サム・フェンダー  ノース・シールズの不撓不屈のシンガー、最新作「Seventeen Going Under」に込める強い想い


 2021年の10月、最新作「Seventeen Going Under」を、ポリドールからリリースした後、サム・フェンダーの状況が一変した。それ以前にもレディングでボブ・ディランの前座を務めてはいたが、この最新作によって、サム・フェンダーはスターダムへの階段を着実に登り始めたといえる。この作品が数多くの若者の心をとらえたことについて、「特別な瞬間だった」と11月に自身のアカウントに投稿した動画を通して、サム・フェンダーは、TikTokのフォロワーたちに語った。「”Seventeen Going Under”がそのように人々の心に響いたことを僕は光栄に思います」


このミュージックビデオは、シェフィールド、ノース・シールズのシンガーソングライターのセカンド・アルバムのタイトル曲の一節を使用している。虐待、うつ病、苦難について長く続く会話や対話を喚起するために、何千人もの子供、ティーンエイジャー、若者からの投稿に応えたものであった。

 

サム・フェンダーは、この曲で、現在と過去の自己について描いており、力のなかった時代の自己にたいするやるせなさを込めている。自分や自分の愛する人たちを不当に扱った人たちに反撃する力も、また自分自身を本当に理解する能力もなかった10代の青年時代を振り返り、「私はあまりにも怖くて、彼を殴れなかったけれど、今ならすぐにでも殴ってやる」と力強く歌っている。

 

 「Seventeen Going Under」ーー『Seventeen Going Under』収録

 

 


 

この曲は、レコードセールスという側面よりも現在のネット世代で好意的に受け入れられ昨年に公開されたミュージックビデオの再生回数は現時点で1500万回という凄まじい記録を打ち立てている。この曲は、そういったレコードとして親しまれる一方で、Youtube世代の世界の若者たちに大きな称賛を受けている。インターネット上では、この歌詞は、虐待や有害な関係から抜け出せなかったり、家族のトラブルや10代の頃のトラウマが心に残っていると語る人たちの心を大きく捉えた。このミュージックビデオで、カメラは風に吹かれながら泣きそうになっているフェンダーを撮影しており、「私はあまりにも怖くて彼を殴れなかった」、そして、トラウマの反対側から落ち着いた姿を捉え、「でも、今ならすぐにでも彼を殴ってしまう」と歌うのである。

 

これはサム・フェンダー自身の心の痛みから、それを受け入れる内的な旅を映像として映し出したものだ。表面上では、勇ましく見える映像ではあるが、それは彼の心の弱さを受け入れ、そのことを力強く表現した素晴らしい作品である。ミュージックビデオのコメントで、サム・フェンダーは、家庭内虐待をめぐるヘルプラインやリソース、情報をファンにむけて紹介している。


「Seventeen Going Under」のリリースから2ヶ月、サム・フェンダーは「奇妙で信じられないほど心温まる」反応であり、自分がとても弱くなっていることを実感したと語っている。彼の歌は紛れもなく激しい反響を呼び起こし、目に見える変化をもたらしている。サムが無防備になったと感じているとすれば、それはこのアルバムの正直さの中に隠すものが何もないという理由によるものだ。彼は、このアルバムの中で自分の中にある思いを全て一つ残らず表現しているのである。

 


「40年間働いてきて、苦境に陥り、線維筋痛症になり、精神衛生上の苦悩を抱えている母について書いていたんだ」とフェンダーは「Seventeen Going Under」のバックグラウンドについて話す。

 

 僕の母は、DWP(労働年金局)から、働けるほど健康でないにもかかわらず、働けることを証明するように強要され、その結果、さらに難しい病気になったのです。それが10代の頃の一番の葛藤でした。僕は、当然のことながら、それに対して何かできるような年齢ではなかったので、内面の不満や怒りの多くはここから来ていますし、なぜ私がこれほどまでにトーリー党を憎むのか、という点でもあります。

 この曲をシェアしている、TikTokの子供たちの多くは、家庭内暴力、その他のトラウマの克服についての話もあり、これらのこころのトラウマの多くは、過去10年間の緊縮財政やパンデミックから来る葛藤や苦難から生まれたと思う」と彼は続ける。

