Weekly Recommendation Living Hour 『Somday Is Today』

Weekly Recommenedation 

 

Living Hour  『Someday Is Today』



Label:
Next Door Records 


Release: 2022年9月2日

 

Listen/Stream

 

 

Review

 

リヴィング・アワーの出身地、カナダのマニトバ州ウィニペグには、先住民族が古くから住んでおり、レッド川とアシニボイン川、2つの川が合流地点にあたり、エスキモーにとっても神聖な地域に当たる。そういった都市特有の気風が色濃く反映された一枚が、彼らの最新アルバム「Someday Is Today」ということになる。バンドのメンバーはバンクーバーの気風を知らぬわけではないが、いつもこのウェニペグという風光明媚な都市が好きで戻ってきてしまうというのです。

 

それ以前に書かれた曲も中には含まれているというものの、このアルバム『Somday Is Today』の大部分はカナダのロックダウン中に書かれています。さらに、ourcultureのインタビューによると、作品のインスピレーションとなったのは、ニューヨークのFloristの音楽であるようだ。他にもギターやカシオのシンセサイザー、ボイスメモ等を介して、リモートのやりとりを通じて、最終的に完成へと導かれた作品だという。 パンデミックの当初、ボーカリストは、この隔離の期間に特権を感じ、楽しんでいた部分もあったのだそうです。その後、ZOOMを介して、Jay Somや Melina Duterteといったゲストとともに非常に丹念に組み上げられている。ちょうどメリナ・ドュテルテはマニトバにツアーのために訪れていたこともあり、直接的な交流を取ることによって、相互の音楽における信頼関係がこの作品にも良い方に表れ出ているようにも思えます。

 

この最新アルバムは寒冷な土地ウィニペグの”No Fun Club”というオープンしたばかりのスタジオでレコーディングされている。このスタジオの設計者はそのスタジオを「吸血鬼のステーキハウス」と呼び、奇妙なゴシック調のシャンデリアが装飾品として吊り下げられた英国の19世紀の時代を思わせるようなスタジオが使用された。また、パンデミックのために録音自体は当初の予定よりも数ヶ月遅れで始まり、2020年の10月から翌年の1月に変更されたという。

 

しかし、このバンドにとっての予期せぬ出来事は、新たなレコードを作製する上で結果として良い効果をもたらしたのではないかと思われる。よく、このバンドの音楽は「白昼夢のよう」と称される場合があるが、バンドの特性はこのアルバムにおいて強化され、夢見心地のインディーポップ、ギターロックの世界が確立されている。タワーレコードの提供資料では、シューゲイズ寄りの作品と説明されているが、実際、全くないわけではないものの、シューゲイズの要素は薄く、どちらかといえば、ヨ・ラ・テンゴや『Loveless』以前のマイ・ブラッディ・バレンタインに近いオルト・ロック/ドリーム・ポップの心地よい音楽が全編を通じて展開される。

 

アルバムの前半部では、スローテンポの落ち着いた良質なインディーロックが一貫して提示されており、オープニングを飾るポップアンセム「Hold me in Your Mind」、スローコア/サッドコアのような内向的な質感を持つロックソング「Curve」、それに加え、ドリームポップの王道の楽曲「Hump」の甘美な旋律進行やハーモニーでリスナーを魅了する。しかし、それらのオルタナティブロックの要素はこのレコードの魅力のほんの一部を表したものでしかありません。その他、アルバムの後半部では、チルアウト、ボサノバの影響を受けた、トロピカルな雰囲気を漂わせる「Miss Miss Miss」といったリラックスした良曲でリスナーの心をクールダウンさせてくれる。

 

やはり、特筆すべきなのは、このアルバムは、ウィニペグの季節の清涼感のある空気感が音楽に力強く反映されていることに尽きる。「Someday Is Today」は、目を閉じて聴いていると、そういった冬の美しい風景が自ずと脳裏に浮かんできそうだ。人間の想像性を最大限に喚起する力をもったレコードであり、音楽自体がその土地の季節の風景を抒情的に反映させたものとなっている。これは2020年のカナダのウィニペグでしか作り得ない数奇なレコードとも言えるでしょう。

 

サウンド・プロダクションの側面においても、ロックダウンという時代背景を全然感じさせない、音楽としてバンドメンバー、ゲストミュージシャンとの緊密な連携が保たれており、作品自体の完成度も群を抜いて高い。本作のリスニングを介してリヴィング・アワーの音楽の持つ魅力が心ゆくまで体感出来るはずです・・・力が程よく抜け、涼し気な雰囲気を持つボーカル、フォーク・ミュージックのように叙情的で繊細なアルペジオギター、My Bloody Valentineの最初期のようなレトロなシンセを駆使した甘美なフレージング、楽節の短いセクションに導入されるループエフェクト・・・、どれをとっても超一級の才覚が迸っている。『Someday Is Today』は今年度に発売されたドリーム・ポップのジャンルの作品の中で最高傑作の一つに挙げられるでしょう。

 

 

 90/100

 

 

 

Weekend Featured Track 「Humb」