Weekly Recommendation Maggie Rogers 『Surrender』

Maggie Rogers  『Surrender』

 

 

 

 Label: UMG Recordings

 Release:  2022年7月29日

 




 Review 

 

 ニューヨークのミュージックシーンで強い存在感を放つマギー・ロジャース。最初は、ニューヨーク大学のマスタークラスに参加した際、ファレル・ウィリアムズ(ザ・ネプチューンズ、N.E.R.Dの活動で知られる米国のプロデューサー)の前で「Alaska」の音源をかけ、ウィリアムズに激賞されたことから、このシンガーソングライターのキャリアは始まった。その後、マギー・ロジャースは、順調に、急くことなく作品をコンスタントにリリースを続けた。

 

音楽ジャーナリズムの知性に裏打ちされた詩、そして、多彩で情感を損なうことのない良質なポピュラー・ソングを生み出し、デビュー・アルバム『Heard It In A Past Life』で多くの人の心を捉えることに成功した。このアルバムで、グラミー賞の最優秀新人アーティスト部門にノミネートされたロジャーは、実力派シンガーとして多くの耳の肥えたリスナーに膾炙されようとしていた。


そして、二作目のアルバム『Surrender』は、シンガーソングライターとしての成功の道のりを着実に進みつつあることを証明してみせている。本作は三つの拠点にまたがり、レコーディグが行われている。また、エンジニアには、マギー・ロジャースのほか、キッフォ・ハープーン、デルウォーター・ギャップ、ゲイブ・グッドマンという面々がこのプロダクションに参加している。

 

マギー・ロジャースは、ダイナミックで抑揚のある歌唱法、情感を押し引きを理解し、曲の中でどのようにその情感を引き出すのかを熟知している。そこがこのシンガーソングライターの最大の美点として挙げられる。 このシンガーの最大の迫力は、これまでの著名な女性シンガーのステレオタイプの性質とはおよそ異なるものであり、女性らしい特有の高音域を活かすのではなく、特に中音域をえぐるように、もしくは、うねるように歌った後にやってくるサビでの高音域のメロディーを歌い上げるとき、その本来の真価のようなものが突如発揮され、聞く人を圧倒するすさまじいパワーが引き出される。マギー・ロジャースの歌声は、ダイナミックでありながら奇妙な落ち着いた情感を兼ね備えている。つまり、このシンガーソングライターはダイナミックさを引き出す時にも冷静さを欠かさない。これまであまりいそうでいなかったようなタイプの表現力を擁している。

 

Maggie Rogers
 

 マギー・ロジャースは、前作のフルアルバム「Heard It in a Past Life」で起用した制作パートナー、Kid Harpoonと継続して制作を行い、両親のガレージ、ニューヨーク市のエレクトリックレディ・スタジオ、さらに、イギリスのバースにあるピーター・ガブリエル(ジェネシス)の所有するリアル・ワールド・スタジオで「Surrender」の録音を行っている。ロジャースは、2020年のはじめ、メイン州沿岸を離れた後、好評を博したデビュー・アルバムを取り巻くセンセーショナルな話題から意図的に身を遠ざけ、静かな環境で新しいレコードの制作を行った。

 

そして、最初のシングル「That's What I Am」がリリースされた際に、以下のようなマギー・ロジャースはメッセージを添えている。おそらく、ここに、この作品を読み解く鍵があるように思える。

 

「That's What I Am」は私が長年持ち歩いてきた物語であり私の人生に長年繰り広げられてきた愛の物語です。

 

近年の酷い孤独とCovid−19のソーシャルディスタンスの中で、それは私の旧来からの閉所恐怖症におけるファンタジーの背景となりました。見知らぬ人を見つめるだけで感じられる喜び、夜が展開する方法、自発的に決断を下すのではなくて、一日を中断する様々な他動的な出来事・・・。私は、誰かが私に汗を流すようなことをしてほしいと切望していた。

 

そういった街の音楽と人々の態度は、今回のレコード制作を行う上で大きなインスピレーションとなりました。これらすべての理由からMV撮影を行う場所は、一つしか考えられませんでした。

 

私は、かねてから、ニューヨークは瞬くような魅力を持った都市であると信じ込んでいたんです。今回のMVは、ラブストーリーが描かれていて、映像を通して紡がれていく物語は、友達、友人、敵という様々な登場人物を介して描かれていきます。ミュージックビデオ撮影が行われた日・・・

 