 ーーー僕が歌の中で話していることは、この国の普通の人々にとって、ありきたりの普通の問題なんだ。多くの子供たちが私の歌詞を聞いて、"ああ、今、私の家で起こっていることを思い出すよ"と言ってくれることが多いんだ。


この曲のネット上やその他での成功の要となった歌詞について、フェンダーは次のように語っている。

 

 人生を通していじめにあった人の大半は、そういう感覚を絶えず持っているんだ。自分はタフじゃない、男らしくないという感覚。それらは、実をいうと、かなり有害な考えなんですが、私たちは何者かによって、これまでの教育によって強くあらねばならないと信じこまされているのではないでしょうか?  

 

 僕は特に複雑なことや知的なことを歌ったり書いたりしているわけではなく、ただ正直で、学者でもない普通の人のように話している。"僕はノース・シールズ出身なんだ。僕が歌で話しているのは、この国の普通の人たちの、ごくごく普通の問題なんだ。

 


2019年にデビュー・アルバム「Hypersonic Missiles」で登場して以来、サム・フェンダーは常に心から無条件に歌うソングライターである。初期のシングル「Dead Boys」では、「誰も説明できない」地元ノースシールズで相次ぐ男性の自殺を振り返り、サックスでブーストしたインストゥルメンタルと小さな町の不幸からの脱却を夢見る歌詞で、”ジョーディー・スプリングスティーン”というあだ名を手に入れた。ほかの多くのアーティストのデビューアルバムと同様、「Hypersonic Missiles」は、サム・フェンダーのミュージシャン人生の最初の時期から、何年も前の曲まで幅広く取り上げた。そのため、このアルバムは、大人のソングライターとしての彼の未完成の肖像画のように感じられ、歌手としての偉大さの片鱗はあるものの、作品としてはまとまりには欠けるものであった。これは言い換えれば自らの天才性をどのように操るのかに苦心していたとも言える。

 

 収録されている曲はすべて僕が19歳のときに書いたもので、その曲にのめりこんでさえいなかった。Hypersonic Missiles "のバックエンドに収録されているいくつかの曲はなくてもよかった。私はナイーブで若かったから、そうしないとその場しのぎになってしまうと思い込んでいた。だから、そういうものになってしまったんだ。

 

「Dead Boys」 ーー「Hypersonic Missiles」収録

 


 

それでも、明らかにサム・フェンダーは、昨年からシンガーソングライターとしての大きな成長が見受けられる。2021年にリリースされたアルバム「Seventeen Going Under」は、それ以前の2年間に書かれた、ダイナミックなベストコレクションとなり、フェンダーは自分の選択に対してより率直に、デビュー作の成功後に「より一歩前に足を踏み出す」ことが出来た、とも語っている。この2枚目のレコードのソングライティングは、サム・フェンダーが初めてセラピーの治療を受けた時期と重なっている。その過程で得た自己受容と理解は、そして、自分の姿を受け入れて、自分自身に自信を持つことは、取りも直さず、彼が子供時代を真摯に振り返り、ここまでどうやって生きて来たのか・・・、なぜ、自分はこうなったのか・・・、古い時代の亡霊を追いはらい、前向きに進み続けるために何ができるかを見出す際に大いに役立ったという。


 「Seventeen Going Under」は、私が最初に書いた曲で、パンドラの箱を開ける鍵のようなものになった。私の生い立ちの中で起こったことが、若い頃の私の自尊心に影響を与え、蝕み、形成したことを、ようやく理解し、明確にできるようになった。


 

10月初旬のアルバム発売以来、サム・フェンダー自身の言葉を借りれば、事態は「成層圏」に突入していったという。それは青天井とも言いかえられるかもしれない。人気上昇中のシンガーに、より大きな華々しい舞台を用意された。2019年当初から、長い間延期していたブリクストン・アカデミーのライブをこなし、11月には、ソールドアウトのアレクサンドラ・パレス公演を2つ控えていた。その2つの日程が情熱と怒りを交えて演奏される頃、春に行われる2つのウェンブリー・アリーナが近づいていた。次から次へとやってくるビック・アクトの数々・・・。

