Weekly Recommendation  Arcade Fire 「WE」


 Arcade Fire 「WE」



 

 

Label:Arcade Fire Music

 

Release:5/6,2022


 

 振り返ってみると、2004年の「Funeral」は、アーケイド・ファイアにとってのデビュー作、そして、カナダのロックシーンを世界のミュージックシーンに知らしめた劇的なアルバムでした。当時のカナダ版タイム誌は、このロックバンドについて「カナダ最高の輸出物」と称した他、アメリカの音楽メディア、ピッチフォークがこのデビュー・アルバムを大々的に取り上げ、この音楽サイトの知名度を引き上げました。それから、十八年が経ち、アーケイド・ファイアは、また、別のロックバンドに生まれ変わる道を選んだというように思えます。特筆すべきなのは、アルバムの録音が行われたのは、2020年から2021年にかけて。その間、様々な出来事がカナダという国家に、アメリカに、ヨーロッパに、そして、アジアに、世界的に様々な事象が起こりました。パンデミックの流行の時代、アメリカの大統領選挙、その後の動乱、金融にしろ、政治にしろ、不均衡さがいやますばかりの世界、きわめつけは、ウクライナでの動乱の連続、肥大化する暴力と圧政、虐げられる小さな市民たち、今、世界には様々な怒りが満ち溢れており、地球そのものが悲痛な呻きを上げる。悲惨な現代社会が、至る場所に、至る地域に、たとえ、どの国家に所属していても、あるいは、また、どの人種に属していても、目の前に見えるのは、きわめて暗い悲惨な出来事ばかりが起きているように感じられます。

 

 アーケイド・ファイアのメンバーは、そういった、悪夢的な、壊滅的な、また、混沌とし、取り返しがつかなくなりつつある世界に対し、ロック、ポップにより、その他にも様々なアプローチを交え、善い方向に導こうと努めています。そして、音楽の持つ本来の力を彼らは心から信じ、それをこのアルバムで体現しようとしています。アルバムのタイトル「WE」は、1920年から21年に書かれたソビエトの作家、エフゲニー・ザムヤーティンによる同名の小説「WE」というディストピア小説に基づいています。この伝説的な小説「WE」は、その後、ジョージ・オーウェル、そして、オルダス・ハクスリーといったSF作家に強い影響を及ぼしています。

 

 また、アルバム「WE」は、レディオヘッドのコラボレーターとしてよく知られるナイジェル・ゴッドリッチと組み、ウィン・バトラーとレジーヌ・サシャーヌがプロデュースを行った作品です。カナダのバンドではありながら、アメリカを中心にレコーディングを行い、ニューオーリンズ、テキサス州エルパソ、また、メイン州のマウントデザート島、複数の箇所でレコーディングが行われ、さらに、ロンドンのO2アリーナでラストライブを行ったばかりのザ・ジェネシスのピーター・ガブリエルがゲストボーカルとして「Unconditional Ⅱ」 に参加していることにも注目でしょう。


 「WE」は、コンセプトアルバムの呈を取り、長いロックミュージックのクロニクルともいえるような長大な構想に基づいています。それは、新しい時代の聖書でもあり、新しい時代の叙事詩でもある。それらを、カナダのロックバンド、アーケイド・ファイアは、多くのリスナーにとって親しみやすい音楽として表現しようと努めています。スタンダートなロック/ポップ、そして、彼らの持ち味であるシアトリカルな音楽性、それはまるでロックンロールのクロニクル、黙示録として描かれる。

 

 時に、ボブ・ディランのベトナム戦争に対する反戦歌、プロテスト・ソングの時代におけるアンチテーゼ、デヴィッド・ボウイの「Ziggy Stardust」、クイーンの「Bohemian Rapsody」で繰り広げられたロック・オペラの雰囲気、ジョン・レノンの「Imagine」の大衆音楽における伝統性、プリンスの「Purple Rain」における艶やかさ、U2の「The Joshua Tree」での神聖さ、そういった近代のポップ/ロックミュージックのメインストリームの系譜をすべて受け継いだかのような、堂々たる風格を持った楽曲が全体の構造を堅固に支えています。


 アルバムの楽曲は、音楽として、人類の長い叙事詩を物語るようでもあり、人類の長きにわたる営みを、地上から離れた宇宙から温かく見守るかのようでもあり、言い換えれば、高らかな祝福がこのアルバム全体には込められているように思えます。アルバムにおいて、アーケイド・ファイアは、ロシアのディストピア小説から引き出されたテーマを、現実社会と照らし合わせるかのように多様性を交えて展開させていきます。また、バンドの演劇的な音楽の効果については今更説明するまでもないかもしれません。 


「WE」の中には、ポップ、フォーク、バラード、ロック、プログレ、オペラ、様々な音楽の形態が綿密なストーリーを形作り、それらが最初に用意された構想として見事に組み上げられています。音楽の多彩さは欠点とはならず、一貫したテーマが強固に通じている。これが、この作品を聴いていて、多くのリスナーが安堵を覚えるだろう理由です。最近のロックミュージックに失われつつある、普遍的な音楽の安心感がこの作品には満ちており、子供からお年寄りまで、また、国家や人種を問わず、幅広い人たちが楽しめるアルバムをアーケイド・ファイアは生み出すことに成功しています。

 

そもそもロックミュージックの存在意義とは、一体何なのか? そもそも、現代のミュージシャンの役割とは何なのか?   その答えがこのアルバムに全て込められています。かつて、ジョン・レノンが「Imagine」で歌った「自分の後に継いてくる人が必ずいるものと信じている」と、なぜ歌ったのか。つまり、レノンの言葉を、未来に引き継ごうするグループがアーケイド・ファイアなのです。今後、人類がこれから向かう先には、現時点では、明るいものがあるようには感じられず、どこもかしこも、二十世紀の初め、ソビエト時代の作家、エフゲニー・ザムヤーティンが、文学として最初に描いた概念「ディストピア」の世界が見いだされる。


それでもなお、アーケイド・ファイアは、ロックバンドとして、ディストピアに対峙しようと、最前線に勇ましく立ち続ける。彼らは、世界の絶望の中に、一滴の明るい希望を見出そうする。現時点の社会情勢がいかに悲惨なものであろうと、アーケイド・ファイアは信じている。人類の明るい未来を、人類の希望を、華やかで明るい世界を信じている。だからこそ、このような壮大な構想を擁した作品が生み出すことが出来たのです。「WE」は、現代に現れるべくして顕れたモンスターアルバム、非の打ち所のない、新時代を告げるロックの名盤です。このレコーディングを最後に、バンドに別れを告げた最初期からの中心メンバー、ウィル・バトラーは、素晴らしい遺産をアーケイドファイアに残していきました。


 

100/100(Masterpiece)

 

 

 

Weekend Featured Track 
 
「WE」