Florist |
Floristが、先週(7月29日)”Double Double Whammy”からリリースしたセルフタイトル『Florist』は、鳥の声のサンプリングが導入されているほか、自然味あふれる作風となっており、早耳のリスナーの間で話題を呼んでいる作品でもあります。近年の米国のフォークシーンでは、こういった都会的な趣とは先端帯の自然の雰囲気を擁する作風が増えてきている。このアルバムには、フローリストのたおやかなフォークセンスが濃縮されているだけでなく、バンドメンバーとして、また親友として、彼らを結びつける強力な愛情の証ともなっている。
フローリストのシンガーソングライター兼ギタリストを務め、バンドの中心的な人物であるエミリー・スプラグは、まずはじめにこのアルバムが完成へとこぎ着けたことについて、バンドメンバー、彼らとの人間関係に深い感謝をする。そこには、スプラグの他のメンバーへの深い信頼の思いを読み解くことができる。スプラグは、アルバムの制作段階を振り返るにあたって、「このアルバムを一緒に作るにあたってとても重要であったのは、メンバーがお互いに協力し合い、直接的な意味でつながっていることの意味そのものを祝うことであり、同時に、私たちが多くの人と協力していることを伝えることでした。それは基本的に人生の意味であり、多くの意味で、つながりから意味を見出そうと努力し続けることに価値がある理由です」と話しています。これは、数年間、深い孤独を味わったこらこそ引き出された重みのある言葉だ。
フローリストは、2013年と結成されてからか久しいバンドです。にもかかわらずそれほど多作なバンドとは言いがたい。それはこのバンドが音楽というものの価値を深く知っているだけでなく、音楽を心から大切にしている証ともいえるでしょう。四人のメンバーは功を急がず、その現在位置をしかと捉え、丹念にアルバムを作り込むことで知られている。これらの要素がインディーミュージックファンをうならせるような緻密な作風となる最大の理由といえる。
フローリストは、エミリー・A・スプラグを中心に四人組のバンドとして常に緊密な人間関係を築いてきたが、2017年にリリースされた2ndアルバム『If Blue Could Talk』の後、バンドは少しの休止期間を取ることに決めた。その直後、エミリー・スプラグは母親の死を受けたが、なかなかそのことを受け入れることが出来ず、「どうやって生きるのか」を考えるため、西海岸に移住した。その間、エミリー・A・スプラグは『Emily Alone』をリリースしたが、これは実質的にFloristという名義でリリースされたソロ・アルバムとなった。しかし、このアルバムで、スプラグは既に次のバンドのセルフタイトルの音楽性の萌芽のようなものを見出していた。バンドでの密接な関係とは対局にある個人的な孤立を探求した作品が重要なヒントとなった。
その後、エミリー・スプラグは、3年間、ロサンゼルスで孤独を味わい、自分のアイデンティティを探った。深い内面の探求が行われた後、彼女はよりバンドとして密接な関係を築き上げることが重要だと気がついた。それは、この人物にとっての数年間の疑問である「どうやって生きるのか」についての答えの端緒を見出したともいえる。このときのことについてスプラグは、「ようやく家に帰る時が来たと思いました。そして、「複雑だから、辛いからという理由で、何かを敬遠するようなことはしたくない」とスプラグは振り返る。だから、もう一人でいるのはやめようと思いました。もう1人でいるのは嫌だと思った」と話している。
彼女は2019年6月、フローリストの残りのメンバーであるリック・スパタロ、ジョニー・ベイカー、フェリックス・ウォルワースと再び会い、レコーディングに取り掛かった。セルフタイトルへの制作環境を彼女はメンバーとともに築き上げていく。バンドは、アメリカ合衆国の東部、ニューヨーク州を流れるハドソン渓谷の大きな丘の端にある古い家をフローリストは間借りし、その裏には畑と小川があった。スプラグとスパタロは先に家に到着し、自然の中に完全に浸ることができる網戸付きの大きなポーチで機材をセットアップすることに決めた。これらの豊かな自然に包まれた静かな制作環境は、このセルフタイトル『Florist』に大きな影響を与え、彼らに大きなインスピレーションを授けた。フォーク音楽と自然との融合というこのアルバムの主要な音楽性はこの制作段階の環境の影響を受けて生み出された。もちろん、アルバムの中に流れる音楽の温もりやたおやかさについてはいうまでもないことである。これらのハドソン川流域の景色は、このメンバーに音楽とは何たるかを思い出させたとも言えるだろう。
その結果、驚くべきフォーク音楽、まさにコンテンポラリーフォークの要素に加え、アンビエントのように生活環境のある音が実際の音の素材としてとりいれられたことは自然な成り行きであった。このセルフタイトルでは、鳥のさえずり、木々の柔らかな風、葉のかすかなざわめきがふんだんに盛り込んだレコーディングとなった。それはほんとどこの四人組が自然のなかに響いている音楽の美しさに思い至り、それを多彩な手法で取り入れていることがこの作品の多くのリスナーを魅了する理由ともなっているようだ。「6月9日の夜」には、アンビエント・フォークの背後にコオロギの鳴き声が聞こえるし、「ギターと雨のためのデュエット」では、バックの土砂降りが、指で弾く繊細なリフに完璧に寄り添う別の楽器のように聴こえる。また、"Finally "では柳のようなシンセサイザーが流れ、川や鳥、花などのモチーフが散りばめられ、穏やかなハーモニーを奏でている。実に、ハドソン渓谷にある生きた音を実際の三宝リング、そしてシンセサイザーといった多角的なアプローチにより練度の高い作風となっているのです。