 

この頃、サム・フェンダーは、すでに最初の大きな成功の足がかりを作ろうとしていた。次の年の夏、Finsbury Parkで、Fontaines DC、Beabadoobeeなどのサポートを得て、巨大な野外ライブを行うことが決定していた。フェンダーの「成層圏に突入したかのようだ」という大袈裟にも思える表現は彼にとってかなり的を射た表現だった。もちろん、言うまでもなく、サム・フェンダーのアーティストとしての知名度の急上昇については、なにも表側から見えるもにとどまらなかった。「この2ヶ月の間に起こったことだけでも、まったく気が遠くなるようなことばかりだった」とサム・フェンダーは語る。リアルタイムですべての出来事を理解しようと務めていた。

 

 英国チャートに3週連続でトップ10に入り、Louis Theroux(ルイス・セロー、イギリスのジャーナリスト、英国、ロイヤル・アカデミーテレビ賞などを受賞している)が僕に話を聞きたいと言ってきたんだ。これは、ほんとにすごいことなんだよ。それに、あのエルトン・ジョンが毎週電話してきて、僕とおしゃべりしたがっているという。エルトンは、私にとって本当に良い友達なんですが、時にはそういった驚くべき出来事を受け入れるため、多くの時間を取らなければならないこともあります。

 

5年前、僕は、傷病手当金をもらって母親とアパートに一緒に住んでいたんだけど、今は自分のアパートにいて、エルトン・ジョンから電話がかかってくる。信じられない!! でも、そういった信じがたい事実を受け入れて自分がそれに値すると信じるように頭を調整するのは、とても難しいことなんだ。自分がそういったビックアーティストと関わりを持つに値するとは思えないし、ただ座って、"自分はここにいるべきではない "とも考える。これは運命の偶然なのか? こういったことを考えてしまうのは、私の出自、どこから来て、どう育てられたかによるものです。僕はいつもすべてがうまくいかないのをなんとなく待っているんです。これのどこが問題なんだ? 何かがうまくいかないで、ああなってしまうんじゃないかって悪い考えを巡らせる..... 


しかし、その困惑は、彼自身の現在の驚きべき環境の変化を言い表したものに過ぎない。人生の何かがうまくいかないことをある程度受け入れる一方、サム・フェンダーは、彼の辛辣で正直なリリックによって巻き起こったTikTokのトレンドを超えて、目に見える変化を生み出すため、自分にふさわしいかどうかにかかわらず、この出来事を善い方向に利用しようと決意した。今年初め、フェンダーはホームレスの危機にある人々のためのホットラインへの通話料が1分40ペンスであることに着目、ノース・イーストにある地元のホームレス支援団体とチームを組んだ。こういった社会的な活動をおこなった経緯について、フェンダーは次のように話している。

 

「ホームレスになりそうな人は、ヘルプラインに電話する必要があるんだけど、1分につき40ペンスもかかる」そこで彼は、Twitterの公式アカウントを通じて、すべての地方議会に適切な意見を言い、その後、実際的な行動によって、ノース・イースト全域のすべてのホットラインを無料に変更させたのである。これはひとちのアーティストが社会的に弱い人達を救った事例となるだろう。


しかし、サム・フェンダーは活動家ではない、あくまでミュージシャンとして生きる過程で、メディアやファンに媚びへつらうのではなく、目の前にある社会問題や政府の怠慢と真摯に戦う男なのだ。

 

 僕の友人たちの間では、自殺が大きな社会問題になっているんです。僕が『Dead Boys』を書いた後のことです。私の知り合いには、20代で神経衰弱になった友人もいる。英国政府は、この問題に対してあまり手を貸してくれませんし、福祉的な援助の手も差し伸べられない。友人のために危機管理チームを呼び出したのに、8時間も連絡がないことほど辛いことはない。危機的状況にある人にとって、8時間というのはとても長い時間なんです。

 