「あの日、不思議なことに、ニューヨークという街が私の味方をしてくれているように感じられました。あの日、私は、本当の春のニューヨークを味わうことが出来たんです。

 

街にいるすべての人々が半袖を着て、歩道でタバコをぷかぷかと吹かし、ジントニックを飲みながら朗らかに歩いている。その時、ダウンタウンの野性的な爆発のような強いエネルギーを感じました。今回、私のかねてからの空想は・・・デヴィッド・バーン、ザ・ウォークメンのハミルトン・リーサウザー、そして写真家のクイル・レモンなど、ニューヨークの古典的なキャラクターの登場によって、完全な形になったのです」

 

以上のロジャースのコメントからも分かる通り、この最新アルバムのレコーディングは、パンデミックにおけるロックダウンから、ニューヨーク、そして世界全体が閉じた空間「ソーシャルディスタンス」という分離感の強い時代から開放されていく、2020年代初頭の明るい気風がおおらかに表されている。それは言い換えれば、奇妙な開放感、暗澹たる時代から脱出し、”正常な世界へと少しつづ還っていく”という希望に満ちたテーマが掲げられているようにも思える。

 

数年前までは、ごく普通の町並みの風景が決して当たり前のものではなかったと気づいたときに、このアーティストは、次のアルバムに捧げるためのテーマを自然なかたちで見出したに違いない。それでも、それらの楽曲は、自信満々で作り上げられたというよりかは、いくつかの作り手としての戸惑いを交えながら、複数のプロデューサーと協力することにより、最終的に華やかな雰囲気を持つ大掛かりな舞台芸術のようなアルバムが生み出されたとも言える。これらの王道の収録曲数、12の楽曲を通じて、めるくるめく様に展開されるのは、共感覚を持つアーティストらしい色彩的な音の表現でバラエティに富んだ音楽なのである。

 

『Surrender』には、珠玉の輝きを放つ楽曲が複数見いだされる、オープニングを飾るアップテンポなナンバー「Overdrive」、インディー・フォークの色合いを感じさせる内省的な雰囲気を持つ「Horses」、ボーカルループを活かした現代的な質感を持つシンセポップのアンセムソング「Anywhere With You」というように、重層的なサウンドストーリーが綿密に、エネルギーのうねりような迫力を内に秘めながら美麗なポップソングが繰り広げられていく。

 

アルバムの中では、特に、静謐で瞑想的なオルタナティヴ・フォークの色合いを持った楽曲が上記の華やかなシンセポップを基調とする楽曲と強いコントラストをなしている。さらに、エンディングを飾る「Different Kind Of World」では、序盤のインディー・フォークの瞑想的な展開から、その最終盤にかけて、突如、曲の雰囲気が一変し、両親のガレージで録音したと思われるノイジーなギターのフレーズへと続いていき、作品の序盤からは想定できないドラマティックなクライマックスを演出する。

 

この強烈なDIY精神に彩られたラストソングにこそ、マギー・ロジャースというアーティストの本質、他のシンガーソングライターが持ちえない特性が表れ出ている。そして、この劇的な雰囲気を持つラストソング「Different Kind Of World」には、傑出したアーティストの作品には必ずといっていいほど見受けられる”このフィナーレは次作の序章に過ぎない”という不敵で型破りなメッセージも、アルバムを聴き終えた後の余韻に読み解くことも出来なくないのである。

 

『Surrender』は、既出のレビューにおいて、賛否両論を巻き起こしており、様々な解釈が出来、評価が二分される作品であるように思える。もちろん、ここではそれらの双方の意見を尊重したいが、少なくとも、今回のレビューで言うことが出来るのは、掴みやすさとそれらと対極に位置する強固なDIY精神に彩られた”底しれぬ可能性を秘めた”アルバムということなのである。

 

この最新作に収録された全12曲の叙情的な物語は、ある一つの完結した世界ではなく、次なる開放された次章のストーリーへ直結しているように思えてならない。もちろん、それがおしなべて希望に満ち溢れたものとまでは現時点では断定出来ない。けれども、少なくとも、昨今の時代に象徴される、暗闇の向こうに見える明るい自由な世界への道筋がこの作品に示されているように感じられる。それらが、王道のポピュラー・ミュージック、フォーク、そして、また、時には、強固なインディー精神に裏打ちされた聴き応え十分の音楽の世界が展開されている。

 

 

Rating:

95/100 

 

 

Weekend Featured Track 「Horses」