Label: Erased Tapes
Release Date: 2022年6月24日
ーロンドン、ミュンヘン、ネパール、フクシマーー異なる時間、異なる場所、それぞれに響く真摯な歌声ー
6月24日、Erased Tapesからリリースされたアルバム「Aura」は、現在ロンドンを拠点に活動するヴォーカルアーティスト、ハチス・ノイトの記念すべきデビュー作となります。
既に、ハチス・ノイトは、イタリアの新聞でアーティスト特集が組まれており、さらに、英国の隔月間マガジン、Loud&Quietの昨日付のレビューで、8/10の評価を獲得しています。さらに、現在、渋谷の街頭スクリーン9面にて、三年かけて制作されたMVがオンエアされている最中です。
不運にも、英国内の最大の音楽のお祭り「グラストンベリー・フェスティヴァル」とリリース日が重なってしまった事実は、それほど大きな問題とはならないはずです。「Aura」は、時間が経過したとしてもその良さが損なわれるような作品ではなく、時代の経過に耐えうるような普遍的な価値が込められている。ヴォーカルアートの美しさ、ライブに比する生彩感のある音楽性が貫かれた2022年最大の傑作のひとつに挙げられます。もちろん、タイトルは、20世紀のドイツの文芸評論家、哲学者としても活躍したヴォルター・ベンヤミンの名著「Aura」に依り、この著作に因むと、ハチス・ノイトのこのセンセーショナルな印象を持ったデビューアルバムには、複製品ではない、本物だけが持つ芸術作品のオーラが随所に込められている。少なくとも、聴けば聴くほど、この作品の持つ真価がより顕著になっていくだろうと思われます。
「Aura」は、非常に長い時間をかけて制作が行われた正真正銘の声楽による芸術作品です。制作には、コラボレーターとして、アイスランドのビョーク、M.I.A、さらにマルタ・サロニが招聘されていることにも注目です。
先行シングルとしてリリースされた「Aura」、「Angelus Novas」のように、クラシックのオペラ、日本の伝統舞踊、スイスのヨーデル、ネパール、インドの民族音楽を中心に、それらの伝統的な歌唱法を受け継いで、デビュー作ではありながら、前衛的な作風を完全に確立しているのに大きな驚きを覚える。一例を挙げると、アメリカ合衆国の偉大なボーカリスト、メレディス・モンクのヴォーカルアートを、さらに、民族音楽やワールドミュージックの観点から捉え直した作品と解することが出来る。また、「Aura」は、「声の芸術」の持つ、華やかさ、麗しさ、清々しさといった魅力を、ダブに近い多重録音により、壮大な物語性を持つ、いわば、ハチスノイト特有の文学的なサーガのような意味を持つヴォーカルアートとして完成させています。
2020年に世界的に蔓延したパンデミックの最初期をロンドンで体験したハチス・ノイトは、ロックダウンの閉塞感のある時間の中で、ライブにおける観客との空間をともにすることの重要性に気づき、さらに、人生の喜びと豊かさを見出している。この時代についてハチス・ノイトは、「パンデミックの間、私は、本当に苦労しました」と回想し、さらに「歌手として、私はコンピューターの作業があまり得意ではありません。私は、(インターネット配信ライブよりも)物理的な空間でライブを行うほうが好きで、人と一緒に居て、同空間を共有し、その瞬間のエネルギーを感じることが、毎回、豊かなインスピレーションを与えてくれる」と述べています。
その後、ハチス・ノイトは、Erased Tapesと共にアルバムの制作に取り掛かり、ドイツ・ミュンヘンのスタジオで行われた最初のレコーディングをわずか8時間で終了させる。その後、レコーディング場所を、英国のイーストロンドンに移し、ミックス作業を行った。最終段階のミキシング作業では、録音されたマスターテープをイーストロンドンの教会に持ち込み、プロデューサーと共に、建築が持つ反響音「リバーブ」を含めて再録音を行う「リアビング」という斬新な技法が導入しました。このことによって、デジタル形式で生み出しえないアナログ形式の温かく豊かな響きが生み出されている。ここには、まさしく生きたライブ音楽が生み出されています。
ハチス・ノイトは、このアルバムにおいて、ワールド・ミュージックの様々な歌唱法、複数の声楽の技法、能楽、オペラ、ウィスパー、その他、喉元を震わせる独特な歌唱法を取り入れ、そして、フィールドレコーディングにより、自身が深い思い入れのある時間、場所を真摯に探求していきます。
先行シングルの二曲「Aura」や「Angelus Novas」の声楽の表現に見いだされるように、彼女が最初に声楽を志したネバールの寺院に始まり、自身の生存について思いを馳せることになった北海道、知床の森のミステリアスな雰囲気、さらに、活動拠点を置くイースト・ロンドンの生きた音楽を訪ね求め、さらに、アルバムのクライマックスをなす最大の聞き所となる「Inori」で、ハチス・ノイトは、日本の福島の海岸を自らの声の多彩な表現により訪ね求めようとします。
実際、福島の原発から1キロの場所でフィールドレコーディングがおこなわれた「Inori」には、多重録音されたヴォーカルトラックの背後に、しずかで、あたたかく、美しい、福島の波の音を聞き取ることが出来る。それは、単なる音の良し悪しではなく、本当に重要な音の記録、音楽の持つ最大限の魅力でもある。つまり、ハチス・ノイトのデビュー・アルバム「Aura」は、ポピュラー音楽としても楽しめる一方、単なる消費音楽ではなく、声楽を通じて表現された「音の記録ーサウンド・ドキュメンタリー」でもあり、そこには、異なる時間、場所、それぞれの空間にある生きた音楽ーーライブサウンドーーを読み取ることが出来るわけです。
福島の海の音の本当の素晴らしさが「音楽」として収録されていることは、このアルバムに普遍的な価値が込められていることを証明しています。日本には、いまだ帰宅が困難な福島の人々が数多く存在し、2011年の東日本大震災の出来事は解決がついていません、だからこそ、この作品「Aura」は、普遍的な意味を持つアルバムと断言出来る。こういった本当の意味で、他者に寄り添うような美しさの籠もった作品は他を探しても見出しがたい。また、それを、国際的なバックグランドを持ち、さらに、実際、帰宅困難区域が解除された時、福島の死者を追悼する祝典に出席した震災の当事者のハチス・ノイトが生み出すことに重要な価値が見いだされる。つまり、ハチスノイトはこの作品において、福島の全ての人たちの思いを一身に背負っているのです。
96/100
Weekend Featured Track「Inori」
Erased Tapes official:
https://www.erasedtapes.com/release/eratp152-hatis-noit-aura
bandcamp:
https://hatisnoit.bandcamp.com/album/aura