Eydis Evensen 「Frost」
Label:XXIM Recordings,a label of Sony Music Entertainment
Release:4/8 2022
アイスランドの女性作曲家、アイディス・アイヴェンセンは、元々、ニューヨークでファッションモデルを務めていた人物で、故郷アイスランドに戻り、作曲家として活動を続けています。アイヴェンセンは、ピアノの演奏、オーケストラのストリングスを交えたヨハン・ヨハンソンの系譜にある優れたモダンクラシカル/ポストクラシカルの楽曲をこれまでいくつか書いてきています。
アイディス・アイヴェンセンにとって、ソロキャリアとしての最初の音楽性が確立されたのが、2021年にリリースされた自身初となるフルアルバム「Bylur」でした。この作品では、アイヴェス・アイヴェンセンは、故郷の風景を見事にピアノ音楽として捉えています。夏の間は美しく晴れやかな風景であるアイスランドの小さな街、しかし、冬の間、外に出ることもかなわぬほどの大雪によって、この北欧の街は覆われ、アイスランドの街は白銀の世界一色となる。アイヴェンセンは、子供の頃のアイスランドの小さな村での記憶を頼りに、それを抒情性あふれるピアノ曲、そしてオーケストラアレンジを交えた映画音楽に近い雰囲気を持つ作品を生み出しました。
アイスランドの新進気鋭のアーティスト、アイディス・アイヴェンセンの最新作「Frost」もまた前作に続く連作のような意味合いを持ち、前作で提示されたアイスランドの風景、それに呼応する内面の心象世界を見事にピアノ音楽として描き出してみせています。「霜」という表題に象徴されるように、今回のミニアルバムは、何かしら寒々しい風景を思い起こさせる5つのピアノのささやかな小品で構成されています。
アイヴェンセンは、フレーズひとつひとつを丹念かつ繊細に紡ぎ出す優れたピアノの演奏家です。繊細なタッチにより、音楽の本質ーー内面の感情を言葉ではなく音によって聞き手に伝えるーーを見事に捉えるアーティストでもあります。さらに、「霜」は、この演奏家のきわめて内省的な気質を反映させた作品とも言え、「霜」の全体には、寒々しく暗鬱な雰囲気を漂わせながらも、その音に耳を静かにじっと澄ましていると、その向こうに何かしら凛とした強い精神性のようなものが滲出しているのです。
また、今作において、アイヴェンセンは、前作のフルアルバム「Bylur」で伝え残したことをもう一度音楽として表現しておきたかったというような印象も見受けられます。幾つかの楽曲については、前作のコーダのような役割を果たし、アイスランドの最初期のモダンクラシカルシーンの体現者、ヨハン・ヨハンソンの確立したモダンクラシカル/ポスト・クラシカルの系譜を受け継いだ映画音楽の性質を擁しています。しかしながら、アイヴェンセンは、そのヨハン・ヨハンソンの系譜を辿る中で、ピアノのフレーズを真摯に紡ぎながら、また、その音に耳を澄ましながら、自分なりの芸術表現を追い求めているように思えます。そのことが、作品自体に深みとスタイリッシュなデザイン性のようなものをもたらしています。
また、このミニアルバム「Frost」の中で、ひときわ強い存在感を放っているのが、EPの最後に収録されている「The Light I」です。ここでは、たしかに、2つの間にリリースされたリミックス作品での経験を踏まえて、電子音楽の要素を交えた美麗な音楽が展開されています。この曲では、それ以前の4曲とは異なり、喩えるなら、作品全体に覆っていた薄い灰色の雲がみるみるうちに晴れていき、さらに、その暗澹たる雲間から、ほのかに爽やかですがすがしい晴れ間がスッと覗いてくる、というような、暗鬱さと清涼さを兼ね備えた秀逸な楽曲が、アルバムの最後に組み込まれていることにより、作品全体として明度と暗度という映画の技法における対比的な光の構造が緻密に生み出され、この一曲が作品全体に暗闇を美麗に照らしだし、作品として美麗なクライマックスを見事に演出しています。
「Frost」は、もちろん、物語性に溢れているのと同時に、スタイリッシュな魅力を漂わせており、また、冗長さのないタイトな構成によって強固に支えられています。これらのささやかでありながら、うるわしくもある5つのトラックを聴き終えた時、清涼感のような奇妙な感慨がもたらされることでしょう。
特に、静謐でありながら、思索的な強さも兼ねそなえたクライマックス「The Light I」において、アイスランドの演奏家、アイディス・アイヴェンセンは、前作「Bylur」における芸術表現の成功に踏みとどまることなく、この演奏家にしか生み出せない独自の極めて繊細な芸術表現へ歩みを進めたと言えるでしょう。
(Score:71/100)