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Interpol 『The Other Side of Make-Believe』
Label: Matador
Release: 2022年7月15日
ー二十年越しの傑作 ロックバンドとしてのシニカルな眼差しの変容ー
インターポールは、2000年代初頭に名門ニューヨーク大学に通っていたポール・バンクスを中心に結成された。2002年にデビュー作「Turn on the Bright Light」をMatadorからリリースし、インディーズレーベルからのリリースながらこのアルバムは初動で三十万枚のスマッシュヒットとなった。彼らが登場した同じ年、The Libertinesが「Up the Bracket」を引っさげてロンドンでデビュー、その後、フランツ・フェルディナンド、アークティック・モンキーズが登場しようとしていた。時代はまさに、ガレージロック・リバイバル、ディスコ・ロックの幕開けを告げようとしていた。
2002年に登場したインターポールは、暗鬱でシニカルなロックミュージックを掲げてポストパンク・リバイバルの旗手として、ミュージックシーンに登場した。その際には、Joy Divisionを始めとするポスト・パンク、ゴシック・ロックのような独特な雰囲気のバンドであったように思える。シニカルな低いトーンのボーカル、ミニマルでありながらスタイリッシュな演奏を特徴とし、目利きのインディーロックファンから圧倒的な支持を得ることに成功しました。その後、インターポールは、知名度を高めていき、ここ日本にもサマーソニック公演を通じて来日を果たす。しかし、その後、キャピタル・レコードと契約してから、徐々にこのバンドらしさが失われていき、長きにわたる停滞状態と言える苦難の時代が続いた。2010年には再びマタドールと再契約を結んで、インディーロックバンドとして再出発することになりました。
今回『The Other Side of Make-Believe』の制作に取り掛かろうとした矢先、正確にいえば、WHOがパンデミック宣言をした後、ロックダウンが世界各地で始まった時、バンドメンバーは、世界土地に散り散りとなっていた。フロントマンのポール・バンクスは、スコットランドのエジンバラに、ギタリストのダニエル・ケスラーは、スペインに、そして、ドラマーのサム・フォリガーノは、アメリカのジョージ州アセンズに滞在していた。同時期に制作を行った他の多くのバンドと同様、スタジオセッションを通じて曲を煮詰めるという制作方法を取るのが難しかったため、ソングライティングと録音をする際には、バンドとして同時作業を行うことさえ難航をきわめた。
Interpol |
ようやくロックダウンが解除された後、ポール・バンクスを中心とするトリオは、ニューヨークのキャッツキルにスタジオ入りし、初めてニューアルバム『The Other Side of Make-Believe』のレコーディングに着手する。今回のアルバム制作のメインプロデューサーには、2014年の『El Pintor』、バンドの名を冠した2010年のアルバム『Interpol』を手掛けた、アラン・モルダーが起用された。最早、バンドにとっては気心の知れた盟友と言うべきプロデューサーです。
彼らの最新リリースは、現実主義者としての表情が垣間見えるもので、なおかつ、この2019年から2022年にかけての現実を(最初期からのバンドの音楽性がそうであったように社会にある現実を冷厳な眼差しでシニカルに捉えた作品となります。 しかし、最初期のバンドの音楽性とは何かが確実に変化しており、また、ロックバンドとしての微妙な変化があるのに、彼らの音楽に久しく親しんできたリスナーは気づくかもしれません。2000年初頭の最初期が徹底してシニカルな視点で描かれていたのに対し、この最新作は、その中に何らかの肯定的なシニシズムを見出そうとしている。つまり、一般的な否定的なシニシズムからニーチェのような肯定的なシニシズムへ視点が変化し、音楽の底流に微かなロマンチズムさえ感じえるのは、バンドがパンデミックを経て、トリオとしての危機的な状況を乗り越えてきたからこそ。このアルバムの収録曲の幾つかには、暗鬱さや退廃、不安、絶望といったテーマが掲げられながらも、反面、以前にはなかったそれらのコントラストとなる希望や明るさの概念が示されているのです。
しかし、このアルバムは、これまでのインターポールの作品の中で最も概念的であり、内省的な雰囲気に彩られているため、内容が容易に解きほぐせない難解なアルバムです。オルト・ロック、ガレージ・ロックやローファイ、ポスト・パンクの要素に加え、シンセピアノのアレンジを積極的に導入し、クライム映画の名作のようなワイルドでドラマティックな物語性を滲ませている。ただし、ここでは明確な粗筋やプロットが示されるのではなく、感覚的な概念を描きだした曲が数多く見受けられる。ここで示されているのは、彼等インターポールの暗示的な物語であり、目に見えるような物語ではありません。聞き手にとってその解釈がガラリと変わってしまうような抽象的な表現が歌詞や音楽の中に、非常に分かりづらい形で取り入れられているのです。
「Gran Hotel」 MV
先行シングルとしてリリースされた#1「Toni」、#2「Fable」、アルバム発売直前にリリースされた#9「Gran Hotel」は、このアルバムの中では聴きやすい部類に入るため、最初期のインターポールを彷彿とさせるクールかつスタイリッシュなロックとして楽しんでいただけると思われます。
もちろん、そういった以前と変わらぬシンプルなバンドアンサンブルの魅力に加え、作品の各所には、既存の作風とは異なる哀愁の雰囲気が漂い、ボーカルのポール・バンクスは、シンプルなロックンロールの演奏に合わせ、奇妙な、嘆き、哀しみのような感情を込めて歌う。これがバンドサウンドに良い影響をあたえ、タイトなアンサンブルを生み出している。最初期は、ジョイ・デイヴィジョンのイアン・カーティスの無機質なボーカルスタイルの影響下にあったバンクスが、今作に見受けられる、誰の真似でもない、唯一無二のボーカル・スタイルを獲得出来たのは、おそらく、これまで様々な人生経験の積み重ねてきたからと思われる。さらにそこに、それ以上でも以下でもないトリオ編成としての堂々たる風格が備わったのは、2019年からの2022年までのパンデミックを乗り越えた経験が生んだ存外の副産物であったと言えるでしょう。
『The Other Side of Make-Believe』の最大の山場、聞き所となるのは、作品の中盤に訪れる「Something Changed」です。ピアノのベースライン、オーバードライブを効かせた金属的な響きを持つベースラインを活かしたロックソングの中に、トリオは、シンコペーションを多用し、強拍を意図的にずらし、スイングジャズのシャッフル変拍子のリズムを小さなセクションに取り入れることにより、シンプルな構成に静と動の絶妙なコントラストを生み出し、暗鬱な落ち着きと感性の鋭さをもたらしている。曲の終盤では、バンクスの亡霊のような雰囲気を持つコーラスがアンセミックな響きを生み出し、聞き手を甘美で静かな陶酔の中へといざなっていく。
作品全体の評価としては、近年のアルバムにありがちな欠点、収録曲が多すぎるという印象もあるにせよ、#5「Something Changed」、#9「Gran Hotel」が、アルバム全体の価値を異質なほど引き上げています。ここに、20年という長いキャリアを持つロックバンドとしてのプライドが込められている。インターポールは、最新作『The Other Side of Make-Believe』において、ひときわ強い結束力を持つロックトリオとして完全な復活を遂げたと言えるでしょう。
88/100
Weekend Featured Track 「Something Changed」
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