New Album Review Gwenno 「Tresor」

 Gwenno 「Tresor」

 

 

 Label: Heavenly Recordings

 

 Release: 2022年7月1日



グウェノーは、ウェールズのカーディフ出身のシンガーソングライターで、ケルト文化の継承者でもある。グロスターのアイリッシュダンスの「Sean Eireann Mcmahon Academy」の卒業生である。

 

グウェノーの父親、ティム・ソンダースはコーニッシュ語で執筆をする詩人としての活躍し、2008年に廃刊となったアイルランド語の新聞「ベルファスト」のジャーナリストとして執筆を行っていた。さらに、母であるリン・メレリドもウェールズの活動家、翻訳者として知られ、社会主義のウェールズ語合唱団のメンバーでもあった。

 

以上のような背景を持つ家に生まれたグウェノーではあるが、このシンガーは音楽を介して社会活動を行いたいというわけではない。グウェノーが本作で志すのは、純粋な音楽の表現をいかに少数言語を介して表現していくか、さらにウェールズ地方の特有の言語であるコーニッシュ語を歌として、ポビュラーミュージックとしていかに次世代に繋げていくかということに尽きる。

 

三作目のアルバムとなる「Tresor」は、アイリッシュ・タイムズ、イヴニング・スターを中心に先週の話題作として取り上げられたほか、ロンドンのラフ・トレードでのスペシャルリリースイベントも間近に控えている。熱心な音楽ファンを惹きつけているサード・アルバムは、ウェールズのコーニッシュ語という一般的な知名度を持たない言語で歌われているが、その特性を差し引いたとしても、聞きやすくて、蠱惑的なポピュラー・ミュージックが展開されている。

 

今年から、最初期の先行シングル「Men I Toll」をはじめとするリリース情報から明示されていたことだが、グウェノーはウェールズ地方の独特な民族衣装のような派手な帽子、そして、同じく民族衣装のようなファッションに身を包み、シーンに名乗りを上げようとしていた。それはいくらか、フォークロアに根ざした幻想文学、さらに、喩えとして微妙になるかもしれないが、指輪物語のようなファンタジー映画、RPGのゲームからそのまま現実世界に飛び出てきたかのような独特な雰囲気を擁していた。しかし、そういったファンタジックな印象と対象的に「Tresor」では、その表向きな印象に左右されないで、60、70年代の音楽に根ざしたノスタルジア溢れるポピュラー・ミュージックと現代的なエレクトロ・ポップが見事な融合を果たしている。

 

例えば、「アイリッシュ・タイムズ」は、ビョーク、クラウト・ロック、その他にも、サイケデリックの要素をこのアルバム「Tresor」に見出していて、それはこのアルバムを紹介する上で的確な指摘であるように思える。1970年代に隆盛をきわめたどこか懐かしのサイケ・ポップがこの作品では再現される。それがザ・ビートルズのチェンバーポップのようなノスタルジア、そして、このアーティストの持つファンタジックな雰囲気と合致を果たし、他の地域には見いだしがたい「ウェールズ・ポップ」とも喩えるべき個性的な音楽が生み出されている。


この特異な表現は、アルバム発売前にリリースされたリード・シングル「Tresor」「Men I Toll」で見受けられるエレクトロポップ、フォーク、トラッド、ケルティック、サイケを一緒くたにしたかのような複数のトラックは奇妙な印象を聞き手に与える。

 

このアルバムは、表向きには、清涼感があり、フィークロアに根ざした幻想性に溢れているように見受けられるが、それらは決して幻想的な絵空事だけを描いたというわけではないように思える。収録曲はメロディーがすぐれているだけではなく、スタイリッシュさを兼ね備えている。これは、グウェノーというアーティストが、アイリッシュ・ダンスをアカデミーで体系的に学習している影響がここに顕著な形で、それらの音楽を肌で痛感したアーティストにしか紡ぎ得ない表現、精神性がこのアルバムに体現されているかのように思える。さらに、これらの収録曲は、単なるポピュリズムに傾倒しているわけではなく、その核心には、手強い概念性のようなものが揺曳している。それこそがこのアーティストが伝えなければならない“何か"なのかもしれない。アルバム「Tresor」は、ボーカルトラックとしての十分楽しめる要素もあるけれど、その他にも、アバンギャルドな要素も取り入れられ、アンビエント、テクノを素地に置いた浮遊感のあるシークエンスを兼ね備えたインストゥルメンタル曲も作品の終盤をなす「Keltek」「Tonnow」に見いだされる。

 

歌詞についても、「コーニッシュ語」という一度は絶滅しかけたが、19,20世紀に復活した少数言語が取り入れられていることは、作品として個性的な意味合いを付け加えている。しかし、この言語の語感に耳を澄ますと、それほど響きが独特ではなく、例えば、私のようなアジア人にとっては、英語と響きの印象がそれほど大差ないように聴こえる。見方を変えれば、それを特異な言語、珍しい言葉として捉えず、ごくごく自然な言語としてこのLPの中で歌いこんでいる。もちろん、コーニッシュ語を聴いたからといって、多くの人は、その言語の意味を理解できるわけではない。けれども、理解しきれないものを伝えるために「音楽」という芸術形式は存在するのである。

 

「コーニッシュ」という言語に親しみがない人にとっても、アルバム「Tresor」で歌いこまれる少数言語は、響きに親近感が感じられ、やわらかな響きを伴っていることにお気づきになられると思う。先述したように、これは、グウェノーというアーティストが、コーンウォール地方の言語を自然に歌っているから、そのように音楽に表現としてしっかり定着しているのかもしれない。さらに、コーンウォールといえば、近年、「コーンウォール一派」が連想される。エイフェックス・ツイン、スクエア・プッシャーといったエレクトロニカシーンが盛んなイメージがあるものの、この地方のポピュラー・ミュージックの紹介者として、また、ケルト文化の重要な伝承者として、シンガーソングライター、グウェノーは、今後、イギリス国内のシーンでトップに躍り出る可能性もあるようにも感じられる。

 

Critical Ratings:

80/100

 

 

「Tresor」


 

 

 

 

『Tresor』 

Listen/Streaming: 


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