Beabadoobee 『Beatopia』
Label: Dirty Hit
Release: 2022年7月15日
REVIEW
新世代のベッドルーム・ポップスターの台頭、そういった形容が相応しいのが、フィリピン、イロイロ出身、現在はイギリスを拠点とするシンガーソングライター、ビーバドゥービー。
ビーバドゥービーは、今年の夏にサマーソニックの出演が決定しており、日本に行くのは全人類の夢」とまで語っている。また、ビーバドゥービーは既に多くの著名なフェスへの出演経験があり、アメリカのコーチェラフェスティバル、イギリスのグラストンベリーでもライブアクトを行っている。
2018年のデビュー作から断続的に作品を発表している多作なシンガーソングライターで、最新作『Beatpia』は既にデビューから約四年目にして通算5枚目のアルバムとなる。BBC Sound of 2022で一位を獲得したPinkPantheress、THE 1975のマシュー・ヒーリー、Bombay Bicycle Clubのジョージ・ダニエル等がレコーディングに参加した。さらに、プロデュースには、バンドメイトのJacob Budgen、Lain Berryman、beabadobeeがクレジットされているのも豪華である。
今作は、彼女が若い時代からの想像を元に作られており、mynaviニュースのインタビューでは、 「川村元気の小説『世界から猫が消えたなら』の人生に感謝することをテーマに置いている」とも語り、さらに 「アメリカの画家、マーク・ライデンのシュルレアリスムの世界観」に触発を受けたとも話している。また、以前まではそうではなかったものの、今作からは明確なジャンルの線引きを設けず、自由闊達な表現性を本作で体現しようとしていたと話している。
このアルバムを単なるポピュラーシンガーの作品という前提で聴くと、かなり意外の感に打たれるだろうと思われる。ここには電子音楽とベッドルームポップの融合を下地にし、壮大な世界観が緻密に築き上げられていることに大きな驚きを覚えざるを得ない。
アルバムのオープニング曲「Beatopia」からして、上記のインタビューで語られる制限を設けないシュルレアスティックな世界観が提示され、聞き手を幻想的で夢見がちな世界へ誘引する。シンセサイザーのシークエンスはポピュラー音楽という域を越え、電子音楽の裾野にまで表現が広げられている。もちろん、その後に続くのはこのソングライターらしいドリーミーな雰囲気を持つ親しみやすい楽曲が繰り広げられる。#2では爽快なポピュラー・ソングをグリッチテクノとの融合を図り、さらにそれをアリーナ級のスタジアムソングに仕立て上げているのが見事だ。
その他、映画音楽のオリジナルスコアのようなストリングスを交えた壮大な雰囲気を持つ「Ripples」ではエレクトロニカとボーカルソングの融合に挑戦している。さらに、「Talk」では、このソングライターのインディーロックよりの指向性が王道のポピュラー・ソングとの劇的な合体を果たし、刺激的なアンセムソングが生み出されている。表向きにはベッドルームポップのような可愛らしさ、親しみやすさがありながら、収録曲はアリーナでのライブを想定したかのような迫力とダイナミックさが込められており、さらに観客がシンガロング出来るように設計されている。その他様々なアプローチが取り入れられていると思われるが、少なくとも「Beatopia」で繰り広げられるこのシンガーの表現力の多彩さにはほとんど驚嘆するしかないのだ。
既に海外の著名な音楽メディアの表紙を劇的に飾っているイギリスのbeabadobeeは少なくともブラフのような存在ではなく本物のシンガーソングライターであると、この最新作を聴くかぎりでは断言出来る。ビーバードゥービーは、最新作のあらゆる面で、常に、自らの感性を大切にしており、さらに自らの感覚に心から信頼をおいている。ポピュラー音楽の掴みやすさ、前向きな肯定感を生かしたまま、さらに、それにくわえこのソングライターの独特な繊細さも伺える点にも着目しておきたい。
特に、以上に挙げたようなポピュラー・ソングの合間に収録されている「Pictures of Us」は、2020年代のインディーポップ/ロックの名曲として紹介しても何ら違和感がないように思える。総じて「Beatopia」は、beabadobeeのキャリアの中で最高傑作のひとつであり、2022年のベッドルームポップの名盤と断言しえるような多彩かつ濃密な内容により彩られている。
88/100