しかし、ニューヨーク州のハドソン渓谷での録音はお世辞にも実際の作風とは裏腹に、ロマンチックな制作環境とは呼べなかったようだ。このレコーディングの環境は、作風の中に見える表向きのイメージとはまったく異なるもので、「科学的、臨床的な観点から言えば、あそこで活動するのは最悪のアイデアだった。私たちが作ったものは、すべて楽器店に一旦持ち込まなければならなかった」とジョニー・ベイカーは言う。「いや、でも、あれは衝動的なものだった。彼らは、あのポーチを見て、あそこで魔法が使える、これは物語の一部になり得ると思ったんだ」。
これは冗談ではない。彼らは親密な関係を通して、魔法のような魅力を持つアルバムを制作している。互いへの信頼は、このアルバムの中にみえる緊密なストーリーを通して目に見える形で表れている。彼らはシームレスに連携しながらも、Floristは単一の生物になろうとするのではなく、全体が機能するために彼らだけが果たすことのできる特別な役割を全員が持っている生態系全体になろうとしているのである。
ポーチでの即興ジャムセッションから生まれた即興インストゥルメンタル曲「Sci-fi Silence」での羽のようなボーカルの楽な融合も、このアルバムにはお互いを信じる気持ちがあり、誰かが自分を完全に見ている時にだけ感じられる安心感を与えている。作品全体に漂う奇妙な温もり、それは彼らの信頼関係が表れ出たものなのだ。その後、しばらく、バンドメンバーは自分たちがお互いに感じている純粋な「魔法と愛」をどのように捉えられるかを考えていた。そして、レコーディングの後に完成した『Florist』でばらばらとなっていたピースが揃い、セルフタイトルにふさわしい作品として出来上がった。
「このアルバムがいかに特別なものであるかと気づかせてくれた」とジョニー・ベイカーは言う。でも、このアルバムを作っていた時、「待てよ、これは特別なことだ、僕たちはこれに惹かれ、これを必要としている、そして僕たちはお互いを愛しているんだ」という瞬間があったんだ。それ以外の他の言葉では表現できない。突然、その辺の言葉や、実際に意識的に理解したような気がしたんだ」。
このアルバムの音楽には、彼らの生活がそのまま反映されている。ウォルワースが作ってくれるストロベリー・ルバーブ・パイ、ワインを優雅に飲む夜、そしてレコーディングを始めることになった午後5時まで、ただメンバーが一緒に過ごす日々の音が聞こえてきそうでもある。彼らの利害関係を超えた、ビジネス関係を超越した温かで純粋な友情はこのアルバムにも表れ出ていて、実際の音楽の温度にぬくもりや優しさのような情感をもたらしている。「あなたは私が持っているものではなく、私が愛しているものだ」というような曲に見られる歌詞だけでなく、最小限の、しかし、意味のある楽器演奏に見られる繊細さをしたたかに物語るものとなっています。
セリフタイトル『Florist』の最大の魅力、この数年間で見出した人生の素晴らしさをフローリストのスプレイグは次のように話している。それは音楽の価値にとどまらず、魅力的な人生を築き上げる上での教訓、見本のような言葉が込められている。「これらの曲の多くは、自分の人生にいる人々について、また、自分の人生に人々がいること、また、いないことのどちらが価値があるかということについて書かれています。これらの曲は、家庭や家族と再びつながることの強さと力を見いだし、たとえそれがちょっとした苦痛に感じたとしても、その反対側にありありと見えてくるというものです」と、エミリー・スプレイグは語っています。「きっとだれだって心から人を受け入れるのは怖いだろうし、何かを失うことへの恐怖は常に人生につきものなんだと思います。それでも、今回、私達がリリースした19曲を収録した『Florist』は、”お互いを愛する”ことが、この世界を生き抜くためのたったひとつの方法であることを証明しています」
それはこのアーティストから提言であり、必ずしも、その考えを押し付けるものではない。こういった考え方もあるとだけ示しているだけである。それでも、わからないなかでもなにかをわかろうとすることの重要性、フローリストは、この作品でそのことをわたしたちにおしえてくれる。それがこの作品のいちばんの魅力といえるかもしれない。セルフタイトル作でフローリストは、2つの選択肢をわたしたちに示してくれている。人間は、いつも、ひとりで孤独に生き、複雑な人間関係を避けることにより自己を守ることもできる、あるいは、また、エミリー・スプラグが言うようにこの世で誰かと緊密に協力しあい、「彼女は、鳥の歌の中にいる、彼女は消えない」と暗喩的に歌う「Red Bird Pt. 2(Morning)」に象徴されるように、複数の人間関係の中でいくつかの困難を乗り越えながら、その先にある開かれた愛を経験することもできる。
『Florist』
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