【Review】Horsegirl 「Versions of Modern Performance」


 Horsegirl 「Versions of Modern Performance」

 

 

 

 LABEL:   MATADOR RECORDS

 

 RELEASE:  2022年6月3日

 

 

 

発売当初から、日本の耳の肥えたインディー・ロックファンの間でも熱烈に歓迎された印象のあるホースガールは、Nora Cheng、Penelope Lowenstein、Gigi Reeceによって結成されたシカゴの十代の若い三人組のホープである。元々は、シカゴのスクールコミュニティーを象徴する存在としてシーンに登場し、既に幾つかのアメリカ国内フェスティヴァルでもライブを行っている。元々は、ソニック・ユースのカバーバンドとして始まっており、そのあたりのミレニアム以前のUSインディー・ロックの系譜を受け継いだバンドとして華々しくシーンに登場した感もある。

 

記念すべきデビュー作の「Versions of Modern Performance」は、マタドールからのリリースであり、いわゆるオルタナサウンドの魅力がふんだんに詰め込まれた傑作である。オルタナティヴというのは、メインストリームの反義語として生み出され、「亜流」の意味が込められている。しかし、近年では、Beach Houseを始め、既に亜流は亜流でなくなりつつある。もちろんそれ以前の1990年代初頭のグランジサウンドがビルボード・チャートの上位を占めるようになった時代から、オルタナティヴ・ロックは「亜流」という本義にはとどまらなくなっている。


ホースガールの生み出す音楽が何より魅力的なのは、これらの失われた『亜流」のサウンドの持つ妙味を今一度再解釈し、それを再定義しなおすというチャレンジ精神や冒険心にあると思われる。それはトレモロのゆらぎ(トレモロアームを使っているのかはライブを見たことがないので定かではない)、ピクシーズの初期のサウンドの持つ異質なメロディーライン、そして曲構成についても王道ではない亜流のロックサウンドを、シカゴのトリオは追求しようというのである。しかし、そのトレモロの強いトーンの揺らぎのニュアンスが引き出されたギターサウンドは、例えば、MBVのようなダンスミュージック性ではなく、近年流行のベッドルームポップに近いスタイルを取り、おしゃれで親しみやすいポピュラー・ソングとして昇華しようとしている。つまり、言いたいのは、変拍子は使わず、前衛的なアプローチ小節の単位の中におさまるように込めている。前衛的な手法を取りつつ、さほどマニアックにならないのがホースガールの最大の持ち味なのである。

 

アルバムの発売前に発表されていたいくつかの先行シングルは、このバンドの潜在能力が普通のバンドと比べて抜きん出ていることを顕著に表していた。「Dirtbag Transformation」をはじめとする楽曲は、1990年代のPavemant、Dinaosour Jrのローファイ感のあるギターサウンドに加えて、明らかに、ピクシーズの「Bleed」や「River Ehphrates」に代表されるような異質なメロディーラインを引き継いでいるようにおもえる。全般的に、ホースガールのギターサウンドは常に増幅される傾向にあり、強いディストーションにより彩られ、ヴォーカルはシンガロングであり、叙情性と暗鬱感を漂わせながらも爽やかで力強い印象を持つ。スタジオレコーディングではありながら、ライブのようなドライブ感と迫力が録音には宿っている。つまり、それがホースガールのデビュー作全体をUSインディーを通ってこなかったリスナーも惹きつけるパワーが込められているのだ。さらに、このデビューアルバムの中でのハイライトといえる「Worlds of Pots and Pans」や「Billy」に代表されるように、それらのUSインディーロックの基本的な要素に加え、アイルランドのMBVのポピュラーセンス、スコットランドのThe PastelsやThe Vaselinesといったネオ・アコースティック/ギター・ポップからの影響がほのかに垣間見える。

 

残念ながら、今や殆どのインディー・ロックの多くは、もはや「オルタナティヴー亜流」ですらなくなっている。主流から逸れ、少数派に回ることを何より恐れているのだ。付け加えておきたいのは、人工的に音が荒く作り込まれて、ガシャガシャしていれば、それがそのまま「オルタナティヴ」であるというわけではない。この点が多くのロックバンドが勘違いをしてきた。しかし、ホースガールは、インディーロックの持つ本当の魅力を探求し、それを2020年代に復権させようとする勇敢なバンドである。それらを、作り込んだ偽物の音楽ではなくて、本物のライブサウンドとして提示している点については、本当に素晴らしいというしかない。1980年代後半に登場したケンタッキー、ルイビルのスリントに代表されるように、それ以前のアメリカの西海岸のザ・ソニックスをはじめとするガレージロックシーンの魅力的なバンドのように、10代の若者たちがこういったプリミティヴでありながら、ひときわ完成度の高い音楽を生み出すというのは驚愕である。音楽の方向性として、バンドの意図するところが明快に汲み取れ、さらに芸術的で先鋭的な印象を持つ「Versions of Modern Performance」は、2020年代のアメリカのインディー・ロックの復活を高らかに告げる記念碑としての意味を持つアルバムとなる。素晴らしいオルタナティヴ・ロックバンドの真打ち登場と手放しの称賛を贈りたい。

 

 


90/100

 

 



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