Florence+The Machine 「Dance Fever(Deluxe)」
Label: Universal Music/A Polydor
Release Date: 5/18,2022
フローレンス・ウェルチ率いる、イギリスのロックバンド、フローレンス+ザ・マシーンの最新作「Dance Fever」は、ジャック・アントノフをゲストミュージシャンとして迎えいれ制作されました。すでに、先行シングルのミュージックビデオから、このアルバムのストーリーが明確に描き出されており、それらはロード・オブ・ザリングをはじめとするファンタジー映画に見られるような中世ヨーロッパの文学性の雰囲気が滲み出ていました。さらに、この作品は、それらの世界観を受け継ぎ、現代的なディスコポップ、コンテンポラリー・フォークを融合させることによって、さながらハリウッド映画のようにダイナミックな迫力を持つポップミュージックが生み出されています。
今作のレコーディングのほとんどはロンドンで行われています。しかし、アルバムの制作段階の最初期に暗礁に乗り上げ、フローレンス・ウェルチ、及び、バンドは、パンデミックウイルスの蔓延のため、他の多くのミュージシャンと同じように、レコーディング作業を中断せねばならなくなりましたが、そのマイナスの反動があったことにより、ウェルチは、社会的な現象や事件に眼差しを注ぎ、それらをユニークさを交えて、ソングライティング、実際の歌唱法にその洞察を取り入れているように思えます。
フローレンス・ウェルチは、ここ2、3年の間に起きたパンデミックをはじめとする様々な世界的な事象を直視しつつ、それらをユニークかつ、幻想的に捉えることにより、アルバムの世界観を上手く引き出すことに成功しています。ベルギーの画家ブリューゲルの絵画の「死の舞踏」に描かれている「コレオマニア-舞踏病」に作品の主題を置き、それらをポピュラー音楽として見事にファンタジックな物語、視覚的な音楽として昇華しています。それらの要素は、このシンガーのもつ力強さにより派手な表現にまで高められている。さらに、テーマとして内在しているのは、パンデミックだけでなく、ウクライナ侵攻に対する叛逆のようなものも滲んでいる。それというのも、「Heaven Is Here」のミュージックビデオは、偶然、ロシアがウクライナ侵攻を行う直前にキーウで撮影が行われています。そういった歴史的な資料としても大変重要な意味、暗示が込められているのです。
「Dance Fever」の根幹をなす中心的な主題「中世の舞踏病」は、謂わば、現代における大衆の扇動に対するイギリスのアーティストらしい紳士性、気品あふれる社会的風刺がオブラートに包まれて表現されている。しかしながら、すごいと感心してしまうのは、フローレンス・ウェルチが歌うと、それほど深刻にならずシリアスにもならない。その理由は、彼女が現実を一種の幻想としてみなしているからなのかもしれません。それでも、彼女の歌声はどこまでも真摯であるため、リスナーの心を強く捉える力強さがある。さらに、彼女は、自分の高らかな歌声によって、聞き手に対して、慈しみあふれる手を差し伸ばす。そこには、たとえ、どのような暗い状況にあったとしても、それを幻想的にとらえなさいという、このアーティストなりの優しいメッセージが示されているようにもおもえる。アルバムは、常に、ゴシック色のつややかでゴージャスな雰囲気に彩られており、これまでの作品よりもたしかな手応えに溢れ、歌声には円熟味や深みがあり、物語として大掛かりな表現性を、ウェルチは自身の歌そのものの持つパワーによって引き出している。特に、「Back In Town」で見られるゴスペル調の渋さと深みを併せ持つ素晴らしいポピュラー・ソングは、パンデミックを経験したからこそ生み出されたもので、ウェルチのシンガーとしての精神的な大きな進化、さらに、慈愛のような情感がありありと表されていると言えるでしょう。
その他にも、追加リリースされたデラックス・バージョンには、オリジナル盤に収録されていた4曲のアコースティックバージョンに加え、アルバムを制作するにあたって最もウェルチが影響を受けたというイギー・ポップの「Search and Destroy」のカバーが収録。これらのゴージャスな大衆音楽は、ポップな性質、それとは相反するロックとパンクの性質を兼ね備え、現代と中世を音楽の物語を介して自由自在に往来する想像力に富んだ素晴らしい作品の一つです。
88/100
Featured Track 「Back In Town」
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