Jockstrap 「I Love You Jennifer B」
Label:Rough Trade
Release: 2022年9月9日
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Review
ジョック・ストラップの記念すべきデビュー・アルバム『I Love You Jennifer B』は、先週リリースされたインディーポップ作品の中で最も注目を集めた作品となった。複数のメディアはこのアルバムに平均点以上の高評価を与えていることからの最初の反応は軒並み良いものとなった。
このアルバムで、ジョージア・エレリー、テイラー・スカイは、既存のポップスやロックを新しい形で組み直そうと挑戦している。そのことは、先行シングル「Jennifer B」、他にも「Greatest Hits」に表れている。北欧のトイトロニカ/フォークトロニカ、他にも若手のアーティストらしく、ティーンネイジャーカルチャーに基底を置くチップチューンに近いユニークな音楽性が、ポピュラー・ソングやフォークミュージックと融合を果たし、新鮮な息吹をもたらす楽曲として昇華されている。これらの楽曲は、デビュー作ということもあり荒削りな形で提示されているが、それがローファイのような魅惑的なジャンク感を演出しているのも事実である。
ロンドンの演劇学校「ギルドホール」で出会ったというデュオの結成秘話のようなものもまたこれらのポピュラーミュージックの先進的なアプローチの中に大きく寄与しているように思える。スコットランドのフォーク・ミュージックから現代的なインディー・フォークを踏襲した六曲目の「Angst」は、ハープを豪華に活かした演劇的な雰囲気を持つ一曲で、聞き手を幻想的なおとぎ話の世界へと優しく誘う。他にも、プリペイド・ピアノをポピュラー・ミュージックとして再解釈した「Glassgow」は、現代音楽とポピュラー・ミュージックの融合に取り組んでいる。
「Lancaster Court」は、艶やかな質感を持った、近年、稀に見るような斬新なインディーフォークだ。オーケストラのティンパニーやジャズにルーツを置いたデビュー当時のビョークのような華やいた印象も見受けられる。ジョック・ストラップは、この楽曲で、新進プロジェクトとは思えない存在感の大きさ、才覚の鋭さを初見のリスナーに印象づけることに成功している。さらに、ボーカルについても、舞台芸術のような視覚的な効果を重視しているのにも着目したい。
「Jennifer B」と同じく、先行シングルとしてリリースされた「50/50」では、2021年に発売されたシングル盤とは異なるエレクトロ調のリミックスをこのアルバムでは体験することが出来る。ただ、この曲については、正直、オリジナルシングルの方が魅力的な楽曲であったように思え、アルバム単位として聴くと、全体の作品価値をほんの少し貶めている印象を覚える。
ジョック・ストラップは、このデビュー作において、他の新進アーティストとは異なる際立った才質を示している。それは、80-90年代から始まったスコットランドの音楽文化の流れに与するもので、ギター・ポップ/ネオ・アコースティックのニューウェイヴを今作で呼び起こそうというのである。それはティーンカルチャーの興味と相まって新鮮な息吹を感じさせるものとなっている。
1つだけ難点を上げるのならば、これらのトラックを聴くかぎり、デュオの音楽性や本当の才覚が完全な形で示されたとは言いがたい。これらの楽曲のアプローチのベクトルは常に中心点に収束し、大きなスパークを起こしているわけではない、その音楽のベクトルは常に散漫になりがちなため、それが楽曲として大きな化学反応を起こすまでには至っていない反面、それらの難点は、ジョック・ストラップの収まりのつかない”創造性の高さ”を示すものともなっている。
今後、ジョックストラップの持つシアトリカルな効果が、音楽と劇的な形で融合を果たした際には、スコットランドのミュージック・シーンの記念碑的な作品が出てきそうな気配もある。ぜひ、ベル・アンド・セバスチャンの次世代を受け継ぐインディー・スーパースターになってもらいたい。
78/100
Featured Track 「Angst」