サム・フェンダー自身は、社会的な活動を行う傍ら、自身のライブアクト、アルバム制作も以前と変わらぬ頻度でこなし続けている。2022年のツアーを終え、ニューカッスルとロンドンを行き来しながら、次なるサードアルバムの制作のため、ニューヨークに向かう予定であるという。「次のアルバムは、正直言って、『Seventeen...』と同じような内容になると思う」と彼は言う。

 

2021年、クリスマス直前、ニューカッスルの自宅からイギリス国内の音楽メディアのインタビューに応じたサム・フェンダーは、1年間のツアーから帰ってくると、クリスマスの時期について、「通常、あのときは、僕にとって1年で最悪の時期に当たった」と回想する。 

 

 家に帰ると、すごくたくさんの思い出があり、それが引き金になり、いろいろなことが起こる。他方、ニューヨークでは、僕のことを誰も知らない。ニューヨークでは、多くの人たちが、僕が誰であるかは誰も知らないし、ただ歩きまわるだけでいい。特に家では、かなり気を遣うことになるよ。でも、ニューカッスルで有名になると、みんな愛と誇りと喜びで僕を迎えてくれるから、どこにいたって家にいるようなものさ!! 

 

フェンダーは、ニューカッスルの次世代のスーパーヒーローの型に当てはまる。いや、世界のスーパーヒーローといっても過言ではなく、既にサム・フェンダーはそうなりつつある。彼は、最近、同じジョーディの伝説的バンド、リンディスファーンのフロントマン、故アラン・ハルについてのBBCドキュメンタリーのナレーションを担当しただけではなく、今夏には、ニューカッスル・ユナイテッドFCの買収をセントジェームズパーク外で祝った後、二日酔いで、「BBC Breakfast」に出演し、イギリス国内で大きな話題を呼んだ。さらに、身近な環境の騒がしくなっていることについて、つまり、有名になると、妙に知り合いが増えることについて、フェンダーはスターダムの階段を着実に登るアーティストとして戸惑いを覚えているようだ。

 

 おばあちゃんとお茶を飲んでくつろいでいると、いつも家に誰かがやってきて、まるで古くからの友達のように僕を親しげにつかまえるんだ。分かった、分かった、君たち、ほら、写真をあげるから、おばあちゃんと一緒にいる時間をちょうだいよってね!


  「Get You Down」 ーー 「Seventeen Going Under」収録

 

 

 

セカンド・アルバム「Seventeen Going Under」で贔屓目なしに新世代のイギリスのミュージックスターに上り詰めたサム・フェンダーは、グラストンベリーで素晴らしいライブアクトをこなしたが、既に2022年後半の予定されている大きなツアーに照準を合わせている。「とんでもないことになりそうだ。フィンズベリーパーク、フェスティバルのヘッドライナー.に抜擢されるなんて.....ほんとにこれはすごいことだよ」と話す。

 

もちろん、サム・フェンダーは、大きなショーが複数予定されているにもかかわらず、常に自分自身を直視し、立ち位置から目をそらさず、これらのビックアクトに加え、以前のように小さなショーにも出演しつづける。上を見ながら下を向いて歩くことは、スターダムへの階段を駆け上るシンガーソングライターにとってどのような感慨をもたらすのか、自らの存在が自分の予想を遥かに上回る勢いで大きくなり続けている、変化しづけることに、一抹の不安を覚えるのだろうか??


「いや・・・、これはとても素晴らしいことだ!!」とサム・フェンダーはこの成功を肯定的に捉える。

 

 2ndアルバム『Seventeen Going Under』をリリースしてから、僕にとって良いドミノ効果が起きていて、それが続くように、と願っている。でも、2ndアルバムを発表してから、僕の身に起きたこれらのことは、身に余る光栄であり、それが起こり始めるまでは全く想像だにできなかったし、今でも全然信じられないように思えているんだ。そして、今はまだ僕はこれからどんなことができるのかについてはもちろん、どこへ行くことができるかさえ全然わかっちゃいない。今は、ただ、わからないんだ・・・。それでも、僕はただ黙って自分の仕事を全うするつもりでいる。

 

 

 

Sam Fender 「Seventeen Going Under」 Polydor

 

 

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