Gilad Hekselman 「Far Star」
Label: Edition Records
Release Date: 2022年5月13日
イスラエル出身、現在ニューヨークを拠点に活動するジャズギタリストの新作「Far Star」は、テルアビブ、ニューヨーク、フランスの三箇所でレコーディングが行われたジャズアルバムです。
ヘクセルマンをはじめ、盟友であるキーボード奏者のシャイ・マエストロ、ドラム奏者のエリック・ハートランド、他にも、ジブ・ラビッツ、アミール・ブレスラーといったジャズミュージシャンがレコーディングに参加。結果的には、パンデミックの不測の事態が生じたことの反動により、冒険心あふれるサウンドが生み出されています。
「2020年初め、家族と一緒に東南アジアの旅から戻り、新しい音楽を演奏する機会を用意していた。 ところが、パンデミックに見舞われ、音楽を演奏するために残されたのは、楽器、マイク、コンピューターだけだった、他のみなと同じように、この緊急事態がどれだけ続くのかもわからないまま演奏を始めた。レコードを作るときが来たら、すぐさま音源をバンドに送ってみようと考えていた、それから、私はレコーディング・エンジニアの経験もなかったため、何百ものチュートリアル動画を参照し、サウンドエンジニアのレッスンを受け、何千時間を割いて、ファースターと言う作品を完成させた」
ギラッド・ヘクセルマン自身が以上のように語っているように、これまでの彼のキャリアの中で最も労作といえ、キーボード奏者のハートランドが半分の楽曲に参加している他は、ほとんど彼自身の手で生み出されたとも言える。カントリージャズを中心に、エレクトロニカ、ヒップホップまでを踏襲し、ヘクセルマンのキャリアの中でも最も刺激的な作風が生み出されています。
パット・メセニーのようなカントリーの質感を追求した「Long Way From Home」で、彼はまるでパンデミック時代のことなどどこ吹く風とでもいうように朗らかな口笛を吹いていますが、これはアルバム「FarStar」のメインテーマとして掲げられ、このフレーズを中心に彼の哀愁あるアルバムの持つ多様な世界が繰り広げられていきます。ヘクセルマンのギター・プレイはジャズのスケールを忠実になぞらえながらも、アバンギャルドなインプロヴァイゼーションを見せる場合もあります。
今回のアルバムは、フュージョンジャズ、カントリージャズを中心に楽曲が組み上げられていますが、盟友ともいえるハートランドの演奏との息がぴったりと取れていて、時にそれはアバンギャルドなフレーズに意図的に挑戦しているのは、パンデミックという抑制感の強い時代の産物ともいえます。そこにさらに、これまでのヘクセルマンのカントリー、フュージョンの要素に、エレクトロニカ、そして、ヒップホップの要素を加え、現代的な質感を持ったニュージャズの領域にチャレンジを挑んでいます。
オープニングトラック「Long Way From Home」から「Magic Chord」、アルバムの最大の聞きどころとなる「Cycles」、ヒップホップの要素を取り込んだ「The Headrocker」、アバンギャルドジャズの領域にチャレンジを挑んでいるラストトラックの「Rebirth」に至るまで、ジャズ・アンサンブルとして落ち着きがある一方かなりスリリングな演奏を味わっていただけるはずです。
ジャズとしての一つの醍醐味は、以前からの伝統性を引き継ぐとともに、そこに新たな表現としての何らかの前衛性を求めることだということはヤン・バルケのレビューで以前にも述べましたが、ギラッド・ヘクセルマンは見事にこの作品でそれをやり遂げています。
このアルバムは、フュージョンジャズとしての深い味わいを持つと共に、パンデミック時代の抑圧から自らを解放されるための冒険心が感じられる快作です。また、ギラルド・ヘクセルマンは、「Far Star」というタイトルについて以下のように述べていますが、この言葉がおそらく、作品の魅力を一番上手く表現していると思われます。
「Far Star」とは、何なのかというと、私たちの創造力を駆使し、部屋の中から、遠い音の銀河まで旅を企てることだ」と。さらに、ギラルド・ヘクセルマンは語っています。「これらのパンデミックの最中に制作された音楽は、私たちの生活の中で、明らかに非常に厳かった時代を通して、私がつくづく感じていたことに尽きる。それは、どういうわけか、大きな自由と解放の思い出の名残りを仄かにとどめている」と。
(Score:85/100)
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