年に結成されたデュオである。兄の辻村豪文さんは、”くるり”と立命館大学で同級生にあたり、サークル”ロックコミューン”に共に在籍していた。当初はビクターエンターテインメントからデビューを飾ったが、2006年にカクバリズムに移籍。以後はインディーロックバンドとして、良質な楽曲をリリースしている。

 

キセルは、カセットMTR、リズムボックス、サンプラー、ミュージカルソウ等を使用しつつ、浮遊感あふれる独自のファンタジックな音楽を展開する。スピードスター在籍時に4 枚のフルアルバム、2006年カクバリズム移籍後も「magic hour」「凪」「SUKIMA MUSICS」「明るい幻」「The Blue Hour」など、アルバムと10インチレコードやライブ会場限定のEPなど精力的にリリース。どの作品も多くの音楽好きを唸らす名盤となっており、ロングセラーを続けている。


毎年の大型野外フェスへの出演や、フランス・韓国・台湾でのライブ、ジェシ・ハリスとの全国ツアー、そして、恒例のワンマンライブをリキッドルームや赤坂ブリッツ、日比谷野音で行っている。結成20周年を迎え、9月16日には日比谷野外大音楽堂での3度目のワンマンライブを開催している。

 

 

「寝言の時間」 カクバリズム 2022 4/6

 



 

tracklisting

 

1.寝言の時間

2.干物の気持ち

3.鮪に鰯

4.gwa

 

 

listen/stream

 

 

 

 

 

これまでカクバリズムに所属する兄弟のデュオとして活動を行ったきたキセルは、「柔らかな丘」に代表されるようなインディーロック、フォーク、ソウル、またジャズ風のアレンジメントをほどこした独特な雰囲気の日本語ポップスを展開してきた。それは辻村兄弟の息の取れたボーカルのハーモニーによっておおらかな気風のある既存リリースされた楽曲が証明しているように思える。今回、キセルが新たに取り組んだのは文学的な側面から日本語のポップスをどのように捉えるかというアプローチである。

 

2020年、コロナパンデミックの最中に、手探りの状態でレコーディングが行われ、吉沢成友(Gt)、mmm(Vo,flu)を共同制作者としてレコーディングに招いている。EP作品として構築されていく過程でその足がかりとなったのが、一曲目に収録されている「寝言の時間」である。ソロライブとして配信されたこの楽曲がその後収録の三曲のキャラクターのようなものを反映している。そして、驚くべきなのは、これまで日本語の詩に重点を置いてきたキセルが今回新たに取り組んだのは、三曲目に収録されている「鮪に鰯」。つまり、往年の日本フォーク音楽のプロテスト・ソングを象徴するミュージシャンである高田渡のカバー曲での文学性を取り上げていることである。この曲においては、原爆、水素爆弾、そういった大掛かりなテーマが家の中にある日常の風景、夕飯などで当たり前のように食卓に並んでいるマグロやイワシといった視点を通じて、独特な日本語詩の世界が展開される。ここでは、現代詩、金子光晴をはじめとする日本の詩人に深い影響を受けた高田渡の古典的なフォーク音楽を、新たにその時代に接近するような雰囲気で、辻村兄弟は、この楽曲とアレンジメントバージョン「gwa」に取り組んでいるように思える。

 

全体的な作風としては、「寝言の時間」これまでのキセルの延長線上にあるように思えるが、そこにさらに強いジャズへの接近、そして、日本の詩やフォークを現代のアーティストとしてどのように捉え直すのかに重点が置かれているように思える。辻村兄弟のヴォーカルのハーモニーそしてソングライティング技術は、既存の作品が証明しているが、そこにさらにより強い文学性が加わった作品である。そこには、涼し気でメロウなフォーク音楽の色合いに加えて、キセルにしか醸し出すことの出来ない独特のエモーションが込められているのに注目だ。 晴れやかでもある反面、ぐつぐつとした内面に煮えたぎるような奇妙な感覚も滲む。初春にリリースされた作品であるにもかかわらず、何故かこの作品を聞いていて、夏のおわりを思い浮かべてしまった。


(Score:70/100)